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三十五章 決着

 

 紋章堕ちは目覚めた。

 場所は瓦礫の上、半壊した建物の中だった。

 頭を上げると、眼前にタヌキの頭のような残骸が落ちているが、気にせずそれを踏み潰して立ち上がる。


 「……小鬼はどこでやすかぁ?」


 先ほど小鬼捕まえたはずだった、なのに突然女の声がしたと思ったら、ここに寝ていた。


 「そうかあの女の仕業でやすなぁ」


 邪魔をされた、小鬼をあと少しで殺せたのに。この手で捻り殺せたのに。

 瓦礫の上で紋章堕ちは宣言するように叫んだ。


 「ひゃあああ――ッ! 全員、全員、殺してやる――ぅ!」

 

 どこに隠れた。紋章堕ちが周囲を探すと、建物が倒壊して空けた先、通りに小鬼と女が立っている。

 

 「ひひっ、見つけたでやすぅ! 見つけたでやすぅ!」


 紋章堕ちは飛び出した。

 今度こそ、今度こそ、消して綺麗にしてやる。


                  ○


 イケテルは見た、紋章堕ちが瓦礫の上から飛び出してきたのを。


 (随分と元気だなアイツ)


 ルゥの話では一メートルの巨大な石のタヌキをドカンと一発ぶち込んで直撃させたと聞いたが。

 

 (まぁ、確かに直撃してるな)


 紋章堕ちの胸の部分が何かをぶつけられたように陥没している。

 だが、起き上がってからは一歩進むごとにそれが元に再生していく。速い、すぐにでも元に戻るだろう。


 その再生速度を見て、イケテルは一つ疑問に思う。

 再生がアレほど速いのに、何故、奴は起きるまでに回復してなかったのか。


 (これはいったい)


 首を傾げて考えていると、隣でルゥが言う。


 「イケテルさん、応急処置して、薬も飲ませましたけど、気休めですので無理はしないでくださいね」


 「おう、問題ねぇとは言えねぇけど、あと一発か二発、ぶち込むぐらいはできるから心配すんな」


 任せておけ、とルゥには笑って見せたが、内心では強がりだなとイケテルは苦笑する。

 正直に言えば限界はとっくに来ている。手足も鉛で出来ているような気がするほど重い、息を吸うだけで体の節々が痛む。倒れていいならこのまま倒れてしまえるぐらいだ。

 それでも意識を保っていられるのは、勇士の使命とか、世界を救うとか、物語の主人公みたいになりたいとか、そんな大層な理由じゃない。


 ただ、個人的な理由からだ。


 イケテルは一歩前に出て、近づいてくる紋章堕ちに棍棒を向ける。


 「おい、てめぇは邪魔だ。イケてる俺の素敵な異世界人生二週目を送るために邪魔なんだよ」


 だから、


 「ゴブオの仇もあるし、ここで終わらせてもらうぞ――行くぞ、紋章堕ち」


 言い終えて、前に出ようとしたとき、イケテルは急に後ろに引っ張られた。

 

 「ぐえっ」


 首元の裾を引っ張られて、首が絞まる。死ぬ。

 絞めた犯人が口を開いた。


 「イケテルさん、ステイです。なに一人で盛り上がってるんですか、まだです、まだ」


 ルゥが掴んだ手を離した。

 解放されたイケテルはふらつきながら、その場で咳き込んだ。


 「げほ、ごっ、ちょっ、お前何すんの、俺のHPは残り1ぐらいだぞ! 死ぬぞマジで!」


 「死なれては困りますが、イケテルさんのお仕事はまだですよ、わざわざアレとやりあう必要はもうありません。一撃ぶち込んでくれればいいんですよ」


 説明したでしょ、とルゥが半目を向けてきた。

 

 「説明? したっけ、なんか覚えが……」


 「はー、飲ませた薬が強すぎましたかねぇ」


 「おい、俺に何を飲ませた!? 回復アイテムとか、言ってたろ! 体力回復する系のあれじゃないのか!?」


 「いえ、そんな都合のいい薬ありませんよ、ちょっと興奮しすぎてますかね。まぁ、そんなことより、来ましたよ」


 「そんなことって――あ」


 紋章堕ちが大通りまで迫ってきていた。


                  ○

 

 紋章堕ちは判断した。

 奴らは油断している、いまなら確実に殺せる。

 このまま止まらず一気に襲い掛かる、と決めた。


 まず、どちらを狙うか、女は元気そうだが、小鬼はボロボロだ。

 ならまずは小鬼だ。

 瀕死の小鬼を殺す。この手で殺してやる。そのあと女を殺す。


 「ひひっ、ひひっ、ひゃはははははははっ!!」


 笑う。これまで我慢してた分も笑う。


 紋章堕ちは勝利を確信していた。

 負けるはずがない、小鬼は弱っていて、女の紋章術は自分に通じないのだ。


 奴らがいる、大通りまであと三歩、そのあと奴らに飛び掛かるまでは一歩で十分。

 紋章堕ちは口の端を上げて、数え始めた。


 「一歩、二歩、さー――ッ!?」


 三歩目、大通りに紋章堕ちが足を踏み込んだ瞬間、地面に足が沈んだ。


                  ○


 「落とし穴だぁ――っ!?」


 ルゥは、隣にいるイケテルが驚きに声を上げるの聞いた。

 さっき、説明しただろうに、とルゥはため息をついて、ふと、思い出した。

 

 (そういえば説明してなかった気がしますね)

 

 失念していた、反省。自分もどうやらだいぶ冷静さを欠いてたようだ。

 まぁ、彼には、それについて聞かれたら真実を答えればいい。嘘は嫌いなのだ。

 ルゥはそう決めて、膝下まで足を沈め、倒れないようバランスを保とうとしてる紋章堕ちを見ながら言う。


 「まぁ、今はただの落とし穴であまり意味は無いのですが」


 「は? じゃあすぐ出てくるのかよ!?」


 「はい、すぐは困るので、固めてしまいましょう」


 ルゥは手に持っていた紙を地面に置いた。紋章が浮かぶと、周囲の地面を固めていく。

 これは硬化の紋章を刻んだ紙、面を硬化させて固める用に組んだ紋章術式だ。一般的に建築などの補強などに使われ、この村でも建物に使われているものだ。


 「おっと、固まる前にもう片方の足も沈めて貰いましょうか」


 ルゥは言うと同時に指を横に振る。


 「弾けなさい、炸雷サクライ


 刻んで置いた紋章が発動して、地面の上を雷が走り、前にいる紋章堕ちの背中まで登って炸裂した。


                  ○


 「ひぎっ!?」


 紋章堕ちは背中で起きた衝撃に押されて、つんのめり、もう片方の足も前に一歩、落とした。

 沈む。右足と同様左足も膝下まで地面に埋まる。

 そしてゆるかった地面が、固くなっていくのがわかる。あの女の仕業だ。だが、何故だ。

 さっき背中で発動した紋章はいつ刻まれてたのだ。それにこの落とし穴に何の意味がある、奴らの攻撃は自分には通じないのに動きを封じてどうするつもりだ。


 紋章堕ちは意図が分からず混乱していると、前にいる忌々しい女が言う。


 「わけがわかってないようなので教えてあげますね。まず背中で炸裂した理由は、あなたは広場で二度私の雷を食らってから、ずっと私の術式の影響を受けていたんですよ。術式名は印雷インライです。まぁ簡単に言うとマーキング、帯電してる間は私の術式に狙われ続けます。まぁこれ私の癖というか組み方が面倒で、基盤の術式流用して組んでたら勝手についてしまったんですけどね」


 もう一つと、女が人差し指を上げて言う。


 「地面は固めましたけど、もしかして他にも何か気になってませんか? 足になにか絡んでいるとか」


 女の言うとおりだった。

 自分の足に何か絡んで、絞めつけてくる。


 「何をしたでやすぅ!? この、この右足に絡んでくるコレは!」


 紋章堕ちは叫ぶと、彼女が一度頷き、言う。


 「私の術式は効果がないので、あなたの術式を使わせてもらいました」


 (……術式?)


 自分が使うこの力は、生長だ。その術式は自分に使い、今も地脈から力を吸収している。


 (それを利用した……?)


 紋章堕ちにはわからなかった、女の意図もこの落とし穴も。

 だが、理解する必要はない、なぜなら、


 「この程度の固さならすぐ出れるやすよぉ!!」


 紋章堕ちは抜け出そうと試みる。

 まず、絡みがゆるい左足に力を入れる。

 地面を固められたが、表面だけだ。このぐらいは無理やりにでも持ち上げられる。

 足を引きはがすように、足を持ち上げて、少し左に降ろす。

 土が固められているためしっかりとした足場だ。


 紋章堕ちは笑う。これなら左足に体重を乗せて、右足を力づくで持ち上げればいい。何が絡んでるかわからないが、この程度、引き抜いてしまえばいいのだ。

 紋章堕ちは下に引っ張られる力に逆らい右足を無理やり引き抜いた。

 持ち上げた足には何かが地面から伸びて、巻きついている。


 紋章堕ちはその何かを知っていた。

 自分はきこりの家に生まれたから見たことがある、これは形が歪んでいるが、間違いなく。

 

 「樹!?」

 

 まだ若い樹が足に複数の蛇が絡み合うように伸びている。

 紋章堕ちはそれを全て引き抜こうと右足をさらに持ち上げて、


 「イケテルさん、右足の裏です」


 「応っ」


 女の言葉に小鬼が前に飛び出してきた。


                  ○


 イケテルは見た、目の前の足を。

 奴は地面から絡みついてる樹ごと、引き抜こうと足を大きく持ち上げている。


 今なら見える、足の裏。赤く輝く紋章が。

 低く、棍棒ゴブオを構えて、一気に行く。


 チャンスはこの瞬間だけだ。一撃で決める。

 足が重い、だが、手に持つ棍棒ゴブオだけはなぜか軽い、重さを感じられない。

 ゴブオが力を貸してくれている。

 だから、


 「行くぞ、ゴブオ! ぶっ壊れろおおおおっ!!」


 足の裏に下から棍棒を振り上げてぶち込んだ。

 

                  ○

 

 紋章堕ちが右足を下から掬われる形で殴られ、その勢いで後ろに倒れるのをルゥは見た。

 

 「上手く行きましたね」


 ルゥは作戦が一応上手く嵌ったことに安堵した。

 こちらの雷の紋章は通じないので、逆に紋章堕ちの生長の紋章を利用することにした。


 あの穢れた紋章は足の裏を地面につけることで地脈から力を得ている。

 ならばその足の裏の間と地面の間に他に生長を受ける物があったならそれはどうなる?

 

 答えは見えていた、伐採所にも所々青々とした草が生えた場所があった、あれはあの場所で男が紋章を使い、地脈を吸い上げたことで足元にあった植物の種が育ったのだ。

 だから、それを利用することにした。


 この村の通路の土は全て、雑草が生えないよう除草処理して固められていたので村の人に頼み、掘り起こして貰った。そこにパネマの樹が育つのに適した土と肥料を混ぜて、その中にパネマの樹の苗を地面に埋めておく。

 そこに水を少し混ぜ、柔らかくして、土をかぶせておけばいい、あの巨体だ、重さも相当だろうから踏むだけで簡単に沈む。

 あとはそこに固化の術式を発動させれば、樹が急成長するまでの時間を稼げる、トラップの完成だ。

 

 あとは紋章が刻まれたほうの足に樹が成長し絡みついてくる。

 そして、それを引き抜くには絡みついた樹ごと大きく足を持ち上げなければならない。そこをイケテルが叩く。

 

 その結果がこれだ。

 赤い破片が宙を舞っている。紋章の物理的な破壊だ。


 紋章は刻まれた物を剥がすの難しいが、破壊するだけなら難しくない。

 刻まれた物を破壊するか、紋章自体に傷をつければそれだけで何らかの不具合を来たし動かなくなる。それが穢れた紋章であっても同じだ。

 肉体ごと紋章を打撃して傷つけた。最初の時は刃物ではあの肉体を傷つけられなかったが、イケテルが持つ、女神の加護の紋章が刻まれた棍棒で殴れば、砕ける。


 勇士がなぜ女神からこの加護を渡されるのか今ならわかる気がする。

 それは紋章堕ちへの対処のために渡された武器なのではないか。

 そう考えて、ルゥはふと、気づいた。


 「女神様からその加護の紋章を貰えて無かった、イケテルさんは……一体?」


 あまり深く考えては行けない気がして、ルゥはその考えを止めた。


                  ○


 紋章堕ちは呼吸が上手くできなかった。


 「ひっ、ひっ、くかぁっ、かぁ、力がぁ!?」

 

 体が動かない。力が抜ける、体中巡っていた活力が失われていく。その喪失感に紋章堕ちは恐怖を感じていた。

 消えてなくなる。強い自分がなくなる。あの頃の弱い自分に戻ってしまう。

 

 怖い。怖い。怖い。

 

 善い旦那から頂いた力が、自分を変えられる力が。

 救いを求めて手を伸ばす。


 「た、タすけて、タスけ、て……旦那ぁ、旦那ぁ……!」


 誰かが歩いてきたのを紋章堕ちは見た。

 その足は短い。あの巨漢の男だ。

 

                  ○


 イケテルは見下ろしていた。

 身の丈三メートル近い巨人が、自分よりも小さい背の低い男に戻っている。いや、以前よりも体が小さくなっていた。

 全身やせ細り、骨格が浮き出ている。しぼんだ体中には痛々しく赤黒い線の跡が残っていた、力を得て、失った代償か。

 

 「ひっ、ひっ、あ、あ、あああっ!?」


 こちらを見上げた男がその枯れ木のような腕を使い、必死に這って逃げようとする。

 哀れだな、と呟き、イケテルは静かに棍棒両手で振り上げる。

 狙うなら頭だ。もう再生はしない。この男には慈悲もない。自分たちを殺そうとし、ゴブオを、森人達を殺した男だ。


 許せるわけがない、だから、

 震える手に力を入れ――振りおろした。


                  ○


 夜光の光が降り注ぐ、静かな通りに、鈍い音が響いた。

 ルゥはその発生音を見た。

 地面に棍棒が叩きつけられ、土を抉っている。


 彼の元へ、ゆっくり歩いて、ルゥは声を掛ける。

 

 「イケテルさんは優しいですね」


 彼の肩に手を乗せる。

 彼はこちらに振り返らず静かに言う。


 「弱いの間違いだろ……結局ゴブオの仇を取ってやる勇気もなかったんだ」


 「それでいいんですよ、それで……イケテルさんが罪を背負う必要はないんです。そういうの面倒ですから」


 手に乗せた肩が震えている。彼が空を見上げて答えた。

 

 「そんなもんか」


 「そうですよ」


 ルゥは同意して、共に空を見上げる。

 夜空には夜光の紋章が輝いている、昨日も彼と一緒に見たなと思うが、これからはどうだろうか。


 少しの時間が過ぎ、彼は裾で顔を拭って、振りむいた。

 まだ鼻水が出ているが笑顔で言う。

 

 「よし、これで俺たちの完全勝利だな! 世界も救ったし、ついでに村も救ったし、明日には村の女の子達から、キャーイケテルさーん! 結婚してー! とか言われんだろ? これ、そういうパターンだよな、な! よっしっ! 明日からは夢のハーレム! 俺が望んだ異世界ライフが始まるんだあああああっ!!」


 やったああ、と両手を振り上げると同時に彼が背中から音を立てて倒れ込んだ。

 

 「イケテルさん?」


 ルゥが倒れた彼を覗き込むと、寝ている。大口を開け、いびきをかいている。酷い寝顔だ。

 

 「疲労の限界はとっくに振り切ってましたからね……まぁイケテルさんの欲望全開な夢は寝ながら見てもらおうとして――走りなさい、迅雷ジンライ


 ルゥは振り返らずにその場で手を横に振った。

 雷鳴と共に雷が走り、背後、地面を這っていた男が悲鳴を上げ、動かなくなった。


 「あなたには聞きたいことが山ほどありますが、尋問とか面倒なので、明日到着予定の紋章騎士団に丸投げしますかね」


 さて、大きいブサイクと小さいブサイク、この二人どうしたものかと、ルゥは思いながら、夜光の空をもう一度見上げた。

 

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