二十九章 小さな救世主
ルゥは見た、あれは確かに森人だ。
杖を直線から大きく旋回する軌道に変えてイケテルの裏側に回るようにする。
今、森人がイケテルと紋章堕ちの間に立っている。
あれは、まるで、
「イケテルさんを守ろうとしている?」
そうだ。あの小さい森人は小柄な姿に似合わない大ぶりの棍棒を持って紋章堕ちと対峙している。
何故、まず最初にその言葉浮かんだ。
森人は紋章調律種とは紋章が生み出す環境を保全修正としてバランスを取るのが存在意義だ。
森を荒らせばむしろ人間に攻撃をする。助けるなどありえないことだ。
だけど、森人は一度イケテルを救っている。
イケテルがパネマの実で痺れたとき彼を介抱した。そして今、イケテルのピンチにまた現れた。
これは、
「……まさか」
なんとなくだが、ルゥは答えが見えた気がした。
だが、それは何というか。
「イケテルさんはどこまでもイケテルさんですね」
とにかく今は急ぎ、彼の元に行く。それが今、自分がすべきことだ。
○
紋章堕ちは歓喜した。
終わってしまうと思ったら、もう一匹小鬼が現れた。
嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。
ゆっくり遊ぼう。
楽しく遊ぼう。
消して綺麗にしてあげよう。
「ひひっ」
紋章堕ちは笑う、小さいな弱い挑戦者を見て、にやついた。
○
イケテルは地面に伏せながら見ていた。
ゴブオが懸命に戦う姿を。
棍棒を振ってもダメージは与えられない、簡単に蹴り飛ばされ地面を転がる。
だけど、そのたびに立ち上がって挑んでいく。
体に似合わない大きな棍棒を両手で持って何度も何度も、紋章堕ちに挑む。
「ご、ゴブオ、無理だ、やめ、ろ」
イケテルは声を絞りだすが、ゴブオはやめない。
なぜ、どうして、こんな無駄な戦いをする。
(ゴブオやめろよ、死んじまうよ)
何倍の体格差があると思っているんだ。
勝てるわけない、なのにどうして。
ゴブオの姿を見て紋章堕ちが笑う。
「ひひっ、いいぞいいぞ、おめぇはあんときの生き残りでやすなぁ! 仲間の仇取りにきたのかぁ!」
イケテルは紋章堕ちの言葉に真実を知った。
(生き残り……じゃあ、ゴブオが一人なのは、その傷は)
あの時、伐採所であいつにやられために一人ぼっちで。
ここまで仇取りに来たのか。
(いや、違う、ゴブオはそうじゃない)
そうだ。仇を取ろうとしていたのかもしれない。
一人生き残って、村近くの森で、あの岩場でその機会を伺ってたのかもしれない。
だけど、今は違う。
ゴブオは、あいつは、
(俺を助けようとしてくれるのか)
イケテルは涙した。
これまで紋章堕ちと戦ってる中、泣きそうになったのをずっと我慢してた涙を今流した。
なんで自分を助けるのかわからない。
でも、そんな事はどうでもいいのだ。
ゴブオは今を頑張っている、自分を助けようと必死に戦ってくれる。
「が……がんば、れ、がんば、れ、頑張れゴブオおおおおっ!!」
イケテルは泣きながらゴブオに声援を送る。
ゴブオがボロボロになりながら、キキッと喉をならし、走り出した。
棍棒を両手で高く高く持ち上げて、その目は本気で、一直線に今倒すべき敵へ――
「ひひっ、残念終わりでぇやす」
紋章堕ちがゴブオを蹴り飛ばした。
小さな体が宙を飛ぶ。
少しの間の後、イケテルの目の前に落ちた。
「ゴブオ? ゴブオおおっ! しっかりしろ、おい!」
無理やり体を動かして、ゴブオの元まで這って行く。
涙を流しながらイケテルは謝った。
「ごめんな、ゴブオ、俺なんかのために……!」
ゴブオがキキッと喉を鳴らして、小さな手でガッツポーズを作った。
ああ、そうだ、マイフレンドの証だ。
「おう、俺たちは一生マイフレンドだ!」
イケテルも笑い、右手でガッツポーズを見せる。
ゴブオは良い表情で光の粒になって空に上がっていった。
しばらくその光を見上げていると。
「……イケテルさん」
肩に手を置かれた。ルゥだ。
イケテルは裾で涙と鼻水を拭って立ち上がる。
「俺はもう大丈夫だ、ゴブオが休む時間を稼いでくれた……だから、アイツを」
目の前、ゴブオの光を綺麗だ綺麗だ、手を叩いて弄んでるあの醜い化物を。
「ですが、イケテルさん、これ以上は無理です。身体も限界ですし、それに武器も戦う手段もありません!」
だから、と続けようとするルゥを声で制した。
「武器ならある、ゴブオの残してくれたこれがある」
足元に転がった棍棒を拾い上げる。
ゴブオには大きすぎた棍棒も自分が使うには丁度いい、両手で持てるし振り回しやすい。
「イケテルさん、落ち着いてください。鉄の刃物で敵わない相手にそんな棍棒でどうや――ってイケテルさん、手が」
イケテルは見た自分の手を、確かに手が光っている。
だが、それがどうした。いまはどうだっていい。
「悪りぃけど、ルゥ、ちょっと下がっててくれねぇか、今からあのクソ野郎を絶対にぶちのめさないと気が済まないんだ」
今はもう一つの感情しかない。
怒りだ。
恐怖も悲しみも不安もあきらめも無い。ただあるのは燃えるような怒りだけだ。
「おい、ブサイク、てめえを今から、マジでぶちのめす、覚悟しろ」
イケテルは棍棒を相手に向けて宣言した。