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十五章 森の勉強会

 イケテルは樹の幹に座っている。

 対面でルゥも座っている、杖に。高度を下げた浮いた杖に。

 身に纏うローブも合わさり今の彼女の姿は魔女のそれだ。

 魔女が一度、両手を合わせて音を作ってから、言う。


 「では、とりあえずイケテルさんが興味を持っていた紋章術についてから簡単な説明をします」


 彼女は指を三つ立てこちらに向ける。


 「この世界の紋章は大きく分けて三つあります。一つはこの世界を支える七つの大紋章、二つ目はその大紋章から派生した小紋章、三つ目がその派生した小紋章をコピーして人が扱えるようにしたのが紋章術です」


 「その世界を支えるってのは?」


 「イケテルさん質問する時は挙手してください、石投げますよ」


 「投げんなっ! どんな暴行教師だ!」


 と抗議しつつイケテルは自己防衛のために片手を上げておく。


 「では、答えます。世界を支えるはそのままの意味で、この森が出来たのも陽の光があるのも風を生み出してるのも全てその七つの大紋章の力ってことです」


 「この世界の環境って紋章で出来てるってこと? 神話レベルの話じゃねそれ」


 「実際に神話ですね、現実でもありますが。この世界には最初は大地と暗闇だけしかなくそこに女神が現れ、この世界に紋章を授けて生命が生きられる世界にしたと言われています」


 それが、とルゥは続けて、


 「紋章の女神セイブル、つまりイケテルさんをこちらに送ったお方ということです」


 (あの三流が……)


 イケテルは転生する前のことを思い出す。

 最初は威厳がある感じだったがだんだんメッキが剥がれて最後は大泣きしてたアレが。

 そんな天地創造レベルの偉大な神。


 「そんな風には見えないけど、世界の管理者とか名乗ってたしな。世界作った、いや管理しだしたのか、その話だと」


 「前にも言いましたけど私以外には女神様のことを管理者と言うのは控えてくださいね。この世界は女神様がいるのは皆信じていますから、信仰が厚い方が多いのです。それに私の所属する協会は女神信仰の総本家なので」


 「というかなんで管理者ダメなんだ、別に世界の管理してるんだからそれでもよくねぇか」


 「いえ、管理者という言葉がダメなのではなく、少々やっかいな団体がいましてね。女神様を世界を管理する、自由を奪う存在として非難する人々が、少数ですがいるんです。協会としては信仰の自由を咎める気はありませんが、彼ら色々と厄介な事件を起こしていたりしますので、管理者という名前を使うのはその団体に属する人間と思われてもおかしくないってことです」


 「ああ、宗教的な理由でタブーじゃなくて、過激派連中に間違われるから使うなってことな」


 ルゥが正解、よくわかりましたね、と手を叩くが、その表情は無表情でいまいち褒められた感がない。


 「はい、では脱線しましたけど話を戻します。その大紋章からその力の一部を持って生まれたのが小紋章です。これは数が多く普段私たちが使っているのはこれの写しを加工したもので、全て紋章協会で管理され町や村などに配給もしています。あの村でも照明や建物の倒壊を防ぐための固定、獣避けなどにも使われてて生活の一部になっていますね」


 ルゥが手帳を取り出し、こちらに見せてページをめくる。ページには一枚一枚紋章が書かれていた。


 「これはその小紋章から写したコピー紋章を紙に収めた物です。元の小紋章に比べると力も弱いですし、使える回数に限りがある使い捨てです。その代わりに切りとって張れば誰でも紋章術が使えます」


 「誰でも!? 俺でも使えるのか!」


 ルゥがどうぞ、とページを一枚寄こした。

 震える手でそれを受取り、


 「これってどう使うんだ!」


 紙を見ながら、ルゥに聞くと。


 「上を向いて、口にその紙を当ててください」


 ルゥの言うとおりに、イケテルは上を向いて、口に紙を当てる。


 「――そして、すぐ口を開いてください」


 「は?」


 疑問に口を開いたとき、水が流れ込んできた。


                  ○


 「あがああ――っ!?」


 と奇声を上げながら、降り注ぐ水を飲むイケテルをルゥは見ていた。

 

 「イケテルさん、いい飲みっぷりですね」


 ルゥはそう言いながら手元の手帳に視線を落とす。開いたページの隅に水筒と書かれた文字がある。

 この紋章は水を生み出す紋章ではなく、水を入れておく簡易紋章だ。

 容量はコップ一杯分程度だが、どこでも安全な水が飲めるので彼に勧めてみたが、


 「そろそろ喉が渇いてたかと思って、渡したのですが、どうでしたか」


 「ごっほ、げほっ、こらぁ、鼻、はいって、おま」


 水を飲み終えた彼が咳き込んで何か言っている。


 「まぁこんな感じでコピー品の小紋章は効果も使い方も様々ですが、簡単に使えます。あとは紋章を組み込んだ術式がありますが、これはイケテルさんは使えないので別にいいですね」


 と、説明を終えると彼が復活した。


 「おまっ、溺れかけたわ!」


 「すいません、信頼してくれるイケテルさんを見たらつい、こう、衝動的に、あ、今朝嘘ついたペナルティです、それ」


 「取ってつけたように罰ゲームのせいにすんなああっ!!」


 ツッコミを終えた彼がまったくと、ぼやきながら濡れた口元を袖で拭っている。

 ルゥは手帳を彼に向けて、このページと指さし、

 

 「ところで、次これとか行ってみません?」


 「誰がやるかぁ!」


                  ○


 「身をもって体験してもらいましたが、それが一般的な紋章術です。これは一度使えば消える使い捨てですが、紙に写しておくと運ぶのも楽ですし、張り付けると発動するので便利ですね」


 と、締めくくるルゥをイケテルは半目で見ていた。

 

 (この女、マジでやってくれる)


 弄ばれるのをどうにかしないといかんとは思うが。とにかく、紋章術がどういうものかはわかった。

 正直、原理はさっぱりだが魔法を封じ込めたようなものと覚えておく。


 「ちなみにその浮いてるのも紋章術か」


 浮いてる杖を指をさして問う。

 ルゥが杖に手を伸ばし、答える。


 「はい、と言っても浮けるだけで、空を自由に移動したりはできません。ですのでイケテルさんに引っ張って貰えるよう、紋章仕掛けてあります」


 ルゥの説明にため息が出る。前を歩かせてたのはそのためか。

 イケテルは力なく片手を上げてもう一つ質問をする。


 「紋章術についてはとりあえず分かった、それで魔物がいないってのマジか、俺ゴブリンと出会ったんだが」


 イケテルは昨日出会った、友を思い出す。

 ゴブオだ。あの姿はどう考えても人間や獣ではない、魔物やそれに類する人外の存在だ。

 それに、

 

 「村人達も怪物だの小鬼だの言ってたろ、いないっておかしくないか」


 「実はそれ勘違いなんです、イケテルさんが出会ったのも村の人達が見たのも同じ者ですが、小鬼ではなく彼らは紋章調律種という存在なんです」


 「もんしょうちょうりつちゅ、しゅ」


 イケテルは噛んだので言い変える。


 「そのゴブリンと違うのか」


 「私はそのゴブリンがよくわかりませんが違います、彼ら紋章調律種は生物ではなく自然現象に近い存在です。大紋章から生み出される自然の管理人とでもいいましょうか、皆さんが小鬼と呼んでいたのは森の環境保全をする調律種で協会では森人と呼ばれています」


 「環境保全? 森を守ってるってこと?」


 「ええ、森から自然が減れば木や植物を植えて育てたり、逆に豊かになりすぎて動物が増えるとそれを間引きしたりする、森の管理人ですね。女神様が大紋章から生まれる環境を整備するために作ったとも言われてます」


 なるほど、とイケテルは頷いた。

 ゴブオはただいい奴なだけでなく、存在も善い者だったか。

 

 (あれ、だとしたら)


 「なんで村人たちはそいつら嫌ってんだ? その話じゃむしろ感謝の対象だろ、森育ててくれてんだし」

 

 身をもって知ったが、殺されるぐらい憎まれていた。

 不作の原因が森人のせいになるのもおかしいことだ。


 「ええ、イケテルさんが知らなかったように、彼らも知らないのですよ。小鬼が森人だということが。彼らは基本自然の奥深くで発生するので余程森の奥まで行かない限り見かけることはありません、仮に見かけても森人は見た目がアレですからね、知らない人が見れば怪物と間違えるわけです」


 見た目か、と呟いてイケテルは遠くを見る。

 見た目が悪いと損をする、もう一度言うが身をもって知ったことだ。


 (ゴブオもつらい目にあったんだな、やっぱりアイツと俺は似た者同士、マイフレンドだ)


 拳を握り、この森のどこかにいる友を想っていると。

 ルゥが慰めの言葉を掛けてきた。


 「イケテルさん、見た目が悪いからって余り気にしないでください、私はイケテルさんの顔、とても面白いと思ってますよ、では、本題に入りましょう」


 「お前、それフォローになってねぇからな! 優しく傷口に塩すりこでるだけだからな! ――って本題?」

 

 「ええ、村で起きた不作の原因と、女神の勇士たるイケテルさんの使命、私たちがこの森に呼ばれた理由ですよ」


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