三十二章 種まき
紋章堕ちは歓喜していた。
「死んだぁ! 奴は死んだぁ! いなくなったでやすよぉ!」
潰れた。巨大なワードローブを投げつけてやった。
小鬼が潰れたのが見えた。だから嬉しくて、嬉しくて。
今はこうして空を仰いでいる。
陽が落ち、夜光の光が輝きだし始めている。
紋章堕ちは思う。
あの夜天の向こうに、憎い紋章の女神がいる。
善い旦那は言ってた。
「女神は敵だ。我々を管理し、人間の進化を技術の進歩妨げている。世界はもっと進化するべきなのだ、成長するべきだ。そうすれば世界は豊かになりキミのような境遇を生まなくて済むのだ」
正直言ってる意味はよくわからなった。
(あっしは、頭が悪いでやすよぉ)
それでも旦那は気にしなくていいと言ってくれた。友として優しく接してくれた。だからそれでいい。
(旦那の敵はあっしの敵でさぁ)
だから憎い女神の小鬼を殺せた。殺せたのだ。
旦那に報告できる。自分は戦い、旦那の願いを叶えたと。
ひひっ、ひひひっ……。
「ひゃひゃひゃひゃひゃははははは――――っ!!」
「おい、何がおもしれぇんだ、気色わりぃぞブサイク野郎」
「ひゃ?」
その声に紋章堕ちは下を見た。
目の前に潰れたはずの、殺したはずの、消えたはずの、小鬼がいた。
○
ルゥは東通りを走っていた。
イケテルに紋章堕ちを任せての別行動だ。
「急がないといけませんね」
準備にどれだけ時間が掛かるかわからない。
あの紋章堕ちはもう、彼を舐めて掛からないだろう。
最初の時と違い、今は完全な敵として認識している。
あの投てき攻撃が、いい例だ。体格や能力で上回っているのにイケテルを近づけないように戦いだした。
(イケテルさんを恐れていますね)
再生能力もあるのになぜか、簡単だ。痛みを負うのを嫌がっている。
捕食者が手負いの獲物に反撃されて焦っているのだ。
だから、アレはここから本気で襲ってくる、それに彼がどこまで食い下がれるか分からない。
でも、逆に言えば彼の攻撃は通じている証拠でもある。
そうであれば、穢れた紋章を破壊することが出来る可能性は高い。
そのためにも今は、
「あれは……」
ルゥは足を止めた。
前方、通りの出口の方から男達が走ってくる。
先頭を走ってくるのは村長だ、それに村の男達も付いてきている。
村長のほうもこちらを見つけたのか、急ぎ近づいてきた。
「術士殿、ご無事でしたか」
「ええ、まぁ、今はですが」
村長は肩で息をしている、その肩には白い包帯が巻いてあり、応急処置はしたようだ。
ルゥは村長の背後にいる男達に一瞥してから問う。
「それでどうして戻って来たんです、まだあの紋章堕ちは村の中で暴れています。危険ですよ」
村長が姿勢を正し、真剣な眼差しをこちらに向け言う。
「村の皆は丘の上まで避難させました。なので、我々はこの村を守るために来たのです。今更あなた方にしたことを許してほしいとは言いません、罪滅ぼしのつもりでもありません。ただ、この村は私達の村なのです! 何もせず黙って荒らされるのを見ていることなどできないのです!」
ルゥは見た。村長の表情を目を、その言葉には嘘偽りない真実を語っている。
後ろの男達にも視線を送ると、男達も腕を振り上げ、声を上げる。
「そうだ! 俺たちの村は俺たちで守らなきゃいけないんだ!」
「女神の勇士様たちだけに任せておくなんて、できねぇだ!」
次々、声を上げていく、男達は活力に満ち溢れている。
それを見て、ルゥは一度頷いてから手を合わせ、
「やる気があるなら結構です、ええ、ちょうどいいタイミングで来てくれました。それでは皆さんにお仕事を頼みます。あなた達なら本職でしょうし、すぐ準備できるでしょう」
彼らに作戦の説明を始めた。




