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十七章 女神の紋章


 「それで女神にステータスMAXのイケメンを頼んだら色々言われて却下されてな」


 イケテルは語りながら森の中を歩いていた。

 先ほどから転生したときの話をルゥに聞かせている。

 というのも休憩を終えて出発してすぐにルゥが、

 

 「ところでイケテルさん、さっき女神様キレたとか言ってましたけど興味あるので、その時のこと教えてください」


 と言われたからだ。別に隠すことでもないので教えているが、頼んだ本人は後ろから浮かんで付いてくる。


 (楽そうでいいよな)

 

 交代してくれないかとイケテルは思ったが、座った瞬間電撃食らったりとか酷い目に合う気がするのでそれは諦めた。

 仕方なく歩きながら話を続ける。


 「まぁそのあと三流かよ、とか思ったら心読まれてな、キレられて、しかも泣きわめきながら。それで最後にでかい手で叩きつけられて気づいたら森の中にいた」


 酷い話だろとイケテルは後ろにいるルゥに言葉を投げる。


 「確かに酷いですね」


 同意を貰えたことにイケテルは妙に嬉しくなり、足取りも軽く、


 「イケテルさんがですけどね」


 こけそうになった。


 「何でだよ! チートスキルもくれねぇし、ステMAXの代償でブサイクにされたんだぞ!」


 「いやー話、ざっくり聞く限り、イケテルさんの自業自得じゃないですか、というか神様相手にそこまで遠慮なくやれるって逆に凄いですね」

 

 「え、俺凄い?」


 「ええ、凄いです、凄いバカですね、たぶん女神様もそう思ってましたよ」


 「おい、バカにしたあげく勝手にバカだと思われることにするのは止めろ! 傷つくだろうが!」


 振りむいてツッコミ入れておく。


 「しかし女神様はそういう一面もあったんですね……、私が知ってる女神様は慈愛に満ちた聖母のようなお方だったので。知れば信者の方々も驚くでしょうね。まぁ、そっちのほうが身近に感じますしキャラ立って人気出そうですが、聖母からのギャップ萌えって感じで」


 「……お前こそ、相当酷いこと言ってねぇか? というかギャップ萌えって言葉こっちにもあるのか」


 ルゥが、んーと指を唇に当て少し考え込んでから答えた。


 「もしかすると私が言った言葉と、イケテルさんが聞いて理解する言葉では、違うのかもしれませんね」


 「は? どういうことだよ」


 「はい、イケテルさんの話では女神様から翻訳の紋章を受取ってますよね、ならこちらの世界の言葉をイケテルさんは自分の世界の言葉に置き換えて受取ってるってことです」


 ルゥの言葉にイケテルは首を傾げる。

 

 (翻訳されてるから当たり前じゃないか)


 そうじゃなければ、こちらの言葉も相手の言葉も理解できないはずだ。


 「簡単に言えば、こちらの言葉はイケテルさんに馴染みのある言葉に置き換わってるかもしれないということです、ギャップ萌えとかイケテルさん好きそうですし」


 「よくわからねぇが、それは否定しない」


 ギャップは大事だな、とイケテルは思う。

 普段は無表情だけど不意に笑顔になるとか、普段厳しい態度だけどたまに見せる優しさとか。鉄板な気がする。

 目の前の彼女にそれを求めてもいいだろうか、無理か。無理な気がする。現実は厳しい。


 「まぁ翻訳は正常に動いてるということです。朝食に出たブレッドをイケテルさんがパンだろパンって言ってましたから微妙にズレてるかもしれませんが」


 ルゥの言葉にイケテルは今朝のことを思い出す。

 彼女がパンのことをブレッドって言うから何で英語なんだよ! ってツッコミ入れた気がする。

 

 「ちっ、やはり三流か、作りが甘い」


 「いえいえ、十分凄いですよ。イケテルさんはもう少し女神様の力を信じたほうがいいです。女神様が作る紋章は私たちが使う紋章術とは技術レベルが違いますから」

 

 「そんな凄いのか?」


 「ええ、この紋章板もそうですが、今の技術で再現するのはまず不可能な紋章と術式が組まれてるそうです。写すのも不可能ですね。そんなわけで女神の紋章はその筋のコレクターに非常に高く売れます」


 ルゥがこちらを上から下までじっくり見て、


 「イケテルさんどこに女神の紋章があるか分かりますか? 皮だけでもいい値段になりますよ」


 「おいィ!? さらっとなに恐ろしいいこといってんだああっ!」


 イケテルは叫びながら悪魔から五歩程、一気に離れる。


 「まぁそういうことなのでイケテルさんも女神の紋章を持ってるなんて人には言わない方がいいで――あ」


 ルゥが何かを思い出したように懐から手帳を取り出し、ページをめくる。

 

 (なんだよ、怖いんだが)


 ああ、ありました、とルゥが言いながら杖から降りる。そのまま歩いてこちらの前まで来て。


 「イケテルさん、手の甲を出してください」


 「は!? なんだよ急に……?」


 イケテルは嫌な予感にジリジリ後ずさる。。


 「いえ、実は協会からイケテルさん専用の紋章を持ってきてたの思い出しまして、差し上げようかと思ったんですが」


 「……何の紋章だよ?」


 専用の紋章と言われるとイケテルは興味がわいた。

 昨日の自分なら即座に飛びついたかもしれない、だが今日まで色々酷い目にあった。ゆえに警戒することを忘れてはいけない。


 「はい、協会で保存されてた貴重な秘匿紋章、一品限りの紋章です。世界を救う使命を持った勇士なら特別にと、協会の保管庫が解放されたので一つ私が選んで持ってきました」


 「そんな凄いのか?」


 「ええ、イケテルさんが望むような凄い力を秘めてるかもしれませんよ」

 

 (秘められた力……!)


 イケテルはその言葉の誘惑に逆らえず、右手の甲を前に出した。

 その力はいったいどんなものなのか。

 例えば自分だけが使える最強の紋章術、光輝の紋章とか、どうだろう。「俺のこの手が輝き光る」とかカッコよく言えるのではないか!

 妄想に夢中になっていたら、それは来た。不意打ちだった。ルゥが差し出した手にページを一枚乗せて、腕を振りかぶって思いっきり強く叩いた。

 いい音が鳴った。その分痛みも追加された。容赦ない叩き方だった。

 

 「いってえぇ!?」

 

 悲鳴をあげて、左手で右手を押さえる。

 叩かれた右手を見ると赤くなっている、遠慮なく叩きやがった。


 「おまっ、本当、なにしやがるんだぁ!」


 右手をさすりながら下手人を睨みつけると、彼女は若干涙目で自分の手をさすっている。


 「……イケテルさん、痛いです、なんで無駄に手が固いんですか」


 「知るかっ! 自業自得だバ――カっ!!」


 ただ、涙目になってる彼女を見てちょっと心がときめいた。


 (あ、これギャップ萌えだ)


 と思うぐらいには悪くない表情だった。


                  ○


 ルゥは後ろから右手の甲、宿った紋章を眺めているイケテルを眺めていた。

 余程嬉しいのか先ほどから歩きながら眺めている。


 「イケテルさんちゃんと前を向いて歩いてくださいね」


 「あ? おう、分かってるって」


 こちらをちらりと向いて言う、彼の口元はニヤニヤしている。

 悪く言うと気持ち悪い。善く言うとあまり見たくない。

 

 (喜んで貰えたらならいいですかね)


 ルゥは保管庫に入ったときのことを思い出す。

 貴重な紋章を保管する場所は長い廊下を歩き、何重にも鍵が掛けられた扉を何度も潜り、地下深くまで階段を下りて、やっと辿り着いた。

 行くだけでも疲れた。時間もかかった。面倒だった。そして帰りも同じ工程を踏まなければいけない。

 だから貴重な紋章を一つ選ぶとき、付き添いの保管員達にえ、これでいいの? 本気かキミ!? と三度ぐらい確認を受けた、それを選んだ。

 彼が満足してくれたなら面倒な労力をして持ち出した甲斐がある。

 

 「なぁなぁ! 結局コレなんの紋章なのか聞いてなかったけど何なんだよ! どうやって使うんだ!」


 イケテルが興奮して右手を見せてくる。

 子供のように無邪気な態度の彼を見ると微笑ましくなる。表情には出さないが。

 彼の顔をしっかり見据えて、ルゥは答えた。


 「さぁ、わかりません」


                  ○


 「は? わからない?」


 イケテルはその言葉に呆然とした。

 わからない、そう言ったか。


 「おい、どういうことだ、秘められた力を持つ紋章なんだろ?」


 「はい、秘められてるのでどんな力を持ってるか、わかりませんね」


 お互い顔を見合って、無言になる。

 しばらくたってからイケテルは口を開いた。


 「どういうことだ――っ!?」


 イケテルは叫んだ、空に向かって。

 またやられたのか、またやられてしまったのか。

 警戒してもう二度と食らわんと構えていたのに!

 ルゥを見ると、なんか無表情だけど満足そうにしてるのが分かる。段々こいつの表情読めてきたな。


 「まーた、してやったりな顔しやがって! これ本当にいい紋章なんだろうな!!」


 「まぁまぁ、落ち着いてください。それは悪い紋章ではありませんよ、それも女神様が作った紋章ですから」


 (女神の紋章?)


 イケテルは右手の紋章を見る。

 紋章は複雑で細部の装飾まで描かれている。中央のマークは剣と盾のように見えなくもない。

 紋章の形からは正直なんの効果があるか全くわからない。


 「またこれも翻訳とか言う落ちじゃないだろうな?」


 「それは無いと思いますよ、その紋章はかつてある勇士に女神様が与えた紋章なんです」


 「勇士? 俺みたいのか」


 「いえ、イケテルさんと違って異世界ではなく、この世界の人間です」


 「つまり、この紋章はかつての勇士が使っていた偉大なる受け継がれし伝説の紋章……!!」


 左手を右脇に、右手で左顔を隠すようにして、イケテルは流れるようにポーズを取る。

 ちなみにこの時、手の甲を相手に見せるようにして、指をいい感じに曲げるのがコツだ。

 それを見た、ルゥが無言で拍手をしてから、口を開いた。


 「違いますね、紋章を人から人へ受け継ぐのは無理です。一度刻んだ紋章は定着すると剥がせません。刻んだ人が亡くなればその紋章も消えますし、逆に物などに刻んだ紋章は効果が無くならない限りはその物自体の受け継ぎは出来ますね」


 「拍手しといて否定かよ。……じゃあこれなんで消えてないんだ? 女神の紋章を受取った勇士がいるんだよな?」


 「紋章が刻まれても、肉体に定着する前なら剥がすことは可能なんです。例えば刻んだ紋章を一切使用せず、早期に肉体から隔離するとか」


 「隔離? というか紋章貰ったのに使わなかったのかその人は?」 


 疑問すると、ルゥは一度こちらの右手の紋章に視線を移してから、話し出す。


 「今から八百年ほどの前の話ですが、選ばれた勇士はとても器量がよい男性で、さらに熱心な信徒だったそうです。そんな彼が勇士に選ばれたとき周囲の人達は彼なら勇士として申し分ない、皆、祝福したのですが。ただ、当の本人はそう思っていなかったらしく、偉大なる女神にそんな貴重なものを頂いてしまうなんて、と自分を責め始めたそうです」


 ルゥが自身の顔の前に右手を上げて、


 「この手にそんなものがあるなんて……恐れ多い、と」


 ルゥの説明を聞いていると、イケテルは嫌な予感がしてきた。


 (感情籠ってない台詞が、特に怖い!)


 嫌な汗が流れるのがとまらない。この話は聞かない方がいいと自分の中で危険信号が出ている。

 だが、ルゥは口を開くのを止めない。


 「そして思い詰めた彼は、祝福される皆の前で自分の右手を――」 


 「やめろ! ストップ! その続きは言うな! 恐ろしい落ちな気がする! 聞きたくない、聞きたくないんだがー!」


 「止めろというなら止めますけど、まぁそんな事情で使われなかったために保存されてた紋章なんです。せっかくの女神の紋章ですし、使う人いないかって話もあったんですが、誰も使いたがる人がいなくてですね。とりあえず保管庫で眠っていたんですよ、八百年程、怪談話の定番になり果てて、それを私が目につけて持って来ました」


 「そりゃあ、そんな気味が悪そうなの誰も使いたがらねぇよ!」


 イケテルは半目になった。

 持って来た理由聞いても、返ってくる答えは分かり切ってるが、

 

 「……一応、聞くわ。なんでそれ選んだんだ」


 「面白そうだったので」


 「いつもお前それだよな!!」


 「ところでイケテルさん、右手切り落としたくなったりしてませんよね」


 「なってたまるかああああ!?」


 あー、聞きたくなかった。聞きたくなかった。

 これ女神の紋章じゃない、呪いの紋章だ。


 「……これ返せる? 今ならまだ定着してないよな? な?」

 

 イケテルは震えながら手を握りしめ、拳の甲の紋章をルゥに見せる。


 「右手だけ貰えれば」


 「ちくしょおおおおっ!!」


 イケテルは下に転がってた手頃のサイズの丸太を力いっぱい深い茂みにぶん投げた。


 「まぁ女神様が勇士に送る紋章は大抵加護系なので、その紋章もおそらく同系統かと思いますよ、発動条件は受取ったご本人以外分りませんが」


 「ハァハァ、加護って、何だよ、被ダメージ時一定確立で守ってくれるとかそっち系か!」


 「いえ、武具を強化してくれる系かと、選ばれた勇士は大抵自分だけの逸話となる女神の武具を持ってたそうですから、イケテルさん専用武器とかそれで作れると思いますよ。ところでイケテルさん、今八つ当たりに何を投げましたか?」


 「は? 何って転がってた丸太だろ」


 「ずいぶんと綺麗な断面じゃありませんでした?」」


 顔を見合わせてから、イケテルはルゥと共に、茂みの中を見る。

 投げた丸太は苔が生えていて、それなりの年数を感じたが、切断面は鋭利な刃物で切られた跡だった。


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