二十七章 選択
広場に割れた声が響いた。
その声に雷を食らって気絶してた男達は意識を取り戻し、飛び起きた。
「な、なんだとぉ!?」
「斃れてる場合じゃねぇ!」
皆起き上がる。そして広場の声の主へと顔を向けた。
術士だ。自分たちが殺そうとした巨乳の彼女が今の台詞を発した張本人だ。
見ると、彼女の向こうで赤い化物も凝視していた。
化物も見たくなる。やはり大きいことはいい。
皆で頷いて、おかしいなものを見たことに気づいた。
「ん?」
男達は皆、互いに目配せして、一斉に叫んだ。
「なんだあのデカいのはああああ!?」
○
イケテルは意識がぼんやりしていた。
何か聞こえた気がする、そうだ。ルゥの胸が出てるとか。
(……おつぱい?)
一気に意識が覚醒し、イケテルは飛び起きた。
「おっぱ――――! あぁ?」
飛び起きるとルゥが視界に入るが、飛び出たおっぱいはない。ローブはどこも破れてないのだ。
イケテルは絶望した。
(……またしてやられた!)
いくらなんでも酷い、よりにもよってエロドッキリで自分を騙すなんて。
(すごい期待したのに……!!)
「チクショオオオオッ!!」
イケテルはあまりの悔しさに地団駄を踏む。すると、
「イケテルさーん! 後ろ後ろ!」
ルゥが叫んできた。それだけじゃない、離れたところにいる男達も、
「バカヤロー! 後ろを向けええっ!!」
後ろと手振りまでつけて叫んでいる、何だ全員揃ってのお約束か。
「後ろが何だって――あ?」
後ろを見たら、赤い化物がいた。
「うわああああっ!?」
イケテルはとっさに後ろに飛んだ。するとさっきまでいた場所に拳が降り下げられた。
石畳が割れて、弾ける。
「グゥウウウ、騙しタナァア!」
「うわああ、何のことか知らんが俺もお前もたぶん同じ被害者だろ、な!」
落ち着けよ、とイケテルは両の手のひらを向ける。
だが、怒り狂う赤い化物には通じず、化物が拳を振りかぶったので、イケテルは反転して全力でダッシュした。
○
イケテルは文字通り頭から、ヘッドスライディングしてルゥの元へと滑り込んだ。
頭を上げてルゥを見る。下から見るとまず胸が飛び込んできた。
「うお、でかい――じゃなくて、何だアレ!?」
「……イケテルさん、どうやら怪我もなさそうですね、ええ、丈夫でいいですね」
半目のルゥがこちらを見てくるが、それは心配してくれているのだろうか。
「アレについてですが、あの背の低い男です。穢れた紋章を使い暴走、フェーズ的には紋章堕ちまで待ったなしですね」
「紋章堕ち? というか逃げないと!」
「そうですね、私の術式では効果がありませんし、今は取り込み過ぎた力が溢れて動けてません。ですが、時期に体に適応されて動き出すでしょうね。そうなればアレは完全な紋章堕ち、協会が第一級指定する紋章災害になります。ある意味イケテルさんが望んだモンスターですよ」
ルゥが指差す化物を見る。体中ふくらみ赤いラインが走っている、アレが動き出す前ということは。
「じゃあ、なおさら今のうちに逃げなきゃダメじゃねーか!」
「はい、明日になれば本来一緒に勇士を迎えに行く予定だった紋章騎士団の皆さんと合流できると思いますので、イケテルさんは行ってください」
「おう、よし、行く――お前、今なんつった」
「私はいけません、ここでギリギリまでアレを足止めします」
ルゥは両手で杖を握りしめた。
(何言ってんだこいつは)
目の前にいるのは正真正銘の化物だ。彼女の持つ紋章も通じなかったといった。
(なら何が出来るんだよ)
「安心してください、先ほど部下の皆さんに確認したところ、村の人は皆、村外れの古い集会所に集めていたそうなので避難はすぐ済みます」
そういうルゥの表情はいつも通り無表情だ。感情がないような、だけどその目は。
(何が安心できるんだよ)
「行ってください、ここで少しでも食い止めないと、これは私の仕事ですのでイケテルさんは――」
「ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなあああああああっ!!」
イケテルは叫んだ、全てをぶちまける様に。
ルゥが目を丸くしてこちらを見る。言ってやる。絶対に言ってやる。
(すました顔で自分が犠牲になるような道選ぼうとしやがって! なにが自分の仕事だ。なにが、女神だ。何が、勇士だ)
「ふざけんなよ、お前! マジで、死ぬ気かよ! お前は俺の相棒だぞ! 勇士イケテルの案内人で、ヒロインで、俺の、俺の、あーもう! バッカじゃねーのほんとうに!」
だから、
「俺が、お前を置いて行けるわけねぇだろ。お前がいなきゃ俺は誰に聞けばいいんだよ、お前がいなきゃ誰がこの顔で女神の勇士って信じてくれるんだよ、お前がいなきゃ俺はただの、ただの弱い、池田照正に戻っちまう」
そうだ、
「お前の横にいるのは俺だ。だって俺はお前がいなきゃ困るんだよ、だから俺は行かねぇぞ! 絶対に行かねぇ! お前が一緒に来なきゃ行かねぇからな!」
ああ、答えは一つだ。
「俺はイケテル、女神の勇士イケテル! 世界を救う男だ! だったら目の前のあんなもんから逃げるわきゃねぇーだろ!! 馬鹿にすんなっ!!」
言いたいこと全部言った。自分でも途中から何言ってるか分からなかった。だが言うべきだった。
もう弱い自分はいない、だからルゥに聞こう。
「おい、ルゥ! 俺は何すればいい、アイツぶっ飛ばせばいいのか、教えろ!」
ルゥを見ると、その表情は、
(……笑ってる?)
「ええ、わかりました。イケテルさん、でも作戦なんてありませんよ。……あと私は別に死ぬ気は無かったですよ」
嘘じゃないです、嫌いなので、と彼女はいつもの表情に戻った。
「え、……いやだって、流れ的にそうじゃね? あれ普通、あれー?」
おかしいなと、首を傾げてると、ルゥが前に出て。
「とりあえず、解決方法を探すのでイケテルさんは戦ってみてください。くれぐれも無理はしないように、これ入れといてください」
ルゥが手帳から一枚のページを破り、イケテルの胸元から服の中に入れる。
「お、応、任しとけ任しとけ、ぶっ飛ばしてやるよ」
イケテルは肩を回しながら、目の前の怪物、紋章堕ちを見る。
さっきまで肥大化してた体も、一回り小さく収まりだしている。それでも十分デカいが。
「そういえば……初めて、名前で呼んでくれましたね」
「え、あ、いや、そりゃあ、女の子を名前で呼ぶとか経験が――っていねぇし!」
言い淀んでいたら、ルゥはすでに杖に乗って浮上していた。あの高さなら安全圏だろう、ルゥの心配はしなくていい。
「さてと、アレとどうやって戦えばいいかねぇ」
とりあえず男達の忘れ物の大ぶりの鉈を拾い上げて、目の前の化物へとイケテルは歩きだした。