十八章 森の伐採者
切り落とされた丸太を発見した後、ルゥは杖で上昇していた。
(あまり高くまでは浮けないんですけどねぇ)
手で横の樹を支えにしながら慎重に浮かぶ。
十メートルも上昇すれば地上より風は強くなる。木々が風避けになってはいるが用心として幹に寄り掛かり、森の先を確認する。
丸太自体は年数が立っていたが、この森の奥で人が切った痕跡のある丸太があった。ならば、
「近くに伐採してたところがあってもおかしくないですよね」
痕跡だけでも見つかればいいと思い、空からの偵察だ。
この辺りの樹は大地の紋章の影響も強く、二十メートルは伸びている。さすがにその高度を超える高さまでは浮けない。
半分の高さが限界だが、見通すぐらいなら可能だろう。
紋章板を片手でかざし、ズームする。前方を見るが木々が並ぶだけ、左右にも動かして見るが、森の中に変わり映えは――あった。
伐採した跡、切株が木々の合間に見えた。一つだけでなく一列に並ぶようにいくつか見える。あれは、
「道を作る際に切り倒した木々ってところですかね」
方向は分かった。紋章板をローブの内にしまう前に下に向ける。こっちを見上げる、スケベな顔が映る。
「ローブの中が見たいんですかねえ」
吐息を一つ。同時に紋章板で写しておく。保存。これも報告に乗せて送ったら協会の御老体達や女神様はどんな顔をするだろうか。
思い浮かべた顔に苦笑しつつ、ルゥはゆっくりと降下を始めた。
○
ルゥが見つけた伐採跡の方向へ森を進むと、道に出た。
木々が伐採され、地面は踏み固めて広げられた道だ。
横幅から人がただ通る道ではなく、伐採された木を運ぶための道と推測できる。
年数は立っているのか所々、荒れてはいたが、誰かが最近使った痕跡もあった。
その道を辿っていくとイケテルとルゥは終着点につく。
そこは木々が伐採されて作られた広い空間だった。地面は切株も取り除かれ平地に整備されている。
「これ伐採所だな」
周囲を見ながらイケテルは呟いた。
所々、青々とした長い草が茂っているので長く使われてないようにも見えるが、空間の中央やや左側にある小屋や、その奥、伐採した丸太を置くための置き場のような場所の周辺は草がない。
隅に置かれた道具は長く放置されて、苔が生えて自然に飲み込まれているが、手入れが入った道具も立て掛けられている。
(誰かが最近、ここを使い始めたのか)
隣に立つルゥがため息をこぼした。
「参りましたねぇ、これ完全に違法案件ですよ」
村の人たちですかねぇと呟くルゥに問うてみる。
「この森の樹って伐っちゃダメなのか? 村の森じゃねーの?」
「いえ、この森は国有地、国の所有物です。大地の紋章の影響が強い、地脈≪ライン≫上の森は基本的に伐採は禁止されているんです」
「でもよ、確かその紋章の力で環境がよくなってるんだろ? 伐っても、森とか再生しやすいんじゃないか? 植林すればいいんだろう?」
「確かに大地の紋章の影響を受けやすいと再生は早いです。ですが、再生する際に一帯の地脈から力が優先的に吸い上げて、結果的に周囲の環境のバランスを崩してしまうんです」
ルゥが周囲を確かめながら、続ける。
「村の近くの樹を少し伐採するぐらいなら影響も少ないですし、お目こぼしになるかもしれませんが、これは本格的にやってましたね」
「じゃあ、違法伐採が不作の原因か? だとしたらこれのせいで世界が危機になるのか……」
森林破壊で二酸化炭素増えるとか、そういうことだろうか。
(まさか俺、環境問題解決するために呼ばれたの?)
呼ばれた理由に不安になりルゥを見ると。
ルゥは等間隔に並んでいる大木を見上げている。隣に立って見ると、それは巨大な樹だ。高さ自体は他の樹と大差ないが太さが一回りも二回りもでかい。
「メタボな樹だな」
イケテルは率直な感想を漏らしてると、小屋の方から物音がした。
振り返る、見ると、背の低い男が小屋の扉から出てきた。目が合う。すると男が驚きに声を上げた。人を見てその反応は怪しい。
ルゥもその姿を確認したのか、男に指を差し、顔をこちらに向けて。
「イケテルさん、ゴー」
「ゴーじゃねーよ!」
と文句を言うと同時にイケテルは突っ走った。
「待ちやがれええ、そこの冴えない奴ううっ!」
背の低い冴えない顔した男へ迫る。
後ろからルゥが、イケテルさん全然負けてませんよーと声掛けてくるがどういう意味だ!
男を見据えると、ひぃと悲鳴を上げ、叫んだ。
「小鬼が仕返しにきたぁ!?」
「お前もかああああああっ!」
イケテルは叫びながら、速度を上げた。
男は逃げ出すが、すぐ追いついて後ろから捕まえる。
「観念しろこのブサイク野郎ぉ!」
「ひえええ、命だけは命だけはご勘弁を――っ!」
男が逃げようとジタバタするので地面に倒し、力任せに押さえつける。
「お前が世界を滅ぼそうとする元凶か、おい!」
「は!? な、何の話ですか、あっしは雇われた、しがないただのこきりでやすよ!」
「犯人は皆そう言うんだ! よし、えーっと、何時だ、昼ぐらい? 犯人確保っ! いぇーい、世界を救ったぞ! ガハハハッ!」
高笑いしていると、自分の頭に衝撃が走った。
「イケテルさんステイです」
いつのまにか近くまで来たルゥの手刀が後頭部に打ち込まれた。
○
「申し訳ありません、うちの狂犬が」
ルゥは目の前で怯えている背の低い男に頭を下げた。
場所は小屋の中、隅には簡易なベットが四つあり、中央には木材で作られたテーブルとイスが置かれ、窓側には食器棚と簡単な調理場、壁には暖炉も備え付けられている。
森の中の小屋にしては上等な内装だ。
男は対面の椅子に座り、イケテルは逃げられないよう扉の前に立っている。
「それでですね、いくつかお聞きしたいことがあるので正直に答えてください。私は嘘が嫌いなので嘘つくとそこの男が噛みつきます」
扉側から、噛みつかねぇよ! がるる! と威嚇してくる彼はほっておく。
「は、はぁ……あ、あの、あんた達は一体どこのどなたなんでぇ」
背の低い男が両手を合わせて震えている。
彼が最初に脅かしたのがだいぶ効いているようだ。
「私たちは協会の人間です、これ証拠の紋章です」
手帳の紋章を見せる、浮かび上がるのは紋章協会のマーク。
これは協会に属するものなら身分証明書代わりに配布される物だ。
「も、紋章協会のお方がなぜこのような場所、あ、やはり伐採の件ですかい!? あ、あっしはここで伐採の準備してくれと頼まれただけでしてぇ!」
男が自分は関係ない、と必死に首を振る。
「まぁ伐採の件は別に私たちの職務には関係ないので気にしないでください」
扉側から、えぇ!? 伐採から森を守ることが世界救うことじゃねーの! と驚きの声を彼が上げているがやはりほっておく。
「あちらの言葉はお気になさらず、私が聞きたい事は三つあります。まず一つ目、あなたは誰に頼まれたのですか? 正直におっしゃってください」
「そ、それは、その、旦那で、な、名前はしらねぇんですが。赤茶色の髪をした若い男で、森の近くにある村の村長の息子だと名乗っておりやした」
ルゥは男の表情を見る。落ち着かず不安そうな様子だが。
(嘘はいってなさそうですね)
しかし、簡単に吐いたという点が気になる。雇われただけだからとも考えられるが。
「おい、村長の息子ってことは村長が犯人か!」
気づけばイケテルがこちらにやってきていた。
「犯人? いや、わ、わかりやせんが、旦那は、親父にこの商売を見せて俺を認めさせてやると、以前言ってやしたけど」
「商売ですか……分かりましたありがとうございます。イケテルさんは戻って見張っててください、外の様子も注意しててくださいね」
あいよー、と気の抜けた返事してイケテルがまた入口の方に戻っていく。
さて、次の話を聞けば、また彼がやってきそうだが、仕方ない。
「では、二つ目なんですが、先ほど小鬼が仕返しにと言ってましたけど、ここに小鬼、森人が来たのですか?」
「へ、へい。小鬼、あの醜い化物が伐採の準備のために、この伐採所の整理をしていたときやってきやして! あっしは、びっくらこいて小屋に逃げて、隠れてたんですがぁ」
「嘘ですね。……あなた、彼らに何かしましたね」
ルゥは男の目を見る。男は何か嘘をついた。
横を見ると、イケテルが自分の隣まで近づいてくる。
彼の様子はいつもとは違う。
(……本気で怒ってますね)
イケテルは隣で手を握りしめ、男を睨みつけている。
そんな彼に男は怯え、椅子にのけ反り必死に身振り手振りで弁解しだした。
「ま、待ってくだせぇ! あっしは自分の命を守ろうと襲ってきた奴らを殴りつけただけなんです! でもアイツらたくさんいて、そこで、そう、旦那達も来て、加勢に入ってくれまして」
「撃退したわけですか、まぁ森人は狩猟はできますが人間の武器に叶う存在ではないですからね。……多少嘘が入ってるようですが信じて起きましょう」
半目で男を見ると震えて小さくなっている。これ以上この件で話を聞いても仕方ない。
ルゥは考える、森人が村の近くまで移動してたのは彼らに追い出されたからだろうか。
(でも、森人がその程度で諦めますかね……)
彼らにとって森を守ることは生きることと同意だ。たとえ消えたとしても、目的を果たさず諦めるような者だろうか。
(協会でも調律種の現象はわからないことのが多いので何とも言えませんね)
それに気になるのは伐採所を森人が襲ったことだ。外の様子からしてこの場所は何年も使われてない。だが、そこにまた人が出入りし森の伐採を警戒して現れたのなら、彼らはこの場所のことを知っていたということか。それとも……。
考えていると、イケテルが黙って前に出た。男までの距離を詰める。
「イケテルさん」
彼に声を掛ける。
彼はしばらく震える男を見下ろすと、
「……ちっ」
一度舌打ちしてから扉側に戻っていった。
一時の感情で暴力は振るわない、否、振るえない。彼の良いところでもあるが欠点でもある。
(少々優しすぎますね)
ルゥは男に向き直し最後の質問をする。
これが恐らく一番重要なことだ、私たちがここまで来た理由であり、村の不作や協会で観測した多大な数値の原因。
「では、最後に……外の広場に数本おかしな樹がありましたね、アレはどうしたのですか」
ルゥは外で見た樹を思い出す。
樹の高さは他と変わらず幹の太さだけが他の樹の三倍以上はあった。いくら大地の紋章の影響が色濃く出る場所でもあそこまで不自然に育つことはない。
一本だけなら、そういう大木があっても不思議では無かった、常識を超えた巨大に育つこともあるだろう。だが、同じような大木は等間隔に並んでいた。同じ高さで同じような胴回りの樹。
偶然ではない。まるで、
「まるで意図的に樹を大きくしたように私には見えたのですが……いえ、改めましょう、どなたがアレを成長させたのですか?」
○
ルゥに詰問され背の低い男が震えるのをイケテルは見た。
先ほど怒りに任せてあの男を殴り飛ばそうかと思ったがやめた。いや、出来なかった。
同じ立場となって考えれば、ゴブオには悪いがやはり怖いだろう。
見た目は完全にゴブリンだ。何匹も集団で襲ってきたらパニックになる。
だから、か、あれ以上責める気がしなかった。
「さぁ答えてください、誰が樹を大木に変えたのですか」
いつもより口調がやや強いルゥの言葉が小屋に響く。
(大木、さっきのメタボか)
外でルゥが見ていた幹が偉いでかくなっていた樹。
確かに森の中であんな太い樹は無かったが、それが人為的起こせるものなのか。
男を見ると、うつむいた顔を上げ、震えながら口を開いた。
「だ、旦那です! 嘘ではありやせん! 紋章を使って樹を成長させてやした!」
ルゥの視線は男を捉えている。
彼女は嘘を見抜けるらしい、そういえば昨日から何度か嘘をついたらバレていたが、特技かそれとも紋章術なのか。
一時の間、答えが出たのかルゥが一度頷いて、
「どうやら本当のようですね、旦那さん、村長の息子さんはどこからその紋章を手に入れたか知っていますか?」
「あっしが知ってるのは旦那は誰かから貰ったということだけでやす」
村長の息子は貰った紋章の力で大木に変えていたと。
だが、それに何の意味があるのか。
「なぁ、大木にしてどうすんだ?」
ルゥがそうですね、と答える。
「森の中ですからね。樹なんていくらでもあるので意味が無いように見えますが、一度に取れる木材の量でも増やしたかったんですか」
ルゥの疑問に、男が同意した。
「へ、へい、そうでやす、旦那はこの森の木材を高く売りさばくと言ってやした、紋章を使えばいくらでも樹が増やせるとも」
「森の違法伐採を隠すためにですか? 伐り倒して作ったここをまた森にしてまた伐採してを繰り返すつもりですか。まったく、後先考えずにやってくれますね」
言葉を終えると、ルゥが立ち上がった。
ルゥはまっすぐ扉の前にいる自分ところまで来て、
「イケテルさんここでの用事は終わりました。行きましょう」
「え、もういいのか? というかあいつどうするんだ?」
イケテルは男を指さし聞くと、ルゥが男を一瞥して口を開いた。
「お話を聞かせて貰い、ありがとうございました。情報提供のお礼というのもなんですが、私達は別に違法伐採を取り締まるために来たわけではないので、あなたをこの場でどうにかしようとは思ってません。なので、ここで言われた依頼続けるのもいいですし、どこかに逃げても構いません、お好きにしてください」
それでは行きましょうと、ルゥはそのまま外に出ていく。
自分もそれに続いて外に出ようとして、一度だけ男を見る。
男はルゥの尋問に疲れたのか、机にうなだれている。
「……じゃあな、おっさん」
イケテルは一応、別れの挨拶を残して外に出た。