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十二章 その夜、トキドキ

 広場の近く、宿泊所として使われた建物は一階がダイニングルームで二階は宿泊者用の寝室となっていた。

 個室は全部で三つある、イケテルは階段を上がってすぐの広場側に面した部屋を、ルゥはその隣に並ぶ部屋を借りた。

 その部屋の中、イケテルはベットの上で見知らぬ天井を見つめていた。

 

 (今日は色々あったなぁ)


 色々ありすぎだ、とイケテルは思う。

 転生して森スタートして村人に追いかけられブサイクなのがわかってゴブオに助けられてメインヒロインと出会ったと思ったら人のリアクションを楽しむとんでもないドSだった。

 

 (まぁ可愛いし巨乳だからいいか、よくないか)


 だが、本人に言って治るとも思えない。こっちが慣れたほうが早い気がする。


 (あと、なんか死んでから俺キャラ変わってないかなぁ)

 

 とりあえず生前よりアクティブになった気がする。

 今日はよく叫んだし、ツッコミも入れた。キレたりもした。

 

 (……前向きに生きようと決めたが大声上げたいわけじゃねぇんだけどな)

 

 考えても仕方ないか、とイケテルは頭の中の考えを一度リセットする。

 明日はまた忙しいのだ。食事を終えたあとルゥが言っていた言葉を思い返す。

 

 「明日は朝からこの村の異変の調査を行います、人助けとか慈善活動のようなことではなく、協会から、女神様からの使命なのでお仕事です。お給料分は真面目に頑張りましょう」


 と言い残してとっとと部屋に行ってしまった。

 使命とは何か明日教えてくれるのか、そもそも自分はその給料貰えるのだろうか。わからないことだらけだ。

 

 「もう疲れた、寝よう」

 

 イケテルは体を起こし、窓から入る夜光を遮るためにカーテンを閉める。

 ベットに再び倒れ、目をつぶる。


 「今日はこれで終了だ、明日はまともな異世界ライフなイベントを……」


 自分で口にした言葉に反応してイケテルは飛び起きた。

 

 「しまった! まだお決まりのイベントをやり残してた!」


 カーテンを開ける、窓から入る夜光に照らされるのは部屋の隅にあるクローゼットと部屋の扉だ。

 イケテルは静かにベットから降りると、そのまま音を立てず静かに扉に近づく。

 扉の取っ手を音をたてないように慎重に捻り、扉を途中まで開く。出来た隙間から顔だけ外に出し、廊下の様子を伺う。

 廊下は灯りがなく突き当りの窓から入る夜光だけが照明になっている。

 誰もいないことを確認してから、次は耳を澄ませる。物音はない。

 イケテルは物音を立てないよう廊下に出て移動する。

 隣の部屋の扉の前まで来た。心臓の鼓動が早くなる。

 

 (どうする、本当にやるのか……)


 片手で心臓を押さえながらイケテルは思案する。

 今からやるのは覗きだ。物語の主人公と言えばちょっとHなイベントは必須事項。

 そう思って勢いでここまで来てみたが。


 (やっぱやめるか……寝てる姿見たからってな)


 さすがに寝込みをどうこうしようというつもりはない、そんな度胸はないし、経験のない自分には無理だ。

 

 (だが、もしルゥが寝る時は全裸スタイルだったら)


 唸りながらイケテルは悩んだ。

 その一筋の希望のために危険を冒すべきか、否か。

 だが、もしバレたら……。

 

 「もぉ~、イケテルさんったら~エッチなんだからぁ~」


 とか言って許してくれるタイプではない。間違いなくごみを見る目で色々言われる気がする。それに明日からの彼女との付き合いが凄い気まずくなる。最悪殺されるかもしれない。

 心臓の鼓動がまた早まる、今度は興奮ではなく恐怖でだ。


 「……やめよう」


 イケテルは諦めた。

 さっきまで悶々とした気分が一気に萎えてしまった。

 リターンは十分大きいが、リスクがでかすぎて潰される。背負いきれない。

 肩を落として、部屋に戻ろうとしたとき、ふと、気づいた。

 

 「扉が開いてる?」


 ルゥの部屋の扉をよく見るとわずかだが廊下側に開いていた。

 部屋の鍵は内側から閉められる仕様だ。なら鍵を閉め忘れたのか。


 (不用心だな)


 イケテルは扉を手で押し閉めようとして、止まった。

 

 (待て、これはチャンスではないか)


 鍵の締め忘れはルゥの落ち度だ。

 ならば自分がたまたま廊下に出て、たまたま彼女の部屋の前に来て、たまたま扉が開いてることに気づいた。

 たまたま、不埒な輩が入って襲われてるかもしれない、心配になった自分はいけないこととわかりながらも部屋の中へ……。

 と、そういう設定ならちょっと中を見て安全を確認するのは許される行為ではないか。

 

 (完璧だ、いける)


 イケテルは消えかけた熱意を取り戻した。

 静かに扉の隙間を広げる。隙間から夜光が廊下に漏れていく。

 彼女は窓のカーテンを閉めてないようだ。

 

 隙間から覗くとベットの上に足が見える。生足だ。

 イケテルは震えてる手で扉の隙間をもう少しだけ開けようとして、開けすぎた。

 

 (あ、やべ)


 力が入りすぎたか、扉の立て付けが壊れていたのか、扉は開ききった。

 窓から差し込む夜光の光がイケテルを照らす。

 その光の下、ベットの上で穏やかな寝息を立てて眠る美女がいる。

 薄いシーツを掛けて眠る姿は期待してた裸ではなかった。


 (やっぱ、そうだよな)


 イケテルは真実に落胆した。

 所詮経験がない男が夢見るシチュエーションだった。

 潔く部屋に戻ろうとイケテルが視線を切ろうとして、切れなかった。

 なぜなら、アレが視界入ってしまった。


 (…………)

 

 白い丘だ。シーツの上からもわかる形のいい二つの丘。

 彼女が息を吸うたびにそれは揺れるのだ。これはノーつけてないである。

 視線が外せない。

 イケテルはゴクリ生唾を飲み込み、吸い寄せられるように部屋の中に入っていく。

 

 (もう少し、もう少し近くで)


 アレは男を魅了する危険な代物だ。

 手を出してはいけない禁忌。だが触れてはいけないと思うと男は余計に触れたくなる。

 

 (あーでも、やばい、ヤバい、バレるって俺バレるって、やめとけ、戻れ! やめろって!)


 内心やめろと叫び続けるが、足は止まらず。

 もう少しで、手を伸ばせば届く距離、

 

 「ん」


 (――――!?)


 ルゥの声にイケテルは凍り付いた。

 震えながら視線を顔に向けると、彼女は寝息を立てて眠っている。


 (あ、焦った――――ッ!)


 バクバク言ってる心臓を片手で抑えてイケテルは安堵した。

 今のショックで魅了が解けた。頭が一気に冷静になる。

 

 (これ以上踏み込んだら、自分を保てず地雷に飛び込むとこだった)


 イケテルは今度こそ部屋に戻ろうと決めた。

 戻る前にあらためて彼女の顔を見る。いつもの無表情とは違う綺麗な寝顔だ。


 (……かわいい)


 もっと笑えばいいとイケテルは思う。

 

 (だけど、可愛い顔で笑いながら酷い目に合わされるのもなー、まぁ今日のはこれでチャラだな)


 バレないうちに戻ろうと後ろに振り返ろうとして、ありえない物が目の端に入った。


 「は?」


 彼女の下半身、股のあたりが膨れている。

 目の前の真実から逃れようとイケテルは顔を両手で覆った。


 (俺は疲れてるらしい、そうだ興奮と疲れと色々なんかショックから幻覚が)


 指の隙間からちらっと見る、膨れている。


 (いやいやいやいやいやいや――ッ!?)


 ありえない。ありえてたまるか。だっておつぱいあるじゃん。立派なのあるよね、うん、ある、二つある。なのにそっちにもご立派なものが。

 

 イケテルは正気を失ったと思った。

 自分がか、世界がか。どちらか分らないがきっとおかしな夢を見ているのだ。

 

 「確かめないと……」


 イケテルはよろめきながら一歩前に出た。

 ここで真実を知らずには明日を迎えることはできない。

 故に本物かどうか確認だけはしなければ。

 もう一歩、と足を前に出した時、それは起きた。


 「は?」


 踏んだ床が光った。足元を見る。その正体は紋章だった。

 外側は二重の円で囲まれ中に蕾のような紋様が二つ迎え合うように並んでいた。

 紋章から雷が走る。次の瞬間、イケテルは衝撃を受けた。


 「――――ぐあッ!?」


 雷撃によってまっすぐ後ろ、部屋の扉を潜り、廊下の壁までイケテルは叩きつけられた。

 背中から床に落ちる。

 

 (……いってぇ、何だ今の)

 

 壁を背に上半身を起こし、イケテルは何が起きたか整理する。

 何かを踏んだ、それが発動して雷の一撃を受けた。

 何故そんなものが、それは侵入者を迎撃するためのものだろう。

 誰が仕掛けた、それはその部屋を使ってる人物だろう。

 つまり、


 「まったく、一応用心で仕掛けておいたのですが、まさか引っかかったのがイケテルさんとは」


 その声には、感情が籠ってないようにイケテルには聞こえた。

 それがなおさら恐怖を増す。

 イケテルは顔を上げられずガクガク震えていると、声の主は言葉を続けた。

 

 「いつかはやってくるような気はしていましたが、まさか初日からとは……イケテルさんの評価を引き上げないといけませんね」


 何か評価が上がったらしい、だがそれはいい評価ではないということはイケテルにも分かった。

 足が見えた。目の前に彼女がいるのだ。こちらを見下ろすように立っている。

 

 「イケテルさん、顔を上げてください。私を見たかったんですよね、どうぞ見せて上げますから」


 ルゥが甘い声色で誘ってきた。

 イケテルは嫌な予感しかしないが、言われた通りにするしかなかった。恐る恐る、顔を上にあげた。

 彼女は白い薄手の寝間着を着ている。その姿は白い花を連想させた。

 そして窓から差し込む夜光を背にする彼女は、体のシルエットがうっすらと浮かんでいる。


 イケテルは上からそれをゆっくり下まで見て、止まった。

 股のところに女の子にはあってはいけないシルエットが見えているからだ。


 イケテルは震えながらそれを指さすと、初めて彼女が笑う姿を見せた。


 「私、胸もありますが、下も付いているんです。イケテルさん、この意味、わかりますか?」

 

 意味。意味とはなにか、イケテルは考える。

 付いていると言うことはつまりそれは女性ではなく男性。だけどお胸があるならそれは女性ではないか。

 意味が分からない。


 気づくと彼女は廊下から部屋に戻り、


 「イケテルさん明日は忙しいのでちゃんと部屋で寝ておいてくださいね」


 おやすみなさい、といつもの口調で言葉を残し、扉を閉めた。


 一人残された廊下でイケテルは呟く。


 「…………忘れよう」


 恐らく一生忘れられない、記念すべき最初の一日目が終えた。


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