二十五章 赤い紋章
「おーい、あきおーおきろよー」
イケテルはしゃがみ込んで、秋男の顔を何度か平手で叩いてみた。
だが、一向に目覚める様子はない。
「困りましたね、秋男さん完全に伸びてますよ」
覗き込んでいたルゥが言った。
彼女は一度、吐息してから、
「イケテルさん、馬鹿力なんですから少し加減を覚えたほうがいいですよ」
「だって仕方ないだろ、必死だったし。それに秋男がイケメンなのが悪い、顔がいい奴を見ると全力で殴りたくなるんだ俺は」
イケメンへの憎しみが拳の力を倍増させる。イケメンシスベシ。
イケテルは自分の拳を握りしめると。
歪んでますねぇとルゥが呟き、
「それじゃあ、先に紋章だけでも回収しときましょう」
彼女が手振りしてくる、探せと言うことだろうか。
イケテルは秋男の両手を確認するが、紋章らしきものはない。
「ねぇな、とりあえず全部脱がしとくか? 野郎ひん剥くとか趣味じゃねぇけど」
「いえ、恐らく左腕じゃないですか、私達が近づいた時、隠すように抑えてましたから」
了解と、イケテルは返答して秋男が着る上着の裾を捲る。
すると、二の腕に紋章が刻まれていた。
赤い紋章だ。中央に山の形をした模様があり、左右には樹のような模様が外側に傾いて並らんでいる。見ると、右側の樹が一部欠けていた。
「なぁこれって、何の紋章だ?」
ルゥの方を向くと、無言でその紋章を見つめていた。
いつも無表情な彼女だが、紋章を見る彼女の顔は表情が硬くなっているというか、緊張しているように見えた。
「もしかして、これ結構ヤバい奴か?」
「……ええ、ヤバいですね。よもや劣化した紋章とは」
「烈火? え、カッコいい」
烈火の紋章。火属性は主人公の特権だよなぁと、しみじみ思っているとルゥに即否定された。
「違います、劣化している紋章、つまりこれコピーミスしたバグった紋章なんです、変異紋章とか穢れた紋章とか呼び名はいくつかありますが」
「な、なに、穢れた紋章だと!?」
突然の声にイケテルは振りむいた、村長だ。
村長は怪我した肩を押さえながら、こちらに近づいてくる。
(あー、何するかわからんしな)
イケテルは仕方なく、村長の前に立ち塞がろうとしたが、ルゥがそれを手で制した。
「構いません、村長さん、あき、息子さんは随分と危険な紋章を刻んでいます、これをどこで得たか知っていますか」
ルゥの言葉に村長は首を横に振る。
「いや、誰かから貰ったとしか言っていなかった。しかし、植物を成長させる高位の紋章だと……まさか穢れた紋章などと、伝承は本当だったのか」
村長が信じられないと言った風だ。
だが、こちらは状況が全く飲み込めてない。
とりあえず危険なものだというのは二人の反応でわかる、が。
「これが相当ヤバいのはわかるがどう危険なんだ?」
ルゥが懐から紋章板を出して秋男の腕を撮影しながら答えた。
「森の中で紋章の話をしましたね。大紋章から力の一部を持って生まれるのが小紋章だと、私達が使う紋章はその派生した小紋章をコピーしたものです。穢れた紋章はコピーした際に何らかの原因で正常にコピーできなかった失敗した紋章なんです」
「紋章が起動しない不良品か?」
「いえ、困ったことに起動してしまうんです。紋章には必ず性能以上の力を発揮しないようリミッターが付いているのですが、この穢れた紋章はそのリミッターが外れています。なので際限なく力を生み出し続ける危険な物なんです」
ルゥが紋章板をしまい、今度は手帳を取り出してページを一枚切りとる、
「そのため使用者の意思と関係なく、刻まされたモノが壊れても動き続ける。協会ではこの紋章が起こす騒動は一種の災害として扱っています。なので絶対に持ち出されないよう、発見しだい逐一破壊しているはずなんですが、まったくどうしてこんなところに」
ルゥが秋男の腕に切りとったページを一枚乗せて、紋章を起動させる。
後ろで見ていた村長が静かに言う。
「……術士殿、息子は、息子は化物になってしまうのだろうか、女神録に描かれているような災厄の悪魔に」
「今のところは大丈夫でしょう、息子さんの紋章はまだ刻まれて浅いようですし。見たところ使った回数もまだ一度か二度、紋章を封じて発動しないようにすれば……」
ルゥが言葉の途中で黙った。
指を唇に当て少し考え込んでいるようだ。
だが、彼女はすぐに立ち上がり、広場の向こう、東側の通路を見た。
「どうし……足音?」
イケテルは聞いた足音、その方角は、ルゥが見る方向と一緒だった。
通路の先から背の低い男が歩いてくる。
(アレは……)
「あっしですよ、旦那さん達」
ひひひっ、と笑いながら、広場に入ってきたのは伐採所にいた、きこりだった。