四章 村人チェイス
村の中は騒然となっていた。
小鬼が村に入ってきたという話はすぐ村中の人々に伝わっていく。
「聞いたか? 村の中に人間に扮して服を着た、喋る小鬼が現れたらしいぞ」
「な、なんだとっ! 急いで他の奴らにも伝えろ! みんな武器を持って集まれって! 村を守るんだ!」
戦えるものは男も女も武器になる物を持ち、立ち上がっていく。
この村に災いをもたらしている小鬼を打ち倒すのだと。
普段温厚な村人たちは勇敢な狩人たちへと変わって行った。
○
「ちっくしょおおおおおおっ!!」
イケテルは叫びながら疾走していた。
逃げている。武器を持った村人たちが追ってくるせいだ。
(最初の二人はすぐ引き離せたのにぃ!)
ステMAXの脚力は伊達ではなかった。すぐに男達を振り切ることが出来のだ。だから自分の中で余裕が生まれてしまった。
見つかっても逃げればどうにかなる。
なら今はどこかに隠れて、何とか誤解を解けないかと様子を伺うことを選んでしまった。
それが失敗だった。
隠れてる間、村中に小鬼が出たと騒ぎはすぐ広まったようだ。おかげでどんどん武器を持った村人が増えていき。その結果、捜索網が広がって、見つかり今に至る。
「いたぞー、逃がすなぁ! 捕まえて吊るすんだー!」
「頭かち割って、村に災いを振りまいたことを後悔させてやれー!」
追ってくる村人達の怒声が響く。
(ひいいいっ)
イケテルは必死だった。さっきから村人の物言いが過激になっているのだ。
捕まったら本当に何をされるかわからない。とにかく今は逃げる。
走る先、視界に左方向に曲がる角が飛び込んできた。
「左コーナーっ!!」
コーナーに飛び込む。
そこから一気に突っ走る。速度ではこちらが圧倒的に勝っているのだ。
だから突き放すのは問題ない――はずなのに上手く逃げ切れない。それは、
「っ! ちくしょう! ふさがれたか!」
目の前に飛び込んだ通路の奥に村人が三人いる。手にはそれぞれ武器になる物を持って待ち構えてた。
待ち伏せだ。速度では勝てないと、連中は数で散らばり通路を押さえに来ている。
イケテルは突っ走しろうと用意した足にブレーキを掛ける。
(後ろは――ダメだっ!)
来た道を引き返せば、さっきの追ってくる連中と挟み撃ちに合う。
逃げ道はないかと左右を見る、左は建物の壁、右は通路との境界を示す、石造りの塀。高さは自分の身長より上。
(右ならいけっか!)
イケテルは右の塀に片足を掛け、蹴り上げる。
跳び上がった瞬間、塀の上に手を置く。そのまま腕の力と足で壁を蹴り、一気に駆け上がるように塀を跳び越えた。
「おっ邪魔しますっと!」
敷地に入り、そのまま横断。家の門から隣の通路へと抜ける。
(あれ? 今の俺凄くね!?)
生前動画で見たパルクールのように止まることなく抜けることが出来た。
今更、自分の得た身体能力の高さに感動を覚えてしまう。
(これなら素手でも棒持ったレベルの村人ぐらい余裕じゃね?)
逃げずに戦う。今になってその選択肢が頭によぎる。
このまま村の外に逃げても、行く当てもない。ならば村人を無力化してそこで誤解を解けばいいのではないか。
武術の達人のように相手を倒し、大立ち回りする。男なら常に憧れるシチュエーションだ。
イケテルは決意した。
通路を走り、村人が待ち構えてるであろう大通りに飛び込こんだ。
大通りには思った通り村人たちがいて、自分の姿に騒ぎ立てる。
(まずは囲まれないよう離れてっと!)
村人たちがいる側とは逆側にステップして距離を取る。
そこから相手のほうを向き宣戦布告する。
「オラァ、どいつが相手だ、掛かってこいやぁ!」
イケテルはファイティングポーズを取って相手と向き合う。
大通りにいたのは十数人、だが武器を持って戦おうとしてるのは五人だけだ。
(五対一厳しい、無理、逃げるか。いや武器と言っても棒とかせいぜい農具とかだろ!)
いけるはずだと、相手の武器を確認する。
自分の予想は半分当たった。
前に出てきた敵は左から、クワを持ったおっさん、農業用の三又フォークを構える若い兄ちゃん、草刈り鎌を逆手持ちするおばさん、手斧を持つお姉さん、両手持ちの巨大なハサミを握るお婆さん。
それをもう一度端から確認して、
「うん、無理」
イケテルはその場で急旋回して、逃げることを決意した。
「無理に決まってんだろおおおお! 何で順番に殺意上がってんだ! っていうか最後のババァが怖すぎる!」
悲鳴に近い叫びを上げてイケテルは走り出すと。
逃がすなーという叫びと共に村人たちが追ってくる。
足音と怒声の中にはハサミをジョギンジョギンする音が響いて恐怖度が倍増する。
「クソがっ! なんであのババァだけ殺意が飛び抜けてんだ! どうなってんだ異世界のババァは!?」
こちらの言葉が聞こえたのか、ババァがハサミの音を早くして叫んできた。
「誰がクソババァじゃああ! このドぐされ小鬼がああ、首ちょんぎってくれるわああ!!」
「イヤああああああっ!?」
ハサミババァの罵声を背後に浴びながらイケテルは死ぬ気で逃げ続けた。