四十一章 入院生活
イケテルは個室を与えられて紋章研究所に滞在することになった。
肩に刻まれた穢れた紋章の破片の検査が終わるまで数日間は掛かるそうだ。
説明を受けたあと部屋に入ると、ルゥが扉のところで手を上げて、
「私は用がありますので、ちょっと離れます。そのうちイケテルさんの顔を見に来ますので」
と言い残してルゥが去ってから、三日間、一度も顔を出さなかった。
……俺の顔を見たくないのか、そういうことか。
正直、薄情者の相棒に思うところもあったが、その三日間は寂しく思う暇などイケテルには用意されてなかった。
そういうのも、初日からまず検査として肩の紋章を調べられて、次に体中も調べられて、さらに肉体測定とか言って滅茶苦茶運動をさせられた。
特に酷かったのはハムスターが走るアレに乗せられた時だった。
回る機械の上でひたすら走らされ、研究員が、
「ランク5余裕ですね、凄い」
「じゃあ、イケテルさん、次ちょっと速度飛ばしてやりますね。――スピードMAX」
雑に速度が最高速に上げられた。急激に上がった速度に足がついて行けるわけもなく、転んで、そのままぐるんぐるん凄い勢いで回され、最終的に外に放り出された。
その後、研究員どもを追いかけまわして一人ずつ、MAX回転のハムスター拷問器具に放り投げてやったが、まぁそれは些細な問題だ。
検査以外は部屋にいる時間が長かったが、研究員達が自分の部屋にやってきて、元居た世界について、女神のこと、転生した際の状況など、色々と質問され続けた。
その中には若い女性研究者もいたので仲良くなるチャンスと思い、熱心に色々教えてあげた。だが、何故か彼女たちは二日目からは来なくなった。
何が悪かったのか、イケテルはその夜、枕を濡らした。
逆に施設内を見たいと頼んでみたら、案内を付けますと言われて、イケテルは案内してもらった。
施設の中は紋章の研究施設は当然として、紋章を動力とした機械、紋章機と言うらしいが、そう言った大型の機械の開発から医学に関わる分野の研究施設を見せてもらった。
他にも色々あるらしいが、全部案内にするには一週間合っても足りないらしい。
途中、気になる物があったので聞いてみると、その場にいた研究員達が集まって、寄ってたかって一から十を越えて百ぐらい関係ないところまで説明されて、もう二度と聞かないことにした。
そんな三日間で一番印象に残ったのはある老人だった。
その爺さんは紋章についてはこの研究所で一番詳しいと言うので、イケテルはモンじぃとあだ名をつけて呼ぶと、
「ワシのことをそんな風に呼ぶのはお主ぐらいじゃのう勇士、顔もデカけりゃ態度もでかい! 気に入ったわ!」
と、モンじぃに気に入られた。
それからモンじぃは毎日部屋にやってきて、
「勇士、解剖させてくれんか?」
「ははは、クソジジィめ、断る!」
残念じゃのうと落ち込むモンじぃは、何故かそのまま部屋に居座って、一緒に食事を取り、食べ終えると、
「美味かったのぉ、で、解剖させてみんか?」
「もぉ、お爺ちゃんさっき言ったでしょ、解剖は断るって……何度も言ってんだろがああっ! このアホジジィめ!!」
「このワシに向かってアホとはなんじゃあああっ!」
このやり取りを三日間で相当やった。とんでもないマッドジジィだった。
○
そんなこんなで三日が立ち、イケテルの部屋にルゥが顔を出した。
「イケテルさん、生きてましたか」
「第一声がそれか、お前そのうち顔出すって言って、もう三日たったんだが? なぁ?」
ベットから体を起こしてイケテルはルゥを睨んだ。
勇士を三日も放置しやがって、という想いを目に込める。
「すいません、私も色々とありましてね。まぁいいじゃないですか、イケテルさんどうせ顔より胸見たいだけなんですから」
ルゥが手を胸元から胸下までなぞらせる、それを目で追いかけてからイケテルは口を開いた。
「……否定はしないが、寂しかったのはマジだぞ、毎日色んな研究者がやってくるのに女の子は初日以来、誰も来てくれなくなったし!」
「ああ、さっき下でイケテルさんの部屋どこだったか忘れたので、尋ねたら、若い女性を中心にスケベな顔で勇士がずっと胸見てくるとか、お尻見てくるとか、視線で穢されたとか、色々なセクハラの苦情を受けたのですが、そのせいですか」
「ええっ!? 見ていただけなのに、酷い! くそ、やはり顔か、顔が悪いせいなのか!」
「いえ、イケテルさんいい加減、顔のせいにしないで自分の行動を反省しましょう。触る度胸はないでしょうけど、ガン見するのは止めないとずっと嫌われ続けますよっと」
ルゥが言いながら持っていた袋をベットの上、自分の腹の上に置く。
「うっ、なんだよこれ」
「はい、お土産です」
お土産? とイケテルは疑問しながら袋の中身を取り出す。
中には網袋に入った手のひらに収まらない黒くてでかい卵と、筒状に丸めた紙が入っていた。
取り出した黒い卵を見ながらイケテルはルゥに問う。
「なにこれ、何の卵だ?」
「ホロホロ鳥の湯で卵です、この周辺の村で作られた名物なんですよ」
「ゆで卵ねぇ、なんか温泉卵みたいだな」
「なんかじゃなく温泉卵ですよそれ」
ルゥの言葉にそうか、とイケテルは納得しかけて、止まった。
今、温泉卵って言ったか?
半目になるのを承知でイケテルは聞く。
「おい、お前この三日間何してた?」
「私も検査を一通り受けてましたよ、穢れた紋章が破壊された際、近くにいましたからね、影響受けていないかどうか。それに上層部への報告を行ったりしないといけなくて、まぁ急ぎでやったので忙しかったですね」
「……そうか、ならまぁいいか」
イケテルは一応納得することにした。
正直、急ぎで仕事片づけた理由は何か気になるし、
あと彼女の肌が、以前より輝いて見えた。あと髪も艶があってなんか全体的にエロいのは気のせいだろうか。
まさか俺を置いて、一人で温泉行ってたとかないよな、なぁ。
そんな薄情なことはしないと信じたい。というか事実を知りたくない。
ゆえに今はそのことは横に置いておくことにする。
ついでにイケテルは卵を置いて、もう一つのお土産、紙の筒を手に持った。
複数枚の紙が束ねてあるがこれは、
「それニュース紙です、イケテルさん暇だと思って買ってきました、たまには外の情報を仕入れるのも大事かと」
ルゥの心遣いに、その通りだな、とイケテルは思った。
自分はこの世界についてほとんど知らないし、こういった物から外の世界の情報を得るのもいいことだろう。
筒の紐を解き紙を広げる。ニュース紙は全部で三枚あった。
イケテルは一枚目を口に出して読む、
「えっと、コールブランドの街で今、355年記念祭を開催中。今この村のこの料理が熱い、辛そうだなこれ、真っ赤じゃん。……求人募集、力自慢求む、共にどでかい地面を掘ろう。日給7000セイル」
ニュース紙の一枚目がほぼどこかの街の宣伝やら広告、求人募集で埋まっていた。
「あ、イケテルさん最初の一枚目は大体宣伝とか広告まみれなんで、すっ飛ばしていいですよ、どこも人呼び込むために必死なんですよね」
よくわからんがそういうものらしい。
イケテルは気を取り直して、二枚目を前にする。
速報と大きく書かれた見出しが目につき、その部分を読むことにした。
「パネマの村で紋章の無断使用、村長の御子息が関与かって、これあの村か?」
「はい、その村の話が載っていたので、イケテルさんにも読ませてあげようと思ったんです」
「ふーん、でも、確か紋章堕ちのことは伏せられてんだよな、それじゃあ俺の活躍は書かれてなくね?」
「ええ、紋章堕ちの情報は協会のほうで規制が入りました、ですが、この手の記者がその程度で黙ってるってことはないですよ。どこから情報得るのかわかりませんが結構鋭いところ付いてくるんですよね、ほらイケテルさんのことも書いてありますよ」
「マジか!!」
勇士としての自分の活躍が書かれているなら、世界中で話題になってトレンド一位、女神の勇士とかになっていてもおかしくない。
イケテルは興奮して急ぎ本文に目を通す。
「パネマの実の名産で知られるパネマの村で奇怪な事件が発生、紋章を悪用する大男が暴れまわり一晩で村の家が何件も破壊された。犯人は駆けつけた紋章騎士団によって捕縛されたが、噂ではその大男を成敗したのは村に立ち寄っていた協会の術士とその従士だという情報もある……!」
これ、俺だよな! な! とイケテルはルゥを見ながらニュース紙と自分を交互に指を指す。
するとルゥがいつもより柔らかな無表情で、無表情に柔らかいもないがそんな感じに見えた顔で、ゆっくりと頷いた。
顔がにやつくのを抑えられず、イケテルは続きを読むことにした。
「真実はいかに、記者は村で取材を続けた結果、ある噂に辿り着いた。それは協会の術士一行は……実は女神の勇士であるという噂……!!」
イケテルは腕を振り上げた。
やった! 世界に女神の勇士イケテルここにありと広めることができた! きっと多くの声援上がっていて、トレンド一位まったなしだ!
喜びに、胸がいっぱいになっていると、ルゥが指でニュース紙の続きを指さした。
読めということだろうか? イケテルは首を傾げながら続きに目を通した。
「しかしその勇士、巨漢で化物のようにブサイクな男で、村の破壊はその男のせいだと住人からは証言が、勇士なんてとんでもない迷惑この上ないと……」
イケテルは読むのを止めて、静かにルゥを見た。
ルゥはこちらの背をドンマイ、と手で何度か叩く。
イケテルは上げていた手をニュース紙に叩きつけた。
「チクショウがああああっ! なんだこの巨漢で化物ブサイクって! しかも破壊全部俺のせいにしやがってええっ! 村救って世界も救ったのになんだこの迷惑って! オイどうなってんだああっ!?」
イケテルは衝動的な怒りを吐きだして、一息付くと、ルゥがこちらの顔をじっと見ながら、頬に手を当て吐息を漏らした。
「あー、いいですね、そのリアクションです。三日間イケテルさんのリアクション見れなくて溜まってたんです」
「おい、まさかとか、もう思わないが、お前狙ったな! これ読んで俺がリアクション取るまで全部わかって読ませたな!」
「はい、外でリフレッシュはしていたんですが、何か物足りなくて……私、もうイケテルさん無しでは生きていけないかもしれませんね」
と真顔でルゥに言われたが、それにどうリアクション取ればいいのかイケテルはわからなくなった。