三十六章 夢の訪問者
イケテルは気づくと、村の通路に立っていた。
どうしてここに立っているのかわからず、イケテルは首を傾げる。
(確か、紋章堕ちを倒して……)
そうだ、紋章堕ち、アイツをぶっ飛ばしてやったのだ。
ゴブオの仇取った、女神の勇士として村を救った、世界を救ったのだ。
村の人間が、世界中の人がきっと、自分を褒めてくれる、讃えてくれる。モテまくれる。
イケテルが顔をにやつかせてその光景を思い描くと、突然、周りから大きな歓声が鳴り出した。
そして、その音に呼応するように通りは姿を変え始める。土の道から、石畳の綺麗に整地された道に代わり、周囲の建物も次から次へと地面から生え変わった。
まず、最初にイケテルの左手側に豪華な宿屋が生まれ、その隣、看板に冒険者ギルトと大きく書かれた建物が現れた。右を見れば、魔法屋と書かれた怪しいお店があり、通りの向こうには壮麗なお城の姿が見え、遠くを見ると天を衝く程の巨大な塔がうっすらと見えている。
その光景にイケテルが目を輝かしていると、今度は通りに人々に溢れだしていた。こちらへ歓声を上げる。誰もかれもが感謝の言葉をくれる。
特に前に出てきて、自分を褒めてくれるのは、美女ばかりだ。
巨乳のおっとり系お姉さん、エルフ耳の胸の薄いツンデレ娘、ケモ耳と尻尾を生やした獣人の女の子、人妻の色気がむんむんの奥さん、見た目は幼い少女だが、実年齢は900歳を超える合法ろ、いえ、これは無理があります、行けません。いくら実年齢がお年を召していても、見た目がアウトなら犯罪です。ハイ。
「ん? なんか今、変な声混ざってなかったか?」
イケテルは小首をかしげて見ると、セクシーな人妻の横にいたはずの合法ロリババァが、震えて今すぐ召されそうなただのババァに変わっていた。
「あれ、おかしいな? さっきまでロリっ子がいたような……」
まぁいいか、とイケテルは気にせず笑った。
頑張った甲斐があった。あの三流女神に叩き落とされたときはどうなるかと思って――誰が三流ですか!
「あ! 何だ!?」
イケテルは辺りを見回した。
今、自分の心の中にツッコミを入れられた気がした。
だが、周囲にいるのは美女だけだ。どこもおかしくない。
「ま、まぁいいか、それより――ぐふふ、どの子からにしようかな」
イケテルはよだれを拭いながら、周りの女の子を見る。
自分は世界を救ったのだ。当然、女の子の一人や二人、三人四人、いやこの際全員だ。良い思いさせてくれてもいいのでないか。
女の子達をじっくり見ていると、一人の美女に目が留まった。
年齢は二十代ぐらいで、なにか神秘的なオーラが目を引く、そして何より、
(あの子、ルゥと同じぐらいでかい!)
でかい。それは良いことだ。もちろん小さいのも好きだが大きいことは大好きだ。
イケテルは何度か頷いてから、彼女の方を向いて手招きした。
彼女が周りを見てから、指で自分の顔を指した。
そうだ、とイケテルは大きく頷く。
彼女が困惑しながらも前に出てきたので、自分も彼女の前に立つ。そして、目をつむり、唇を差し出した。
「ちゅう――っ」
「え、嫌、きゃああっ!?」
イケテルの頬にバチンといい音と共に衝撃と痛みが走る。
「ぶふぅ――ッ!?」
初めてのチュウをしようとしたら、初めてのビンタを食らった。人生初体験だ。母親にもビンタされたことない、後頭部を叩くオカンだった。
女性との接点も一切ない人生だったから、と思って悲しくなりイケテルは目の前の美女を見た。
美女が半目でこちらを睨みながら、胸を持ち上げるように腕を組んで立っている。
(乗っている……!?)
イケテルはその衝撃的光景に、思わず三度見した。じっくり見て脳内で記憶しておく。顔も入れて記憶したいと思って視線を上げると、その顔に見覚えがあった。
「えっと、確か……なんかのエロブラウザゲーのキャラだったか?」
「誰がエロキャラですか!」
美女がキレた。
彼女は手を額に付けて、ため息をつき、あからさまな態度を取る。
それから、彼女が手を何度か叩き、
「ハイ、撤収ー、撤収でーす、もうこんな男のために幻想見せても仕方ないでーす」
その言葉と共に周囲の景色が消えていく。周りにいた美女たちも、人々も建物も全部消えて。真っ暗な世界になった。
「は? なんで、え? なにこれ」
「お久しぶりですね、勇士イケダテルマサ、もしや私の顔を忘れましたか、ええ、忘れましたよね、貴方のような人は全て忘れている気がします」
なぜか決めつけられた。
イケテルは首を傾げ、胸を見る。この胸なら絶対忘れない気がするのだが。
「勇士、視線を上げなさい、胸を見ない。こっちを見ろ。ハァ……あなた本当に報告書通りですね、あの子が大変な目にあってないといいのですが」
「あ? なんだいきなり、俺は胸を見れば大体わか……あ、お前は!?」
イケテルはその顔を見て、思い出した。
目の前にいるのは、
「三流女神!!」
「だーかーら、三流じゃないです! 私は一流です! あと敬いなさい! 高位存在の世界の管理者にて、女神ですよ、目の前にいるのは!」
もぉー、と女神が腕を上下に振って喚いている。
「なんだよ、というか、なにこれ、なんで女神が……まさかオレ、あのあと死んだのか!?」
紋章堕ちを倒してルゥと話した辺りから記憶がない。
疲労が限界来てたし、怪しげな薬飲まされてた。もしや、心臓麻痺でも起こして死んだのではないか。
やっちまったとイケテルは頭を抱えると、女神がため息ついて口を開いた。
「安心なさい、貴方はまだ死んでませんよ。というか死んでも貴方の魂は二度と拾い上げません!」
「おいィ! それはどういう意味だぁ! 一度世話したら死んでもまた世話しろよ、責任取れ女神コラ!」
「いーやーでーす! 正直、貴方のことを見限ろうかと思っていたのですが……まぁ、どうやら報告書を見る限り、女神の勇士としての役目はこなせたようですね」
嫌そうな顔をしながら、女神は手元に浮いている白い枠を指で何度か叩く。
(報告書? ……そういや、ルゥがそんなこと言ってたが)
まさか、ルゥが書いた自分や事件についてまとめたものが女神の元に届いたということだろうか。
「あの、それどんなことが書かれて」
「色々と書かれていますよ、貴方のことや、あの子の近況報告も、あと、もちろん調査についても。例えば、勇士は変態の懸念有、おっぱいが好き、要注意と、あ、これ追記で変態◎って書いてありますね」
「ちょっと待てー! なんでそんなゲームスキル表記なんだよ! 変態はスキルじゃねーだろ!」
「知りません、書いたあの子に聞きなさい。他には、貴方、あの子の寝込みを襲おうとしましたね! あ、でも撃退されてる、ふふん、さすがはあの子です。それとユニークスキル? ふらぐブレイカー? よくわかりませんが……あ、このセクハラの件! 体に胸が当たって、それを指摘して喜んでいたぁ? ……許しがたいことですね。今すぐそこに正座なさい! 女神の勇士たる者がセクハラとか何考えてるんですか、私はそんな勇士を送り込んだ覚えはありません! ちょっと説教しますよ!」
「オカンかお前は! というかもうわけが分からねぇよ! 何なんだよ、この状況は! まずはそれを説明しろ!」
指を差して要求すると、不満そうな目をこちらに向けた女神は咳払い一つ付け、口を開いた。
「ここは夢の中、現実のあなたは寝ています。私は勇士がきちんと役目をこなしたという報告を受けて、貴方を労いに来ました。さっきの光景は褒美として、いい夢見せて上げようかなーと貴方の望む世界を作ってみたのです。ほら、喜び、感謝しなさい、私自ら勇士の夢に現れるとか滅多にないのですよ。2000年ぐらい前の勇士にやってみたら、自分は女神から褒めて貰えたって騒ぎだして、自らを現人神とか言い出した、どうしようもない輩もいたのでやめたのです。ラッキーでしたね。もう一回言います、感謝してください!」
「いや、知らんし、というか労いに来て、説教しようとすんな! あと感謝の押し売りやめろ! さらに人の性癖暴露タイムみたいなことしやがって、さっきの光景返せ! あとその胸揉ませろ!」
「なっ、女神の体に触れようとか何考えているんですか、貴方は! やっぱり女神の勇士として相応しくない魂を選んでしまったようです。第七宇宙世界の管理者に払った信仰力と魂の素体を作るのに掛った力返しなさい! もー、アレ、高かったんですからね!」
「選んだのお前だろうがああっ! あ、そうだ、人を途中で叩き落としたあげく、こんなぶっさいくな顔にしやがって! 今すぐイケメンマシマシセタカメイケボチョイシブに返ろ!」
「何度やろうがあなたの魂が改心しない限りそのブサイクな顔になるんですー、私のせいじゃありませーん! 大体、身体能力大幅に上げて貰えただけ感謝しなさい! 報告書見る限りじゃ、貴方その体じゃなかったら死んでますよ!」
イケテルは言い返そうとして、声が出なかった。立て続けに叫んだために息が切れたのだ。
向こうも同じなのか息が上がっている。互いに肩で息をしてにらみ合った状態だ。
ふと、イケテルは思う。どうして夢の中で女神とこんな言い合いになっているのだろう、と、そう考えると冷静になって来た。
「……もういい、止めようぜ。それで女神はなんだ、本当に労いに来ただけなのか? 俺が紋章堕ちを倒して、役目を終えたからか?」
女神に聞くと、彼女は一度息を吐いてから、姿勢を正し、答えた。
「労いは本当です、勇士、ご苦労様でした。よもや紋章堕ちが現れるとはこちらの想定以上の事態でした、そこはお詫びします。ですが、貴方の役目はまだ終えてません」
終わってない? と首を傾げると女神が続ける、
「現在、私の優秀な信者達が調べておりますが、恐らく持ち出された穢れし紋章は一つではありません、貴方には引き続き、それの破壊をお願いします」
「ちょっと待て、俺はまたあんな化物と戦わなきゃ行けねぇのか? さすがにあんな目に会うのは一回で十分だぞ」
「それを決めるのは貴方です、勇士。貴方と共に戦ったあの子と二人で決めなさい。ただし、女神勇士を名乗る以上はこの役目を放棄することは許しません、貴方にはこのぐらい言っておいた方がいいでしょう」
女神は言い終えると、姿をふっと消した。
どこからか、声が響く。
「貴方が勇士として相応しくないと判断出来たら、別の考えを持たなければいけません。なので、どうか自らの行いを改めて、行動しなさい。この報告書を読む限りでは貴方にも良いところはたくさんあるのですから、いいですね、私の勇士よ」
聞こえた声が自分の中で反響する。頭が揺れて、意識が落ちていく。その時、最後の声が聞こえた。
「良いところも書いた、あの子に感謝するのですよ、そうじゃなければ貴方は――」
イケテルは最後まで声を聞けずに、意識が暗闇に落ちた。
○
「ハッ!?」
イケテルは跳び起きた。
起きた場所はベットの上だった、自分は眠っていたらしい。
先ほどまで見ていた夢を思い出してイケテルは頭を抱えた。
「なんで夢の中で女神に説教されなきゃ……」
「イケテルさん? 起きましたか」
その声のほうへ視線を向けると、ルゥが部屋に入って来たところだった。
イケテルは胸に目がいきそうになったのをこらえてルゥの顔を見る。
「? どうしました、イケテルさん」
「いや、なんか、その、……ありがとうございます」
女神に言われたから、というわけじゃないが、一応感謝を言葉にして伝えた。