三十三章 通路での攻防
は、とイケテルは息を吐いた。
呼吸を無理やり整えながら追いかけてくる敵と相対する。
戦いの場所は先ほどの広場から通路に移行していた。
横幅の狭い通路では互いに前後の動きでの攻防になっており、今も、高く飛んだ敵が攻撃を仕掛けてきた。
「ちィ!」
舌打ちをしてイケテルは即座に後ろに飛ぶ。
さっきまで自分がいた場所に紋章堕ちが膝から落ちてきた。膝落としだ。
その衝撃で地面に亀裂が入り、固められていた土が、弾け、跳ね上がった。
着弾した紋章堕ちは片膝を曲げた状態で、頭を下げている。
イケテルはそこを狙い、前に出て棍棒を振るう。
だが、攻撃が届く前に、紋章堕ちが後ろに飛び下がった。
棍棒は空を切る。
イケテルは深追いせずに一度下がって距離を取りなおし、棍棒を構える。
(くそ、こいつ戦いづらくなったな)
敵が戦い方を変えた。
紋章堕ちの攻撃はこれまでは腕や足を使った単調な攻撃だった。
それゆえ棍棒で迎撃する事も出来た。
だが、今は違う。
体格の有利を生かし、攻撃の重い一撃を仕掛けて、すぐ下がる、ヒット&アウェイの戦いに切り替えてきた。
広場でそれを最初にされた時は、攻撃を避けたあと、すぐ後ろに回り込もうとしてしてしまい、下がった奴に迎撃を受けた。
その攻撃を避けようとして、気づけばこの通路に入り込んでしまった。
失敗したなと、イケテルは思う。
(あー、あんなこと言わなきゃよかったか)
あのとき、作戦を聞かされ、ルゥと二手に別れたときのことをイケテルは思い返す。
ルゥが別れ間際にこう言った。
「イケテルさん、準備が整ったら合図しますので、それまで時間を稼いでください……相当無理を言ってますがお願いします」
深刻な雰囲気でルゥに告げられて、つい自分は、
「ふん、時間を稼ぐのはいいけどよ――別に、アイツ倒してしまってもいいんだろ?」
とルゥにカッコつけたら、
「え、イケテルさん倒せるんですか? じゃあ、期待しちゃいますね。一人だと準備に時間掛かりそうだったのでよかったです」
と、すぐにルゥが手を振っていってしまった。軽かった。正直思っていた感じとだいぶ違った。
だから、イケテルはちょっと後悔した。
(ちょっと言ってみたかっただけなんだよ)
あのカッコいい台詞を使ってみたかっただけなんだ。
言っておいて何の成果も出せてないとか、ダサすぎると思って、頑張ってみたら、失敗して狭い通路に入り込んでしまった。
(まぁでも、結果的には悪くはないか)
イケテルはこの状況の有利性を頭の中でまとめる。
狭い通路は時間を稼ぐには都合のいい場所だ。奴の巨体では攻撃パターンも限られるし対処しやすい。
攻撃があるとしたら、さっきのジャンプ攻撃や前蹴りといった攻撃だ、むしろ前蹴りして来たらチャンスだ。カウンターで足の裏の紋章を攻撃できる。
(他にあるとしたら、タックルぐらいか)
狭い通路で逃げ場が無いなら、こちらの迎撃を気にせず突撃を仕掛けて――。
「まずい」
自分が考えた、その戦術を紋章堕ちは実行してきた。
○
紋章堕ちは目の前の小鬼が逃げるのを追いかけていた。
逃がさない。絶対に逃がさない。
もうアレをただの小鬼とは思わない、侮らない。
ゆえに、戦い方を再度変えた。
攻撃したら避ける。痛みを受けないように。
だが、それも上手く当たらない。
それに小鬼は何かを狙っている、そんな気がした。
「そうだ、あの女がいないでさぁ」
逃げたのか、分からない。何か企んでいるのかもしれない。
だが、今は目の前の小鬼だ。今度こそ確実に殺したことがわかるよう、この手で殺す。
そのために奴を捕まえる。
この狭い通路で奴を捕まえるのは簡単だ。追いかけて捕まればいい。逃げ場など無いのだ。
ゆえに今走っている。
小鬼も速いが、足が短い。
それに比べて自分は足が長い。一歩の差が距離を縮める。
追いつく、そう思い、手を伸ばした時、小鬼が突然、目の前から消えた。
○
イケテルは無茶を敢行した。
紋章堕ちは体格の割に速い、それに比べて自分は疲労で息が乱れて、走るのに限界が来ていた。
この通路は脇道がしばらくないことも昨日の昼、走り回ってたから知っていた。
このままだと確実に追いつかれる。だから、やってやった。
紋章堕ちが追いついて手を伸ばす瞬間、奴の懐、後ろに向かってイケテルは背中から飛び込んだ。
むかつくことにアレは足が長い、そのうえ走っているなら、歩幅も広くなる。その間に滑り込めば、跨いで前に出るはずだ。
最悪踏まれる可能性もあるが、それは賭けだった。
そして、今その賭けに勝った。
奴は自分が目の前から消えたことに気づいていない。
巨体のため常に下を見ているためか、その分、足元、真下への視野が狭いからだ。
イケテルはこの状況でどうするか考える。
(このまま攻撃してもなぁ)
今はルゥを信じて、時間稼ぐべきだ。そのためにはまず逃げ場確保する。
通路を戻るのは危険だ。バレたらさっきと同じことが起きる。
イケテルは左右を見る、左は高い建物の壁で右は家の塀がある。
(昨日も同じことしたなぁ)
昨日のことを思い出しつつ、イケテルは塀に足を掛けて飛び、手を伸ばして塀の縁を掴み一気に駆け上がった。
塀の上に登った時、夜光に照らされる空に別の光が昇った。
(ルゥからの合図か!)
イケテルは見上げた、方角はおそらく東、大通りの方だ。
想定よりかなり早い。だが、助かった。準備が整ったなら、すぐに、
「ひひっ、みぃーつーけーたー!」
声とともに紋章堕ちの拳が塀の上にいる自分に叩きつけられた。