表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/43

ファースト・キス

 遠くへ飛び去って行くカゲロウ達を見送りながら、アキトと椿は手を繋いだまま、暫く川原の上に立っていた。


「はっくんが……いたな」

 アキトは椿に聞こえるように呟いた。


「精霊よ」

 椿は冷静な声を返す。

「兄さまの顔をした、ただの精霊だから」


「カゲロウって……1日しか生きられないんだっけ」

 アキトが遠くを見つめたまま、言った。


「わからない」

 隣で椿が微笑むのがわかった。

「カゲロウさんにもいろいろ種類があるから。でも、短い命なのは確かよ」


「精一杯、生きてるんだな」

 アキトは尊敬を込めて、言った。

「短い命を。全力で羽ばたいて」


「そうだね」

 椿がアキトの腕にもたれかかる。

「私達、長くつまらなく生きすぎよね」


「それも人による」

 アキトは苦笑する。

「人間にもいろいろ種類がある。俺みたいなのは確かにその通りだが」


「アキトはつまらなくないよ」

 椿がアキトの腕を軽く掴み、揺する。

「私、好きだよ。アキトのこと」


「俺も好きだ」

 力を込めてアキトはそう言った。

「君のことが好きだ」


「ありがと」

 椿は軽い調子で笑う。


「君を救いたい」

 自然にそんな言葉が口をついた。

「車椅子を押して、山でも海でも、どこでも好きなところへ僕が連れて行ってあげる……だから!」

 アキトは振り向き、椿の肩を両手で掴むと、言った。

「現実の君に会いたい! どうにか出来ないか?」


 真剣なアキトの顔を見て、椿は困ったように笑う。

 肩を掴まれるままに目をそらし、にははと声を出して、言った。

「救うって……。私、ここで幸せだよ? 毎日山菜採りして、料理や洗濯して……」


「しかし俺が君から白鳥を奪ってしまった」


「アキトのせいじゃないよ……」


「いや、俺のせいだ。俺が君の夢の中に迷い込み、きっとVR装置の電源を切られてしまったから、君の夢の登場人物まで消えてしまったんだ」


「意味がわかんないよ……」


「責任を取るなんてつもりはない。俺は、椿が好きなんだ。だから助けたいんだ」


「私を助けてくれるつもりなら……」

 椿はそう言って、アキトの顔を見た。

「ここにずっといてよ。私を一人にしないで」

 その顔は笑っていたが、アキトには泣いているように見えた。


椿(ちゅん)

 アキトは彼女を愛称で呼び、その顔をじっと見つめた。

「キスしてもいい?」


 相手が14歳の少女なら口に出せない台詞だった。少女の見た目をしていても、本当は70歳の女性だとわかったから口に出せた。


 椿はおどけた顔になり、答えた。

「私、ファースト・キスになっちゃうよ?」


「まじか」


「うん」

 笑う椿の顔が真っ赤になる。


 病弱でずっと病院のベッドにいたら、そういうことになっちゃうのか、とアキトは妙に納得する。70歳のファースト・キス、か。なかなか貴重なものだ、そう思うとアキトはますます椿のことが可愛くなった。


「白鳥はしてくれなかったの?」


「まさか。だって兄妹よ?」


 そういう設定にしてしまったから果たせていないのか、とアキトは同情するような、安心したような気持ちになる。あの小説の中ではエロエロな関係だったが、現実には……というか、この仮想現実の中では二人は清く正しい兄妹だったのだな、と。


 アキトは椿の肩から背中に手を回し、真剣な顔で言った。

「じゃあ、俺が貰う。椿のファースト・キス」


 あ……。と椿の口から声が漏れる。


 一般女性とは遂に経験することがなかったが、そういう店でたくさん経験は積んで来ていた。アキトは初めて椿より上に立ったような気になり、調子に乗った。


 椿の顎を指でつまみ、くいと上を向けさせる。

 まるで女性向けラノベの王子様になった気分だった。

 少女の唇がこちらを向いた。形のいい桃色の唇が、初めて自分の愛称を口にした時のように、「ちゅ」の形にすぼむ。

 タコみたいなその顔を見て、アキトは思わず噴き出しそうになった。

 しかし愛しそうに赤い髪を撫でると、自分も唇を尖らせて、そこにちゅん、とキスをした。


 老人と14歳の少女が向かい合って唇を重ねる中、一羽のカゲロウがこちらへ戻って来かけていたが、ぷいと方向を変えると、丘の向こうへ飛び去って行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ