二人の女子高生
「今回混ぜる『普遍無意識』についてご説明いたします」
職員の言葉に老人は『もう自分で調べたよ』と頭の中で言ったが、一応聞いておくことにした。
「人間は無意識の最も深いところでは一つのものです。これは物語を例にとってみると分かりやすいです。外交のない別々の国で似たような物語が作られるということがよくあるんです」
「まあ」
老人は言った。
「人間の欲望なんてどこの国でも似通ったものだから?」
「それだけではありません。例えばギリシャ神話の中にある逸話とそっくりのものが中国神話にも日本神話にもあったり、そういうことがある。繋がりのない筈の、影響を受けようのない海の向こうの人間が、同じような構造の物語を語り継いでいる」
「つまりそれは『本能』みたいなもの?」
「まぁ、私も心理学者ではないのであまり詳しそうなことを言うと叱られそうですが」
職員は逃げた。
「とにかく人間は無意識の底のほうでは繋がっていると言われています。今まではあなたの記憶程度の表層無意識を使ってVRを作り上げていました。そのため、思い通りになりすぎたり、酔っ払いの意識のようになったりしていました。今日は普遍無意識までブロックすることなく、つまりはリミッターを外します」
「余計わけのわからない夢になるんじゃないかね?」
「普遍無意識ではむしろ……前にも言った通り、夢は明晰なものとなります。ただ、そこで夢があなたの思い通りになるか、ならないかは、やってみないとわからないとしか言えません」
「なんだかそこには『太母』とか『老賢者』とかがいるんだろ? なんだか思い通りにはならなさそうだなぁ……」
「おっ? 勉強して来られましたね?」
職員はニヤリと笑った。
「その通りです。そしてそこにはまた、あなたの理想の女性、『アニムス』も存在する」
「はぁ」
「それは言わばあなたの理想となって具現している女性像の『元型』です。是非、彼女に会って来てください」
そんなテレビで解説するような簡単なものなのかなぁ、と思いながら老人は上着を脱ぐと、銀色の『棺桶』の中に横たわった。
「それでは、言ってらっしゃい」
職員がゆっくりと『棺桶』の蓋を、閉めた。
急いでいた。
どこへ行くのかはわからないが、急いでいた。
急いで車のドアを開け、乗り込んだ。
助手席に女子高生が二人乗っていて、老人は少しびっくりしたが、急いで車のキーを回し、エンジンをかけた。
走り出してしばらくしてからようやく『自分の車を間違えたかな』と思った。
自分の車はピンク色の軽自動車だった筈だ。この車は淡いブルーで、どう見ても普通車だ。
二人の女子高生は何も言わず、怯えた風もなく、じっと前を見ている。
「今、思ったんだけど」
老人は彼女らに話しかけた。
「車を間違えたかな」
二人は何も言わずに、なんとなく頷いたように見えた。
「どこへ行くところだったの?」
「学校」と、ようやく女子高生の1人が口を開いた。
「送ってあげるよ。その後でちゃんと車は返しておくから」
信号で停まった時にちらりと見ると、二人は子供のくせにやたらと色っぽい雰囲気があった。
気だるそうな目をして、濡れたようなリップを塗っている。
だらしなく制服を着て、二人で一つのように絡み合って一つの席に座っている。
「学校って、ここを左に曲がったところのだよね?」
そう言いながらもう一度助手席を見ると、二人は初めてこちらへ振り向き、声を揃えて言った。
「あなたを信じられない」
「あなたを信じられない」
「だ、大丈夫だよ」
老人は狼狽えた。
「ちゃんと車は返しておくから……」
「あなたを信じられません」
「あなたを信じられません」
二人は蛇のような目をして繰り返した。
老人は負けなかった。自分を信じていた。
自分は車を返すし、彼女達にも何もしない。
「一緒に来たのはお父さん? お母さん? 電話しておいてくれないかな。車を間違えたバカな老人が、すぐに返しに行くって」
「あなたは行かないでしょう」
「あなたは行かないことでしょう」
初めて二人の息が乱れた。