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ほくろ

「行ってらっしゃいませ」


 職員の声に見送られ、老人は2回目の『夢を利用したVR』モニターの旅へと立った。

『棺桶』の中を優しい催眠ガスが満たして行く。


 前回はほぼ覚醒しているような状態を保ちつつ夢の中で遊んだため、意外性がなかった。

 夢に現れた理想の恋人『春子』も、まるで理想の姿に女装をした老人自身だった。


 今回は少しだけ自分の思い通りになりすぎない世界にしてくれると言う。

 楽しみだった。どんな彼女に逢えるのか。




 人がたくさんいた。

 親子連れとカップルが多いところで、夢のような色に溢れていた。


『あ……。これは……』

 老人はすぐにわかった。


 老人が五歳ぐらいの頃、潰れてしまった遊園地だった。

 幼い彼はそこが大好きで、今は亡き両親に、兄とともによく連れて行ってもらった。


『覚えている……』

 老人はそこに置かれたベンチを見て感動した。それには後に生産終了となった乳酸菌飲料の名前が大きく入っていた。


 側にあった自動販売機を見ると、それがあった。小さい彼が大好きで、ここに来ると必ず飲んでいたそれを65年振りに買おうと、お金を取り出そうとしたが、それがどこにあるかわからない。


『あれはどこにやったかな……』

 老人は泣きそうになった。身体中を探り、阿呆のように口を開けながら。


 すると人混みの中から老人に向かってまっすぐ歩いて来る1人の少女があった。


「どうしたんですか?」


 元気よくくすぐったい声を掛けられ、老人が顔を上げると、春子が見ていた。


 初めて会う少女だった。

 しかし春子だとわかった。

 健康的な色の肌は()()()な印象で、そこに若い頃の老人はミルクコーヒーの表面のような、均等でない美しさを見ていた。

 それがそのまま目の前にある。老人はその色に少し辟易(たじろ)いだ。


 春子のキツネ目が、動揺を見透かしたように微笑み、老人の目の中を覗いてくる。


「えっと……あのう……」

 言葉が思ったように出せなかった。

「財布が……どこにあるかわからなくて……」


「一緒に探してあげましょう」

 春子はそう言うと、広い(くさむら)の中を探しはじめた。


 老人は引き出しを開け、キッチンの上の戸棚を開け、やがて洗濯機の蓋を開いてそれを見つけた。

「あぁ、またズボンのポケットから出すのを忘れていた!」


 びしょびしょになっているそれを乾かすために遊園地で全部使わなければならなくなってしまった。


陽翔(アキト)、一緒に遊ぼう」

 春子は仕方なさそうに笑った。

「付き合ってあげる。何したい?」


 プラスチックの檻の中からまったく同じ柄の猫が三匹、こちらを見ていた。


「僕がしたいのは……」

 老人は自分の手を見た。子供のようなつるんとした綺麗な手だった。

「君と……」


「あたしの名前は涼風春子(すずかぜはるこ)。よろしくね」


 彼女は中学二年生ぐらいだった。細くて柔らかそうな髪が、薄青い風に揺れていた。


「僕は山田陽翔(やまだあきと)

 老人は名を告げると、一人で先頭を歩きはじめた。


 プラスチックの檻の中の三匹の猫は目で追うと、すぐに熟睡しはじめた。




 宇宙船の形をした乗り物がくるくる回るだけの子供用のアトラクションに老人は乗りたいと思ったのだが、それは一人用だったのでスルーした。

 幼い頃はとても好きだったのに。


 遊園地の低いところにバッティングセンターがあった。

 兄がここでかつてホームランを打ち、自分は小さすぎるので見ているしかなかったのを覚えている。


「春子、見ててよ」

 そう言いながら老人は金属バットを持つと、ヌルヌルする百円玉を三枚、投入口に入れた。


 上原浩二よりも藤川球児を選んだ。火の玉ストレートを鋭く引っ張って打ち返すのが夢だった。


 しかし藤川の球は予想以上に伸びが凄く、一球もかすらない。

 後ろで金網越しに見ている春子が欠伸(あくび)をしているのがわかった。

「くそっ……。くそっ……!」

 そう口から声が放たれるばかりで、結局オール三振で10打席が終わってしまった。


 次は春子が打席に入った。

 藤川球児の顔色が満塁で四番バッターを迎えたように変わる。

外野手が後ろへ下がる。

 ピンクのシャツにカーキグリーンの綿パン姿の春子は、余裕の笑いを浮かべて藤川に手招きをする。


 澄んだ音を鳴らして春子の金属バットから満塁ホームランが放たれた。



 ソフトクリームの形をした小屋のような店でソフトクリームを2つ買った。

 店の窓ガラスに映る自分は春子と同年代ぐらいで、前髪はふさふさと垂れていて、その下の顔は不満そうだった。


「ありがと~」

 春子は串に刺さった大きな焼き鳥を受け取ると、バクバクと食べはじめる。

 気づかなかったが、首の後ろに大きな()()()があった。




 老人は30歳の時、強引に結婚させられかけた。

 母親と仲のいい、土産屋の店員をやっている一つ年下の女性だった。

 老人の好みではなかった。

 アニメにもゲームにも興味がなく、現実的なことばかり話題にした。

 太っており、首の後ろのちょうど襟と髪の間に大きなほくろがあった。



 老人は右手の脇にある赤いボタンを押した。



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