私の正気は貴方ですか
場末の喫茶店、私がカウンターでコーヒーを楽しんでいると小柄な男が1人腰掛けてきた。
「煙草を吸ってもよろしいですか?」
私自身は煙草が嫌いだが喫煙が可能な店で人の喫煙を邪魔するほど野暮ではない。
「どうぞ。ところで一日に何本くらいお吸いに?」
「ふた箱くらいですね。」
「喫煙年数はどれくらいですか?」
「30年くらいですね。」
「なるほど。あそこにベンツが停まってますね。」
私は窓の外の黒のベンツを指差す
「?……ああ、あの虹色の」
「もしあなたが煙草を吸わなければ、あれくらい買えたんですよ……ところでそれ、本当に煙草ですか?」
「ええもちろん、マイルドマスターという銘柄です、これを吸うとそう、調子がよくなる、あなたもいかがですか? 特に貴方のような人には必要がありそうだ」
薬中の相手などしていられない、即座に退散する事にした。
「いえ、私は遠慮しておきます、では私はこの辺りで」
「ええ、ご健闘を」
私は表に出てベンツに跨りエンジンをかけると次の店を探し彷徨をはじめる。
クソッ! 口に砂が入った、最近の黄砂は道路を覆い尽くしちまって雰囲気のかけらもありはしない。
私は一度砂を落としに銭湯に行く事にした。
「帰んな、だいぶキちまってるね、ここはあんたの来ていい場所じゃない」
暖簾をくぐり、薄汚れた風貌を見るなりお帰りを願われた、食い下がっても良いがこの番頭が不快である、悪態をついて店を出る。
「哀れな奴だよあんたは」
店を出ると女が話しかけてきた、クレイジーな女だった
「貴方は神を信じますか? 今貴方は狂気に冒されつつあります、こちらへ来てください、私が、私達の神が貴方を一つ上のステージへと生まれ変わらせて差し上げます」
「なるほど、私の狂気は君たちの神が保証してくれたわけだが、君たちの神の正気は誰が保証してくれるんだい?」
「私と来なければあなたは後悔します、それだけは私が保証します」
「悪いがそういう類のものは断ってるんだ」
「神のご加護があらん事を」
手をひらひらと振りスムースに宗教勧誘をスルー、出来る男はちがうね、私はベンツで1人荒野を駆ける、夜の街へと繰り出し雑踏に消えていった。