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 アキトは酒を酌み交わす西洋人達の間を抜けて、ゆっくりと、音を立てないように、教会の中を歩いて行った。

 赤く細長い絨毯の先の、目指す扉はそんなに遠くにあるわけではない。

 しかしそれはやたらと遠く感じられた。西洋人達が気づいて今にもこちらを振り向くのではないかという緊張が、アキトの歩みを遅くした。


 西洋人の側を通り過ぎる時、アキトはその不思議な感覚にすぐ気づいた。

 彼らが何語で話しているのかがまったく聞き取れないのだ。

 聞き取れたところで英語でなければ一体何語なのかなどわからないだろうが、しかしそういうことではない。

 彼らの誰か1人に近づいても、笑いながら話をしているその西洋人1人の声が、まったく聞こえないのだ。

 アキトが移動しても彼らの声はずっと、まるで天井からでも流されているもののように、教会の中にガヤガヤとへばりついている。


 賑やかで和気あいあいとした空気の中を、異様な緊張感に身を縮ませながら、アキトは歩いた。


 ようやく扉が目の前に近づいて来る。

 アキトは手に持った靴を落としそうになり、気を引き締める。

 無事辿り着けそうだな。そう思ったら心に余裕が生まれた。

 振り向いて西洋人達の酒盛りを眺める。

 テーブルの上には美味しそうな肉の塊が皿に盛りつけられてある。

 アキトはごくりと唾を飲み込む音を立てそうになり、我慢する。

 少しぐらい皿から料理を失敬してもいいよな、と思いそうになる自分を戒める。

 そんな自分を笑いながら立って見ている一人の西洋人がいることに気づいた。


「おいおい。何処へ行く気だ?」

 男は大きな声でアキトに言った。

「急いでやって来たのだ! 帰る必要はもう、なかったんじゃないのか?」


 アキトはその大声に肝を冷やす。


 見覚えのある老人だった。

 白いローブに身を包み、杖をつきながらもまっすぐ姿勢よく立っている。

 ここへ来る時、トロッコの後ろに乗っていた、あの西洋人の男だった。

 彼は小馬鹿にするような笑いを浮かべ、まっすぐにアキトを見ていた。


 他の西洋人達は何も変わらず、アキトに気づかずに酒を酌み交わして談笑している。


「お前はここへ逃げて来た筈だ!」

 西洋人の老人は、大きな声を教会内に響かせた。

「なぜ帰ろうとする? せっかく逃げ場所を見つけたというのに?」


「俺は現実に生きると決めた!」

 アキトは言い返した。

「椿と一緒に生きるんだ!」

 大きな声で、言い返した。


 ドクンという巨人の鼓動のような音が響き、酒盛りをする西洋人達の声が止んだ。


 教会内を埋め尽くす西洋人達の顔が、一斉にアキトのほうをギルリと向く。

 その目には瞳がなかった。自分を凝視する無数の目は、すべて淀むように白かった。

 彼らは体中の骨が折れているような不自然な動きで勢いよく立ち上がると、獲物を見つけた悪鬼のようにアキトめがけて押し寄せて来た。


 扉はもうすぐ目の前だった。

 アキトは急いで扉のほうへ振り返ると、腰を抜かしそうになりながら手を伸ばす。

 ドアノブはなく、付いている鉄の取手を掴む。

 後ろから西洋人の群れは手を伸ばして来た。

 1人がアキトのシャツの背中を掴むと、その手は土のようにボロリと崩れた。

 背中に何か重い痛みのようなものを感じながら、アキトは必死で取手を押した。

 なぜ押したのかはわからなかった。

 引いて開ける扉だったら終わっていた。

 しかし扉はアキトを受け入れるように、向こう側へ開いた。




「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 アキトは扉を閉めて体重を預ける。


 苦しそうに荒い呼吸を整える。


 向こうから押して来る気配はない。


「はーっ、はーっ……」


 段々と呼吸は落ち着いて来た。


 扉の向こうからは何の音も聞こえず、彼らが押して来る様子はやはりまったくなかった。


 暗い部屋だった。

 段々と目が慣れて来ると、部屋の様子がわかりはじめる。

 窓はなく、板張りの壁が四方を囲んでいるだけの、狭い部屋だ。

 他には何もないようだ。


 アキトは茫然となった。


 出口はどこにもなかった。



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