普遍無意識
「ダメ……。全然ダメ!」
まだ2時間しか経っていなかった。
強制停止で『棺桶』の蓋を開け出て来た老人を職員がにこやかに迎える。
「とりあえず感想をいただきましょうか」
「懐かしくてよかったんだが、嫌なものもたくさん出てきた」
老人はコーヒーを飲みながら、感想を言った。
「何よりあれだけ思い通りにならないんじゃ、ダメだ。まるであれでは現実だ」
「なるほど」
職員はノートを取りながら、言った。
「無意識の混ぜ方がよくなかったのかもしれません。ちょうど現実と同じような、あるいは普通の夢のような塩梅になってしまったのかも」
「もっと……。こう……」
老人は手を震わせながら、力説した。
「夢の中で思いがけないような素晴らしい出来事が起こり、自分の能力がチートで万能になり、出会う女性が理想の他人であるような……。そして世界は未知の希望に溢れたワンダーランド。ホラーやサスペンスみたいなのはダメ!」
「うーん。どういう世界に行けるかはお客様次第ですので」
職員はニコニコしながら、言った。
「あ、でも。無意識の領域にブロックをかけないと、どこへ行くかもわからないのか」
「まだあと5時間ぐらいあるが……」
「今日はこれで終わりです。調整なしで続けたところで同じですので」
「次回、あるんですか? これ、失敗作なんじゃ……?」
「そうですね」
職員はボールペンをこめかみに当て、しばし考えた。
「表層無意識だけだと思い通りになりすぎてつまらない、無意識を少し混ぜたら逆に思い通りにならなすぎてダメになった。ということは……」
「無意識をもう少し減らすとか?」
「いえ。そんな単純なものではないのです」
職員は少し苛々したようにそう言うと、事務的な口調に戻った。
「次はむしろもっと深いところまで混ぜてみましょう。普遍無意識まで潜れば、あるいは意識はかえって明晰になり、他者とテレパシーで通じ合うような、それでいて自分の好みに添うような、そんな世界を体験できるかもしれません。ただ……」
「ただ?」
「正直、危険が大きくなります」
「死ぬかも……?」
「それはありません」
職員は笑った。
「ただ、深く潜りすぎて帰って来られなくなる可能性がないとも言えない」
「別に構いません」
老人は興奮したように言った。
「素晴らしい世界なら」
「いえ、私どものほうも困りますので。ずっとあなたの介護をしないと行けなくなる」
「ああ」
老人は己を恥じた。
「ご迷惑はおかけしません」
「そういうことですのでご一筆書いていただくことになります」
職員はそう言うと、紙を一枚取り出した。
同意書だった。
何かあった場合もそれは自己責任であり、病院へ転送され、自己負担による治療を受ける旨が記されている。
兄に連絡を取り、何をするかは言わず、万が一のためのことで大したことではないからと軽い調子で頼み込み、入院した時の保証人になってもらった。
「それではまた明日」




