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需架の短編集  作者: 需架
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最後の邂逅



 海岸の村に伝わる言い伝えがある、子供が神さまに迎えられる事がある、その子供達は大人になった時にふと居なくなってしまう、そしてその年は豊漁が約束されるというものだ、その言い伝えも60年前にほぼ途絶え、今では一部の老人だけがそれを知っている、そんな状態だ。



 夏、それはビーチを沸かす魔性の季節、賑わうビーチに私、冷泉詩子は家族と共にやってきた。


 旦那にオイルを塗らせて肌を焼く美人……参観日になるとキレイだと褒められる私の自慢の母なのだがお父さん使いが荒い、お父さんもデレデレして満更ではないのが少しムカつく、もう! 小学生の私をほっぽって楽しんでるんだから!


「私あっちで遊んでくる」


 すぐそばに妙に人気のない岩場があり、そこで砂遊びをして、飽きれば海で砂を落とし小魚と戯れる。


「童、海は好きかい?」


「知らない人とは話したら駄目なの」


「それなら大丈夫、我は知らない人ではない、もっと楽しいものを見せてやろう、ほら足元を見てごらん」


 足元を見やると小魚だけでなく色とりどりの魚達が模様を描くように泳いでいる。


「すごい! おにーさんすごい! もっと見せて!」



同日 夕刻

 

「ウタコよ、そろそろ親が心配しているのではないか?」


「はっ、流石に怒られちゃう」


「大人になる頃また来てくれるかい? その時こそ契りをかわそう、此処であった事は皆には内緒だよ」








 夕暮れと夜の藍が混ざる頃、詩子は元の人気のある砂浜に戻っていた、どうしてだろうか、人の繁雑さが、喧騒が煩わしく感じる。


「詩子! 何処に行ってたんだ!」


「ごめんなさい、迷っちゃって」


「何にせよ無事で良かったわ」


 他人は煩く感じても家族は暖かく包んでくれる、今はそれだけで幸せだと感じた。











 今日は私の16の誕生日だった、でも最近はなんだか落ち着かない、大好きないちごのケーキも貰ったし、プレゼントも好きなアイドルのCDだった、お父さんとお母さんには悪いと思うけれど、なんだか私の居場所は此処にはない感じがして、友達にお誕生日メールの返信をしながらその思いはどんどんと強まっていく。


「あーもう! 今日はもう寝よう」


 詩子は眠る事にした、ベッドに横たわると普段よりも深く深く、遠くに落ちていくような感じがして。



 草木も眠る頃、冷泉詩子の父、冷泉猛は違和感を覚えて目を覚ます。


(こんな時間に目が覚めるなんて、歳かな?)

 

 飲み物を取りにリビングに出るとそこにある筈のない海の匂いがしたのだ、思わず電気を付けると水の足跡が階段に続いている、2階は詩子の部屋だ、2階に登っていくほど海の臭いはどんどん濃くなっていく、彼は娘の事を思うと居ても立っても居られなくなり失踪して娘の部屋を叩くように開ける、しかしそこに娘の姿は無く、水の正体もわからずじまいであった。


「……詩子…………!」









 私は、何処に向かっているのだろうか、ここの外気は暑く、乾燥する、私の居るべき場所じゃない、そうだ、海に帰るのだった、何故今まで忘れて陸に居たのだろうか、ああ、足が痛い、息も苦しく水も吸われるし最悪だ。


 浜に辿り着くとザザァーンと波の音が聞こえて来る、心地の良い故郷の音だ、いつかの君、おにいさんが変わらぬ姿でそこに居た。


「おにいさん、私は思い出したわ」


「さぁ、行こう、今こそ契りわ結ぶ時だ」


「それは無理よ、判断力の無い子供に対しての契約は無効に出来るわ」


「それなら大丈夫、我は人では無いからな」


「私は人間よ」


「無理をするな、今自分がどうなっているかはわかるだろう、ヒレも出来ている頃だし

、肺呼吸からエラ呼吸に変わりつつある、死んでしまうぞ」


 事実詩子は1秒を数えるごとに魚人化しつつあり酸欠で朦朧としているのだが。


「私は人間よ、身体が魚になろうとも心まで魚にはならない、お父さんとお母さんも愛してくれるし……やっぱりどうしても人間でしかない、人間の冷泉詩子は此処で死ぬわ、この気持ちは貴方には分からないでしょうけど」


「…………」





「「詩子‼︎」」


 既に魚人と化した詩子のもとに両親が駆けつけた頃、既に詩子は息絶えていた、変わり果てていても娘を間違える事無く抱き止める。


「……詩子、どうして……!」


 その時奇跡が起こった、否、奇跡は施行されたのだ、詩子はヒトの姿に戻り息を吹き返す。


「……あれ、お父さん……お母さん……どうしたの? ははは、変なの……」


 詩子が海を見やると背を向けて沈んでいくお兄さんが居た、その背中は大きく、しかしとても小さいように思えた。









あれから60年


 年老いた詩子は毎日のように浜辺に出る、潮風は体に障るにも関わらず。


 孫も出来た、ギザギザとした歯のことを聞かれておばあちゃんは昔はサメだったのよと嘯く、現実、一時期サメだったのだが信じるものは居ない。


 潮が引いて居るうちに浜に出て、潮が満ちて来ると帰る、そんな日々だ、彼が寂しくないように。


 そんなある日、詩子は浜辺で息絶える、その日も潮が満ちるはずだがその日に限って潮は引いたままであった。

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