二十章 余興話
イケテルとルゥが森から村に戻ると、入口には村の男達が待ち構えていた。
「村長がお待ちになっています、術士殿」
男達に告げられ、イケテルはルゥと共に東通りから広場へと歩いていく。
通りは静かだ。朝は人がそれなりに行き来してたのに、今は誰も歩いていない。
通り沿いの家も扉を固く締められ、窓からも人影が見えない。どの建物からも人がいる気配は感じ取れない。皆、広場に集まってるのかあるいは違う場所か。
静まり返る村の様子にイケテルは思う。
(ルゥの予想通りだな)
森から村までの間に、ルゥから改めて今回の事件について説明を受けた。
村周辺の不作の原因は紋章によるもの。
ゴブオが村の近くにいたのは、伐採所で使われた紋章によって、環境のバランスが崩れてしまい、それを止めようとして返り討ちに合い、追い出されたため。
地脈の過剰値の観測は恐らく樹の成長に紋章が使われたため。
これらは伐採所にいた背の低い男からの情報で分かったことだ。
つまり全ての原因は使われた紋章にある。
だが、ルゥはこう言った。
「この通りなら楽なもんです。ただドラ息子から紋章を回収するだけなので、ですが、まだわかってないこともあります、使われた紋章がどんな物かも判明してませんし。もしかするともっと厄介なことになる可能性もあります。なので覚悟だけは決めておいてください」
その厄介なことについては彼女も詳しくは言わなかった。
彼女自身もまだ分かってないという、何かがある可能性だ。
それでもいいと自分は思う。やるしかないのだ。
作戦は決めた。あとは彼女を信じて行動するだけだ。
だけ、なのだが、前回信じて裏切られたことを思い出してしまう。正確には裏切られてはいない、ただ遊ばれただけか。
(また起きないよな……?)
嫌な予感に一度決めた心が揺らぐ。
なので一度、横目で彼女の揺れる胸をしっかり見る。歩くたびに揺れている。よいよい。
「よし、信じられる!」
声を上げ、気合が入ったとガッツポーズすると、ルゥが半目を向けて何か言いたげな視線を向けてきた。
イケテルは決して目を合わせないようにした。
○
ルゥはイケテルと共に東通りから広場に入ると村長が待っていた。
中央、記念樹が植えられた前。村長とその部下二人と、そして赤茶色の髪をした若い男がいる。
ルゥはそれを見て思う。
(周囲に人員を伏せているでしょうね)
恐らくは村長の息がかかった者たちだ。他の何も知らない村人たちはいない。村の静けさから考えて皆、どこかに集めているというところか。
つまり、これから起きることを見られたり聞かれたくないというわけだ。
ならば、こちらも予定通り行動しよう、とルゥは決めた。
隣を歩く彼に囁く。
「イケテルさん、それでは伝えた通りに」
応、と彼から、力強い返答が返ってくる。
彼に頷きを返し、村長達の前に立った。
ルゥは一礼して挨拶する。
「どうも村長さん、報告に参りました」
村長は笑顔でねぎらいの言葉を掛けてきた。
「おお、術士殿。ご苦労でしたな、それで……いかがでしたかな」
「ええ、色々わかりました。森の奥まで行った甲斐がありましたね」
ルゥは一度自分の短い髪を手で払い、告げた。
「あの伐採所を作ったのはあなたですね、村長さん」
○
「ほう、一体なんのことですかな」
村長がとぼけた顔で言うのをルゥは見た。
目の前のその目、表情、声、纏う雰囲気、それで真実を言ってるかどうか自分は判断できる。
今の村長は嘘を言っている。
心理的な技術ではなくほとんど直感に近い。この人は嘘ついている、と分かってしまう。
だから、これは自分にとっての悪癖だ。
人の真実なぞ暴けない方がいい、嫌な思いをすることのが多いからだ。だが、今は有効活用しよう。
「数年前まであの伐採所を使っていましたね。あの森が国有地で違法行為だと知りながら、おそらくこの広場の完成記念樹が植えられた頃まで」
村長が黙った。肯定も否定もない。だが、問題はない。すでに大体の見当はついているので話を続ける。
「広場やその周辺、通りの新しめの木材を使った家は全てあの伐採所から持って来た木材で作ったのでしょう。昨日私たちが泊めてもらった宿場もそうですね。村を大きくするために、村長さん達は森の奥で違法伐採を行っていたんです。怪しまれないように少量ずつ、身内以外に気づかれないように。村の中には熱心な女神の信徒もいたでしょうから、女神の伝来がある森で伐採なんて知られたら騒がれ、隣町の憲兵詰所に報告されかねませんからね」
ですが、とルゥは言い、一呼吸置いて続ける。
「長年に渡り材木を取り過ぎたのでしょう。森の環境バランスが崩れ始め、彼ら、森人を呼び寄せてしまった、あなた達が小鬼と呼ぶ者達ですよ」
村長の表情を見る。先ほどと変わりない。だが、口を挟んで来ないなら認めているようなものだ。
ルゥは言葉を紡ぐ。
「その結果彼らに襲われて以来あの伐採所は使わなくなった、村長さんが使いたくても他の人達は嫌がったんでしょ。村の外の業者とか。村の人達が異様に森人を恐れるのはその時のことからですよね。森には人を襲う小鬼がいると、噂でも流れましたか? 真実は完全には隠せないものですから」
一度、広場を見渡す。綺麗な広場だ、とルゥは思う。
地面は石畳だが周囲の柵や手すり、植木の枠、ベンチ、全て木材だ。ここから見える通り沿いの建物は白い綺麗な木製の家が並んでいる。
これら全てあの森で手に入れた木材で出来ているのだろう。
村長に視線を戻して口を開く。
「まぁ、それでもある程度の木材は手に入っていたのでしょう、こうして広場も完成して、住宅も増やせましたから。だから、今度はパネマの実や作物、村の名産品に力を入れた。人を呼び込むために……だけど数年立ち、軌道に乗り始めたら、今度は作物の不作が起きた。それに対し村長さんはどうしましたか?」
問うと、村長が大きくため息をついてから言う。
「……私はその解決を君たちに頼んだのだ」
「ええ、そうです、森の伐採が我々に知られることも厭わずに私達に力を求めた。なぜなら、村の近くまで森人が現れてしまった。このままでは彼らに村が襲われるかもしれない、女神の森を伐採した罰とも考えたのでしょう」
「…………」
村長は何も言わない。だから言う。
「善いことだと思いますよ、村を守るためにかつての罪を認めることを村の長として選んだのですから」
村長が両手を組み、女神に祈るように懺悔した。
「……その通りだ、私はこの村を愛している。ゆえに村のためなら罪を認めよう、そして償おう」
「ご立派ですね、女神様も許してくれるとは思いますよ――昨夜までのあなたなら」
その言葉に、村長が目を大きく見開いた。
○
「昨夜までなら違法伐採の件だけでした。私達に依頼したあと、村長さんが宿場を出た後まで、ですかね」
ルゥの言葉をイケテルは一歩後ろで聞いていた。
村長の悪事をルゥが暴いた、いや、ここまでは前座。本番はこれからのはずだ。
村長から少し離れた斜め後ろにいる若い男を見る。赤茶色の髪をした不良、もとい村長の息子だ。
髪色が完全にシーズンの紅葉のようで、秋の男という感じがする。面構えは悪いが、わりとイケメンだ、許せん、腹が立つ秋男の分際で。
つい睨んでいると秋男がこちらをああ? と睨み返してきた。
それにイケテルはそっと目を逸らす、とルゥが村長に本題を切り出した。
「そちらの村長さんの息子さん、彼に唆されて乗ってしまいましたね。違法伐採の件は管轄外なので面倒ですし、どうでもよかったのですが、……今からでも息子さんに紋章を渡すように言って貰えるとありがたいんですが――ダメですか」
ルゥが村長に要求する。それに答えるよう、村長の後ろにいた二人の部下が前に出た。
同時にどちらも得物を腰から取り出す、刃物だ。
その刃物は柄から刃がやや湾曲している。サイズ的には大ぶりの鉈のようだ。人を襲うための武器としては十分。
相手の凶器にイケテルは危機感をつのらせる。
(これやばくね)
目の前で凶器持った奴が二人、ルゥの後ろにいるとは言え、嫌な汗がでてくる。
だが、正面のルゥが臆さず切り出す。
「残念ですね、罪を重ねるということでいいのですか?」
村長が部下の後ろで笑いながら言う。
「言ったろ、私は村のためなら罪を認めると、故に私は罪を重ねるのだ。しかしよく気づいたね、私が息子の話に乗ったことを」
「誰でも気づきますよ、広場の記念樹が成長していれば」
ね、イケテルさんと、ルゥが自分に振ってきた。
「も、もちろん、気づいてたわ!」
(やっべ、全然気づいてなかった!)
ルゥがこちらを一瞥してから、
「この通りです、バカは気づきませんが。まぁ私達が寝てる間にでもあの記念樹をバカ、失礼イケテルさんのことじゃないですよ、そちらのバカ息子が成長させたのでしょう、それであなたは乗った。理由は先ほどご自分で言ってた、村のために利用しようとしているのでしょうね」
ルゥにバカ呼ばわりされた秋男が何故かこちらを睨みつけてくる。
(なんで俺を睨むんだ? バカって言ったのそいつだぞ、おい)
怖いのでツッコミは心の中だけで留めて置く。
すると村長が賞賛として拍手した。こちらではなくルゥ宛てに。
「いやはや、さすが紋章協会の術士殿だ、よい洞察力ですな! うちの息子にも見習わせたいぐらいですよ。ええ、その通りです。作物の不作の解決案として息子の持つ、植物を成長させる紋章を容易て、村を大きくします! パネマの実も大きくできますし作物だって他では見たことない巨大な物が出来ます! これはどこにも負けない、村の名産品となりますとも! そして人を呼び込み、移住増やし、森を伐採し、村を豊かにしてもっと大きくする! きっと街にもなれるでしょう! 全て、全て解決できるのです! その紋章さえあれば!!」
村長が両手を掲げて高笑いしている。
どうもテンションが上がりすぎてしまったらしい。
「うわぁ、完全にいっちゃてるなー引くわー」
「そうですね、森の広場でイケテルさんが一人で叫んでるときみたいですね」
「は? 俺あんなのじゃねーよ! 俺のはもっとこう魂が、そう心の魂の叫び、ソウルフルハートな叫びよ!」
「それ魂か心かどっちなんですかねぇ」
ルゥとやり取りしながら村長達と少しずつ後退して距離をとる。
交渉は決裂だ。予定したプランAは村長の説得に成功、息子差し出させて紋章回収。解決。やったね。だったが、やはり無理だった。
次はプランBとなる、そのためには隠れてる敵もまとめてひきつけたいそうだが。
とにかく今は村長達と近すぎる、ゆえに離れようとしたが相手も黙っては行かせてくれない。
村長が部下二人に顎で指示を出した。
「逃がすな、キミたちには悪いが、ここで死んでもらう、やれ」
部下の二人が前に刃物を構えて出てきた。
ヤバい、とイケテルは焦った。
自分も武器はある、村長から貰った剣だ。剣を渡してくれた奴とその剣で戦うというのはなんだか運命じみている気がする。いやそんな物騒な運命いらないが。
とにかく抜くだけ抜くかと、柄に触れると、ルゥの手がそれを制した。
よもやこの状況を打開する、何かいい考えあるのかとイケテルは期待してルゥを見ると、
「驚きましたね、たった二人で彼に挑むつもりですか?」
ルゥが挑発した。しかも自分を前に出して。
(なんで挑発してんのこいつっ!?)
突然のことに戸惑っていると、ルゥが一歩後ろに下がって言う。
「下がりなさい、彼を誰だと思っているのですか」
(下がったのお前! 俺を盾にしようとしてるのお前!?)
イケテルは心の中で指摘する。
そのルゥの言葉に、部下の二人が顔を見合わせ、こちらに構えたまま村長の方をちらりと伺う。
すると村長が腕を組み、口を開いた。
「そのブサイクな男が一体なんだと言うのだ」
「誰がブサイクだぁ!」
イケテルは反射的に言い返した、すると部下の二人がまた顔を見合わせて。
「……ブサイクだよな」
「本人は気づいてないのかもしれん、少しかわいそうだな」
などと哀れみられた。
(許さん、こいつら許さん! 絶対殴る、あとで殴る!)
そのためにもこの状況をどうにかせねば、とイケテルは解決案を模索していると。
人の後ろに隠れながらルゥが告げた。
「彼はこれでも女神の勇士ですよ」
ルゥの言葉に、村長も部下二人も秋男もしばらく黙って、こちらをじっと見てくる。
「な、なんだよ! 女神の勇士だぞ、ごるぁ!」
とりあえずイケテルは威嚇してみた。
少しの間の後、男達の笑い声が広場の中を響いた。