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椿とともに

「は……はっくん?」

 アキトはびっくりして尋ねる。

「はっくんなのか!?」


「おうよ」

 (リウ)氏……いや白鳥は、痩せ細った顔にたくさんの皺を寄せて笑った。

「おひさー」


「おひさー……じゃないよ!」

 アキトはベッドに横たわる白鳥の隣に手をつくと、唾を飛ばして捲し立てた。

「なんでここにいるんだ! ……いや、君は椿の兄じゃなかったのか!?」


「兄だぜ? 義理だけどな。嫁さんの妹だ」


「あ……。いや、なんで君が現実にいるんだ!? っていうかなぜ君があそこに……椿の夢の中にいた!?」


「椿の夢? あれ、椿の夢だったのか?」

 白鳥は笑いながら首をひねった。

「俺、最近よく椿(ちゅん)の夢を見るんだよ。一緒に綺麗な丘を歩いてやって、椿の作る山菜料理を食べてやって……。ここで1日20時間ぐらい寝てっからずっと一緒にいたんだけど。あ、でもそっか。あれ、オレの夢じゃなくて、椿の夢だったのか」


「いや……その……」

 アキトはわけがわからなくなった。

 自分は椿の夢の中に入り込んだものと思っていたが、もしかしたらあの夢は白鳥のものだったのかもしれないと思い始める。


「そっかー。オレ、椿(ちゅん)の夢の中に入り込んで、自分の夢を見てる気になってたのかー」

 白鳥は頷きながら言った。

「そこにある日、椿が丘で死にかけてたあっくんを連れて帰って来て、一緒に暮らし始めたんだよな」


「ああ」

 アキトは頭がこんがらがっていたが、白鳥と遠い昔の懐かしい話をするように笑った。

「一緒に冬虫夏草を伐り倒しに出掛けて……」


「そうだよ!」

 白鳥は思い出したように、声を重くした。

「椿がカンパニーに拐われて、あっくんが警察に知らせに行ってくれて……。あれからどうなった!?」


「椿は無事だったよ」

 アキトは安心させるように言った。

「ただ、あの後すぐ、世界から人がすべて消えてしまった」


「オレもな」

 白鳥は言った。

「赤い道で警備してたら、でっかいイタチが向こうから駆けて来たんで、斬ろうとしたところで目が覚めた。で、それからこっち、夢の中に入れねーんだ」


「まぁまぁ」

 雅が口に手を当てて笑った。

「お二人とも、仲がいいのねぇ」


「あれ?」

 白鳥はようやく気づいたのか、目を丸くした。

「そう言えばなんであっくんが現実にいるんだ?」



 アキトは白鳥に話した。自分が理由あって深い夢の中に落ちてしまい、椿のか白鳥のかわからないが、他人の夢と繋がってしまったこと。白鳥が消えてから椿と二人で町から歩いて帰ったこと。そして今、椿が食糧危機に陥っており、このままでは近い将来に餓死してしまうだろうこと。


「そっか」

 聞き終えると白鳥は枕に頭を沈め、言った。

「なら、早くオレがいってやらなきゃな」


「だめよ、あなた」

 雅が厳しい顔になる。

「椿は待っててくれるわ。どうかゆっくりしていってくださいな」


「83年も生きりゃ、大往生だろ。それに、痛ぇのはもう飽きた」

 白鳥は遠くを見るような目で言った。

椿(ちゅん)が寂しがってる。早くいってやりてー」


 丸顔の娘が涙をこらえるような顔で父親の掛け布団の皺を伸ばした。

 アキトが黙ってそれを見ていると、白鳥はアキトに言った。


「オレ、癌なんだ」


「そ、そうなのか……」

 アキトは他にどう答えていいのか言葉を見失った。


「うん。死期が近いと天国も近くなるのかな」


「アホ言うな」


「オレ、あれ夢だとばっかり思ってたんだよ」

 白鳥は目を瞑った。

「でも、あっくんが本当に存在したってことは、あれは夢じゃなくて現実だったんだな」


「いや、あれは……」椿の見ている夢だ、と言おうとしてアキトは言葉に詰まった。

 確かに自分も最初、死んで天国に行ったものだと思っていたのだ。夢というにはあの世界にはあまりにもリアリティーがあった。食べ物の味も、アリジゴクに食われると思って必死で掴んだ砂も、そして椿と手を繋いだ感触も……。


「現実……っていうより天国、なのかもな」

 白鳥は気持ちよさそうに眠るような顔をして、言った。

「天国は、あったんだな。空の上じゃなくて、この世に。人は死んだら永遠の眠りの中で夢を見るんだな、きっと。天国ってのは、その場所のことをいうんだ」


「お父さん!」

 娘が囁き声で白鳥を叱る。

「気の弱いこと言わないで!」


「気の弱いことなんか言ってねーぞ、愛」

 白鳥は笑顔で娘の名前を呼んだ。

「オレが死んで消えちまうより、夢の中で幸せなほうがお前もいいだろ? だからオレが死んでも、お前は悲しむな」


 そして白鳥は胸の前で両手を組み、深く息を吐くと、言った。

「椿はつまり、天国にいるんだな」


「元気でやってるのね」

 雅が微笑んだ。

「大好きだった山菜採りを毎日やってるんだわ。だってあなたの言うことと、アキトさんの言うこと、同じなんですもの」


「オレが先にいって椿と一緒にいてやる」

 白鳥は薄目を開けて、雅を見た。

「だからお前は何年後でもいいからゆっくり来い」


「あら。私も寄せて貰えるんですの?」

 雅は口に手を当て、フフフと笑う。

「椿にまた焼き餅焼かれそう」


「食卓に座布団置いて待ってるよ」

 白鳥は楽しそうに言い、アキトのほうへ視線を移した。

「あっくんの席も空けとくからな。一緒に暮らそうぜ」


「しかし……」

 アキトは有り難そうな顔をしながら、オロオロして言った。

「町から人が消えて……食糧が、だな」


「オレがいけば、全ては元通りになるよ」

 白鳥は確信を込めた口調で言った。

「だってオレはあいつのヒーローだからな」


 83歳のヒーローはウィンクをして見せ、笑った。




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