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絶望と希望

 アキトは暗くて狭い部屋に座り込んでしまっていた。

 もう何時間経つのかもわからない。

 現実世界への出口はどこにもなく、部屋の中には何もなかった。


 よく見ると部屋の隅に何かが転がっている。

 なぜ今まで気づかなかったのだろう、誰かの白骨死体が1セット、そこにあった。

 壁にもたれたまま帰らぬ人となったように、腰骨は座った格好を保っていたが、上半身は崩れ落ち、頭蓋骨が床に転がっていた。


 誰か前にもここから出ようとした人がいたのか? 自分もこうなるのか……? そう思うと気力も体力も使い果たしたと思い込んでいた体が自然に動いた。

 壁を手当たり次第に押してみたり、床や天井に隠し扉を探してみたが、やはり何度も試してみたことは変わらなかった。木の壁は頑丈で、蹴破ることすら出来そうにない。床は硬い石で固められている。


 これで何度目だろう。アキトは床にまた座り込んだ。

 目を閉じて、椿の言葉を思い出す。


 椿の書いた小説の主人公は扉を開けて、外の世界へ出たと言っていた。

 それがどこにもない。

 もしかして、この狭い部屋が、外の世界だというのだろうか。


 頭の中で椿の声がする。


 ──現実世界に出口はないもの。あるとすれば……


 死、という言葉がアキトの頭に浮かんだ。


「待て待て待て!」

 アキトは(かぶり)を振って考えを吹き飛ばす。

「椿がそんなことを知っていて俺にさせるわけがないだろう!」


 どこかに出口があるんだ。アキトはもう一度、立ち上がった。

 しかし何度見ても同じだった。高くて届きようのない天井、厚くて頑丈のな木の壁、硬い石で固められた床、隅に転がる白骨、入って来た扉……。


「扉……?」

 アキトは何かに気づいたように、そちらを向いた。

「そうだ。扉があるじゃないか」


 昔やったゲームを思い出した。

 まだインターネットの普及していない時代だった。迷宮の中のある部屋に入ってみたら行き止まりになっており、迷宮を戻ってみても他に道はなく、どうやるんだこれ、と三日間詰まり、仕方なく攻略本を買った。

 そしてようやくわかったのだった。入って来た扉を7回開け閉めすれば景色が変わり、道が開け、先に進めるということを。


 そんなのわかるかー! と思った経験が今、役に立つ、気がした。

 扉をもう7回開けたら、そこには外の世界の景色が広がっていると信じた。もしそうでなくても、また音を立てずに赤い絨毯の上を歩いて戻り、教会を出られれば、椿の元には帰れるかもしれない。


 アキトは取手に手をかけると、ゆっくりと音を立てないように、扉を手前に開いてみた。


 西洋人達は酒盛りをしておらず、こちらを遠巻きに見ていた。アキトが扉を開けたのを見ると、濁った白い目をまっすぐに向けて、じわりじわりと近寄って来る。アキトはすぐに扉を閉めた。


「ダメじゃん……」

 はーはーと口で息をしながら、アキトは呟く。

「これじゃ椿のとこに帰ることはできねーじゃん……」


 しかし希望はまだ残っていた。アキトがより望むほうの、前へ進む希望だ。


 アキトはもう一度、扉を開いた。

 濁った白目を剥いて、西洋人達が先程より少し近づいた。


 アキトは扉を閉めるとすぐにまた開く。

「変われ……」

 そう口にしながら。

 扉を閉めるたびに西洋人達は動きを止める。が、しかし、徐々に近づいて来る。


 6回、それを繰り返した。

 開閉を重ねるたびに西洋人達は顔が崩れ、ゾンビのような正体を現し始めた。


 7回目がやって来た。

 アキトは手に力を込め、大きな声で叫んだ。

「変われ!!!」


 腐り落ちて頭蓋骨の見えている西洋人達の顔がひしめいて目の前にあった。

 アキトは扉を閉める。少し間を置いて息を整える。しかし諦めてはいない。


 そこからは速い動作で開閉を始めた。

 翼を動かし空を飛ぼうとでもするように、扉を動かし開くたびに叫んだ。


「変われ……!」

「変われぇ……!」

「変われぇぇぇえ!!」


 パラパラ漫画のように屍鬼達がそのたびに近づいて来る。


「変われ!!!」

 もう叫び声は涙を含み、絶叫になっている。


 ぞわぞわという音を立てながら、西洋人だったもの達は腕を伸ばして来た。

 閉めた扉が挟んで切断した泥のような指が3本、アキトの足元に落ちた。


「変われ!!!」


 目も口も真っ黒な顔が至近距離まで来ていた。

 アキトは扉を複数の顔に叩きつけて閉めると、すぐにまた開いた。


「変われ!!!」



 真っ白な光がアキトを包んだ。



 暫くは何も見えなかった。

 アキトは眩しさに瞼を閉じ、また開くと、だんだんと白い天井が見え始めた。


「あ……」


 アキトは枕に頭を乗せていた。少し視線を横へ向けると点滴のパックとチューブが見えた。


 病室には誰もおらず、廊下を歩く人の静かな声が聞こえる。

 アキトは簡易ベッドの上で身をよじると、思わず叫んだ。


「やった……!」


「やったぞぉぉぉぉお!!!」


 すぐにパタパタと看護師が駆けつけて来た。




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