十三章 調査の始まり
「イケテルさん、置いて行きますよ」
昨日に続きよく晴れた空の下、ルゥの声が響いた。
呼ばれたイケテルはその背を追い、宿泊所の扉をくぐる。
外に出ると、暖かな陽の光にイケテルは目を細める。
(わりとよく眠れたな)
あの後ベットに戻っても眠れないかと思ったが、横になったらすぐ眠れた。
体が疲れていた証拠だろう。おかげで疲労も取れたのか体は軽い。
(出来るなら疲れごと、あの記憶も無くなって欲しかったな)
先を歩くルゥの背を見る。
結局、昨晩のことは彼女に聞けていない。
朝、起きて顔を合わせれば、気まずい雰囲気になるんじゃないかと不安だった。
だが、起きてみればルゥは昨日と同じ変わらぬ態度だ。
ありがたいことだが、それはそれでもやもやする。
アレは彼女にとっての秘密だったのか。それとも隠すほどのことじゃない普通のことなのか。
こちらの世界に来てまだ一日だ。何もわからないし、ルゥのことも何も知らない。
(さすがにソレについて聞くのはなぁ)
なんで股間にご立派なものをお持ちなんですが、なんて軽々しく聞けるものじゃない。
というかもし男だからなんて解答されたら自分がショックで死にかける。
とにかく触れないでおこう――触らぬマラに祟りなし、だ。
忘れようとイケテルは心に決め、顔を上げると、ルゥがこちらを見ていた。
「イケテルさん、ちょっといいですが」
「お、おおう!? お、俺は何も見てない、見てないぞおおおお!」
「突然どうしました、おかしい顔が面白おかしくなってますよ」
「おい、それ、普段も笑える顔ってことかぁ!」
ツッコミを入れると、まぁまぁ、とルゥが手の平を前に向ける。
「それより村長さんからの依頼の話です、先ほども言いましたが」
「ああ、それか、最初は村の中とか畑のほう調査するんだっけ」
朝食を食べてる際に今日の予定を一通りルゥから聞いた。
村長からの依頼、村に起きてる不作の原因を探る、そのための調査を行う。
今日は村の中と周辺の耕作地を回って怪しい場所を探すという話だった。
「それでなんだよ、予定変更か?」
イケテルはルゥに聞くと、彼女は視線をこちらから広場のほうに向け、
「イケテルさん気づきません?」
「は? 何が」
彼女が見る方向に何かあるのか、イケテルは広場を見る。
広場の中央には五、六メートル近いでかい樹が伸びていて、その周りに照明と長椅子が等間隔で並んでいる。
村の規模からしても立派な広場だ、石畳でしっかり舗装もされている。
村人にとっての憩いの場か、朝から利用者も多い。特に目につくのは手を繋いでベンチに座る若い男女とか。
「クソがッ」
イケテルはカップルを睨んだ。
視線には呪いを込める。別れろ。別れてしまえ。そして爆発しろ。
「別れたあげく爆発したらさすがに可哀想ですよ」
ルゥがいつもの口調で言ってきた。
つい思ったことが口に出ていたらしい。
イケテルは咳払いを一つ、行い、
「それで広場がどうかしたか、別に何も変わりねぇぞ」
「……いえ、気づいてないならいいんです、それならそれで都合がいいので」
「おい、待て。今、なんかぞっとした、何か企んでるだろ、気になるから言えよ!」
樹だけに。とあそこにある樹と掛けて言うべきか、イケテルは一瞬考えると。
「イケテルさん、しょうもないこと考えてないで行きましょう」
「なんでお前、もしかして俺の心の中読めんの?」
「顔に書いてありますよ、ああ、それと、嘘ついたのであとでペナルティ一つです」
ルゥが人差し指を上げた。
「はぁ? 俺がいつ嘘ついた」
「見てないって言いましたよね。……ちゃんと見ましたよね」
彼女はそう言い終えると、短い髪を揺らして通りへ歩いていった。
「……アイツやっぱ、心の中読めるんじゃ」
イケテルは昨日の光景がまた脳裏に浮かぶのを払うようにルゥを追いかけた。
○
イケテルはルゥと二人、東通りから村の出口に向かう。
その途中、何度か、村人達から声援を受けた。
どうやら異変の解決を任されたことが村の中で広まったらしい。
おかげでイケテルは気分が良かった。
昨日は憎い小鬼だと追いかけまわされていたが、今は期待を一心に受けているのだ。
(これだよ、これ、これこそ勇者的な扱いだよな!)
可愛い女の子がこちらを見ていたので、イケテルは笑い、手を振る。
すると、彼女も手を上げ返してくれ――ない。
それどころか目を合わさないようにされた。
(おかしいな)
イケテルはルゥと自分とで扱いの違いを感じ始めた。
先ほどからルゥには、「頑張ってくださいね術士様!」とか「協会の術士様か美人だな」とか「隣にいるブサイクの何だアレ」とか。色々応援されたり褒められてるのに。
「って、今ブサイクって言った奴誰だああっ!」
こっちを見ていた村人に吠えると、うわぁと村人たちが散っていく。
「クソがっ、人を顔で判断しやがってなんて奴らだ」
「イケテルさん、ステイ、ステイです。むやみに威嚇してはいけません。あとイケテルさんもさっき可愛い子を選んで手を振ってましたよね、同じですよ」
「はぁ? そんなことねーし、誰にも分け隔てなく平等接するぞ、俺は! 好みはあるが! というか今犬扱いしなかったか!」
「イケテルさんの飼い主になるつもりはありませんよ。ほら、平等に接するならあちらの人達にも吠えたらどうです」
「あぁ?」
ルゥが示す方向に視線を向けると、柵の前でしゃがみ込む男が三人いた。
どれも柄の悪そうな輩で、特に赤茶色の髪をしたのがこちらを怪訝そうに睨んでいる。
それに対し、イケテルは顔を伏せ、目を合わせないよう通り過ぎた。
背後から視線を感じるが無視だ無視。やりすごすのだ。
距離がある程度離れてようやく顔を上げると、隣でルゥが半目を向けていた。
「……な、なんだよ」
「いえ、別に。イケテルさん情けないなーと思っただけです」
「悪かったな! あと、嘘でもそこは思ってないって言えよ!」
嘘は嫌いなので、とルゥが言うのと同時に足を止めた。
何だ、とイケテルは前を見ると。
村長だ。脇道から部下なのか、男を二人引き連れて出てきた。
村長はすぐこちらに気づき、二人を引き連れてこっちに歩いてくる。
こちらに来る村長にルゥが一礼してから感謝の言葉を述べた。
「おはようございます村長さん、昨日の宿と食事。ありがとうございました」
村長が笑顔で手のひらを上げ、言う。
「いやいや、あの程度のもてなししかできず本当に申し訳ないぐらいですよ、ところで術士殿はこれからどちらへ」
「ええ、これから森の方へ行ってみようかと」
ルゥの言葉に、おかしいなとイケテルは思った。
確か今日は村を見て、街道の耕作地に行く予定のはずだ。森へ行くなんて聞いていない。
何か言うべきか、とルゥの方を見ると、わずかに首を振った。
(何も言うな、か)
ルゥには何か考えがあるのか。イケテルは成り行きを見守ることにした。
「森ですか、どちらのほうに行くご予定で」
「そうですね、森の……昨日言っていた女神さまの像を置いたという場所を見てみたいですね」
「ならば、南側、川向かいのパネマの果樹園を越えたところから入るといいでしょう。そこから入ってすぐの場所に設置してありますので」
「そうなのですか、教えていただきありがとうございます」
ルゥがもう一度頭を下げた。
「いやいや、私が依頼したのですから、頑張って解決していただきたい!」
村長が笑顔を崩さず笑った。
(なんか胡散臭いおっさんだな)
イケテルは村長の様子を見て思う。
昨日の晩に比べて、今日の村長は随分と活力に満ちている。
調査を自分たちに任せて安心してるのか、それとも何かいいことでもあったか。
考えていると横で、そろそろ行きましょうか、とルゥが言葉を作った。
「それでは村長さん、またあとで報告に参りますので、失礼します」
とルゥが別れを切り出し、村長の横を通り抜ける。
自分もそれに続こうとして、
「お待ちくだされ」
村長に声を掛けられた。ルゥではなく自分にだ。
イケテルは振り返ると、村長が言う。
「見れば従士殿は丸腰ではないですか、これから小鬼が潜んでいる森に入るというのに」
確かにな、とイケテルは指摘されて気づいた。
魔物が現れるかもしれない村の外で、武器も装備していないなんて自殺行為だ。
これまで出会ったのはゴブオぐらいだったからすっかり忘れていた。
おい、と村長が顎で指示を出す、後ろに連れていた男が、鞘に収まった剣をイケテルに差し出した。
「え、これ貰っていいのか?」
「どうぞ、お持ちになってください、その剣で術士殿を守り、小鬼を退治してくだされ」
イケテルは男から剣を両手で受取る。
重い。ずっしりと鉄の重さを感じる。本物だ。
生前のゲーム知識から考えるにこの長さだと、ショートソードに分類される剣のはずだ。
(ぬ、抜いてみるか)
手が震える。武者震いか。
イケテルが慣れぬ手つきで柄を持ち鞘から抜こうとすると、
「おっと、従士殿。ここは村の中、人の通りもありますのでここで剣を振るうのはお止めくだされ」
村長に言われて、イケテルは剣を抜くのを止めた。
「お、おう! そうだよな、あぶないもんな!」
「ええ、その剣は隣街の鍛冶場で鍛えた一級品の剣ですからな、切れ味は保証いたしますぞ」
がははと村長が笑うのでイケテルも釣られて共に笑う。
(そうか、切れ味いいのか……そうか)
イケテルはビク付きながら、鞘についてる固定用のベルトを左腰に付けて吊るす。
剣の重さ分、重心が左に傾くがそのうち慣れるだろう。
それにしても、こうやって剣を装備すると気分が良くなってくる。
「村長ありがとな!」
「いやいや、お気になさらず、それでは私はこれで。では術士殿、成果を期待しておりますぞ」
村長は手を一度上げてから、広場の方へと男達を連れて歩いて行った。
「あの村長、なかなかいい奴だな!」
ただで剣くれるなんて太っ腹だ。あれは村長の中の村長だろう。
イケテルは上機嫌でうんうんと頷いていると。
ルゥがこちらの剣を見て、
「イケテルさんが満足してるならそれでいいですかね」
「よくわからんが俺は満足してるぞ、だってこれこそ異世界ファンタジーだろ!」
「……その異世界とかファンタジーとかよくわかりませんけど、では行きましょうか」
ルゥが通りの先、東側の村の出口へと歩いていく。
「おい、さっき村長が森に入るなら南からだって言ってたぞ」
道違くね? と、ルゥに問うと。
「行先は森ですが、森が広がる東側、森の奥地が目的の場所です」
彼女が行き先を告げた。