青い鳥と自我のロンド
この世界は西暦2000年頃からおかしくなり始めた。
先触れだって空が黄ばみ、そして赤みが混じり、暗曇めいてどんよりとした紫色に黄色がさして油画じみた様相を呈している。
ボクが母に料理を任された時だ、取りこぼした人参はボクの身体を這い上りまな板に戻っていき、茹でていた三つ葉は顔を赤らめて、ゆらゆらと妖しく揺れながらボクを誘ったのだ! この時点まではボクは全ての変化に気が付いていなかった、否、ボクはこの時点で漸く気がつけたのだ。
家族や世間は何も気が付いていない、なんとか料理を終えると、これまでとは全く違う世界が広がっていた。
家族の顔は黒く塗りつぶされ、四角い箱から出てくる小さな青い鳥をパクパクと金魚のように食べている。
ボクは胸を満たす嫌悪の混じる気持ちの悪さに支配されて家を飛び出した、時計を見ると朝のK572s70101垓時H2064b0009由旬分だった、意識した途端に祖父の形見の腕時計が腕に侵入してきたので慌てて外して投げ捨てて走り出した。
息が上がりきり、足を止めて顔を上げてみるとスクランブル交差点、四角い箱と青い鳥、鯉のように口をパクパクさせている顔の無い人達、車道を走っているのはカタツムリ、信号機にはレースガールが3人ずつ閉じ込められている。
嫌になって海に向かう、無感動なパクパクを見ないように顔を下に向けていると甘い腐臭が風と共にやってきた、『ここもか』そう思い、大きなため息をつく。
「ボウズ、悩みでもあんのか?」
「人に言ったって笑われるような悩みですしあなたには関係ないでしょ」
ボクはそう言い捨てた直後に気がつく、相手がきちんとした『ヒト』だという事に、ボサボサのハゲ散らした髪にヒビいったサングラス、しゃくれたあご、真っ黒のスウェットというだらしない格好のおじさんだという事を除けばだが。
「俺にもあるぜい、人に笑われるような悩み、海が虹色に輝いて似合わねぇグラサンさせられてる事とかな、まっ、笑うような感情のある奴なんざ殆ど居なくなっちまったがな」
「じゃあ、あなたも……」
「そろそろ炊き上がる頃だ、食うかい?」
「ええ、味噌味なら」
「まぁ、諦めて箱の鳥をパクパクしてんのも悪くないぜ、なんとなく1日が終わりやがる、だがたまにはこうしてテトラポッドノオトシゴでも釣りに来るくらいが俺には良いのさ」
「……ありがとうございました」
「じゃあな」
老人と別れた後しばし歩いて、色彩に佇むびいどろの龍のなかに入ると1人のウサギにお茶を勧められた」
「やあいらっしゃい」
「あなたは?」
「私に名前なんてないさ、君もきっとそうだろう?」
「そんなこと! ボクの名前は……」
「やはりな、ここに来るものは大体なまえを失っているんだ、さぁこれでもお飲み」
「これは?」
「ハーブティーですな」
「何の葉を使ってるんですか?」
「何の話でしょうかな?」
「え、このハーブティーの葉っぱは何かと」
「ほう! それはハーブティーと言うものなのですか、それはどのようなものなのですか?」
「香草の類でとったお茶だと思いますけれど」
「はて、何の話だったか」
「だからハーブティーの話です」
「ほう! 香草の類でとったお茶をハーブティーと言うのですな」
「へえ、ハーブティーは香草の類でとっているんですねぇ」
「おや?そろそろ時間だ、キミはそろそろ帰ったほうが良い、ここに囚われる前にね」
「それでは」
極彩色の夜を得て帰路に着く、時間はN114阿僧祇70兆514時V577p00214正608厘分、祖父の形見の腕時計は腕に食い込んで離れない。
自室に戻ったボクは、おかしいのは世界ではなくボクだという事にしてため息を一つ、正常を諦めて四角い箱から出る青い鳥をパクパクする事にした。