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二章 俺はイケテル

 心地よい風が木々と土の匂いを乗せて運んでくる。

 森から吹いてくる春の風だ。


 風は葉を揺らし木々の間を抜け、開けた場所へと吹き抜ける。

 そこは森の中に出来た小さな広場だった。


 晴れた空が水面に映る小川のほとり、うつ伏せで倒れている男がいる。

 男は高いところから落ちてきたのかあるいは叩きつけられたのか、わずかに地面にめり込んでいた。


 現在、広場の利用者は囀り合う小鳥たちとこの男一人だ。

 雑談に興じていた小鳥たちが一斉に飛び立った。ぴくりとも動かなかった男が起き出したからだ。


 男は立ち上がると、頭を左右に振り、しばらく呆然と立ち尽くしてから思い出したように叫んだ。


 「俺、生きてるうううう!?」


                  ○


 照正は思い出していた。つい先ほど管理者を名乗るでかい女に泣き喚きながら手を叩きつけられて潰されたことを。

 怖かった。転生するどころか昇天させられたかと思った。でも、


 (あそこまで怒らなくてもなー、三流は言いすぎたか……少なくとも二流って言っとくべきだったな)


 反省もそこそこに、まぁいいか、と照正は気にしないことにした。

 すでに過去の出来事だ、いちいち気にしないで自分は未来に生きるべきなのだ。


 「そうだ、俺は生きている……! ついに転生を果たしたんだ! 夢の異世界へと到着したんだ!」


 嬉しさのあまり両手を振り上げる。ばんざーい。

 とりあえず体がちゃんとあるのか動くのか自分の状態を確かめて見る。

 腕もある。足もある。体も動く。声も喉から出る。服も着ている。問題はない。


 これで自分の状態は確認はできた。


 では次の問題は、


 「ここ、どこだ?」


 異世界だとは思うが、異世界のどこなのかわからない。

 周囲をぐるりと見渡すと自分がいる後ろには川が流れていて、他は木々に囲まれている。


 森だ。と照正は呟いた。


 見た感じは特別変わったところがない森の中だ。正直期待してた異世界ある情景ではない。


 (森ならもっと神秘的な感じでキラキラしてるとか光の玉浮かんでるとか妖精が飛んでるとか期待してたんだが)


 森の奥をじっと見るが暗がりに広がる木やら草やらツルやら伸び放題の大自然があるだけだ。


 つまりこれはまぎれもなく森スタートである。


 (ふむ、おかしくね?)


 照正は思っていたスタート地点と違うことに考えを巡らせる。


 (もっとこう神殿みたいなとこで神官たちに、おお、異世界の勇者よ! よくぞ参られたとか! そういう歓待を期待してたんだが)


 もう一度遠くを見渡すがやっぱり木々しかない。


 「あれ? これ何したらいいんだ……?」


 周囲には誰もいない。建物もない。道らしい道もない。

 ゲームである親切に主人公を導くチュートリアル的なイベントもない。


 照正の脳裏に遭難という二文字が浮かぶ。

 先ほどまで自分が抱いていた胸いっぱいのファンタジーある夢と希望はリアルな死と絶望に変わろうとしている。


 (待て! 落ち着け! そうだゲームとかで得た知識を活用するんだ!)


 なんとか希望を見出そうと照正は頭の中の知識を呼び起こす。

 最初に物語の主人公達はどのようなことをしていたか思い出すんだ。


 「そうだ、転生したらまず冒険者ギルドだ! そこで冒険者として登録して――」


 周囲を見渡すが建物はない、木々があるだけ、ここは森の中だ。


 照正は頭を抱えた。まずいこれはまずい。完全に遭難コースだ。


 「そうだ! 物語の始まりと言えばボーイミーツガールだ! 主人公が女の子と出会って物語が動く――」


 周囲を見渡すが先ほどと同じ光景が広がっている、女の子の姿はないし木々があるだけ、ここはどうしようもなく大自然の中なのだ。


 「行き倒れたら女の子が助けに来てくれるかな? ……はは」


 力が抜け膝から崩れ落ちる。自分の中の絶望が希望を大きく上回り出した。


 「くそっ、大体世界を救って欲しいなんて言うだけで具体的に何しろって言うんだ……!」


 説明もしないで勝手に放り出しやがって、とぼやきながら、照正は勢いよく立ち上がると空に向かい叫んだ。


 「どうなってんだ三流管理者ああああっ!!」


 もしかして見てるのではないかと期待して一時の間、空を見上げ続けたが変化も返事もなにもない。空は青く、大地には心地よい風が時折吹き、木々ざわめかすだけだ。


 照正はあーとやる気のない声を上げ、その場で大の字に寝っ転がる。

 誰の助けも期待できない。こうなると自分で何とかするしかない。


 (やっぱ森を抜けて人がいるところまで行くしかないか)


 だが、森を抜けるにしても方向も道も分からない。どのぐらいで出れるかもわからない。

 危険な野生動物もいるかもしれない、それにここが異世界なら、


 (魔物とかいるよな、魔獣とか怪物とか)


 現状、自分の装備は布と革っぽい材質で作られた服だけだ。上着とズボンのポケットを調べても何も入っていない。


 武器はない。素手だ。枝ぐらいなら拾えるだろうがそれで魔物と戦えるかどうかと言われたら結果は見えている。

 慣れない森の中、自分の足では逃げ切れる気もしない。つまりエンカウント=死だ。


 (……まぁ、だからといってここにいても死ぬだけだしなー、せめてあのときチートスキルもらえてたらなー)


 管理者が唯一くれたのは紋章とかいう翻訳スキルだけだ。人がいないこの森の中では全く役に立たない。


 「はぁ……せめてステータスMAXにしてくれてたら……あ」


 口に出した言葉で照正は思い出した、確か叩き潰されるときに三流管理者は言っていた。


 「……ステMAXで二週目プレイしたいならさせてやるって」


 照正は立ち上がると、その場で膝を軽く曲げ、腕を軽く振り、跳ぶ動作を数度確認してから、素早く体を沈みこませ真上を意識して跳んだ。


 「おぉ!?」


 高い。見える景色が自分の身長一個分上がった気がする。

 一秒にも満たない滞空時間を終え地面に着地した。

 着地の際にバランスも崩れない。


 「コレは凄いんじゃね?」


 身体測定とか自分の記録も運動出来る連中の記録も見てなかったので分からないが、跳躍の高さとしては相当なレベルではないか。

 これなら森の中で魔物と遭遇しても素手で戦え、いや戦えなくても逃げることはできる。


 「やっべもっかい、もっかい跳ぼう!」


 照正は嬉しくなりその場で何度も跳ねあがった。

 体が軽い。体を動かすことがこんなに楽しいとは生前の自分からは考えられない。

 小さい頃は運動にも積極的だった気もする、だが小学校高学年の頃には運動では劣る側になり、それは出来る奴と出来ない者の比較対象になった。

 運動出来る奴はカッコいい。逆に運動できない奴はパッとしない。

 だから運動全般が嫌いになった。中学に入った頃には体を動かすことから出来る限り逃げてきた。

 だが、今は違う。この体は軽く自分が思った通りの動きが出来そうな気がしてくる。


 (運動出来る奴の気分ってこんな感じだったのか!)


 確かにこれなら体を動かしてアピールしたくなる。自分は運動が出来ると。

 次は走ってみようか、と照正が前に足を出すと何か硬いものを踏んだ。

 うおっと声を漏らし、ナニか踏んだかと焦りその場を後ずさる。


 照正はビク付きながらそっと草の中を覗くと、


 「……木の板?」


 落ちていた木の板を拾い上げる。

 木の板は四十センチ程の薄い板で自然物ではなく加工された板だ。先ほど踏んだのコレらしい。


 「なんでこんなとこに板が、あれ、文字かこれ? 何か書いてある」


 木の板には見たことない文字が一行書いてある。


 「あ、読めるなこれ。えっと、かわの、ながれるさ、き、むらあり?」


 管理者がくれた紋章の力が発動してるのか、見たことない文字が読めた。

 板に書かれた内容は、川の流れる先、村あり。という情報だった。


 「って村ああ!? 最初のチュートリアルあった!!」


 板を両手で掲げながら照正は思わず叫んだ。

 途方に暮れていたが。ヒントはすぐそばにあったのだ。


 「というか、こういうの普通は看板として立ってるもんだろ? もしかして立ってた看板が壊れたとか」


 そう思って板の落ちていた辺りの草をかき分けると長い木の棒があった。

 予想どおりだった。どうやら看板が壊れて――いやこれ、おかしい。


 照正は看板と棒を交互に持ち上げていろんな角度で見てみる。

 看板と棒は合わせればちょっと小さいが看板になる。だが板にも棒にもくっつけた痕跡がない。

 釘か何かを打ち付けたような様子もないし紐で結んだとしてその紐が落ちてない。板も棒も真新しいし最近置かれたものだと思う。


 (なんだこの看板作ろうとして持って来たのは良いけど途中で面倒になって文字だけ書いて放置した感じのやる気ないの)


 少し考えてから、まぁいっかと照正はやる気ない看板を放り投げた。

 考えてもわからないし判明しても意味がない気がする。それよりも今は村があるという情報が大事だ。

 すぐそばを流れる川を下っていけば村がある。これは森を抜けるのにいい道しるべだ。


 (方角で書かれていたら方角を知る方法がないから積んでたしな)


 これは運気が回ってきた。やっと第二の人生異世界ライフのスタートラインに立てた気がする。


 「よし、これより池田照正の異世界ライフの記念すべき第一歩目だ――」


 照正は踏み出そうとした、その一歩目を地面につける前に元の位置に戻した。

 待て、せっかくの第二の人生なのに、名前は照正でいいのか、新しい自分、理想の自分に相応しい名前に変えてもいいのでは。


 「バルムンク、カオス、ランス、ナドゥー? いやいや、やっぱ和風でセツナ、ムラサメ、ツクヨミとか、あー、やっぱ自分の名前からかけ離れすぎなのはしっくりこないかー」


 照正はぶつぶつ呟きながら自分の名前を考える。

 ニックネーム的なのでもいいな、照正からもっとシンプルにイケてる名前で――

 決めた、昔からゲームやネット上で使ってきたネーム。自分の理想のキャラクターにつけた名前。池田照正、その略、


 「イケテル」


 照正は一度呟き。それから大空に向かい叫んだ。


 「今日から俺はイケテルだ――ッ! ガハハッ、勇者イケテルの異世界ライフはここから始める!!」


 宣言を終えた照正改めイケテルは川の流れが続く森へと走りだした。


                  ○


 森の中にある広場、そこを見通せる位置にある高い木。


 その頂上付近、太い枝の上にローブ姿のフードを深く被る人物が座っていた。


 先ほどまで騒がしくしていた人物は森へと走っていき広場は静けさを取り戻している。


 「……やっと動き出しましたか」


 フードの人物は飽きれ交じりに呟く。

 先ほどまで一人で叫んで狼狽えて寝っ転がって飛び跳ねてビク付いて歓喜して名前を叫んでたおかしい人物がいた広場を見ている。


 「しかし、想像してたのとはだいぶ違いますねー、まぁ退屈はしなさそうですが」


 フードの下で微かに口元が緩むように見えた。


 さて、と呟き。フードの人物は枝から目の前に浮かぶ杖に腰を移す。


 「彼、イケテルさんとやらは私の求める勇士でありますかね」


 心地よい風にローブの裾をなびかせ、フードの人物は横向きに乗った杖でゆっくりと降りて行った。



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