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椿

 アキトは玄関を出て、赤い道の上を歩きながら考えた。

 日はそろそろ町とは反対側の西のほうへ傾きはじめていた。


 なぜ、暗天魔は消えたのだろう。

 なぜ、町から人間が消えたのだろう。

 なぜ、消えた白鳥は、あんな小説を書いていたのだろう。


 なぜ、あれからこの赤い道を魔物が通らないのだろう。


 なぜ、自分はこの世界で老人の姿のままで、なぜ、何も出来ないのだろう。


 なぜ、椿は──


 頭の中で何かが繋がった気がして、家の中に戻る。



 アキトは襖の外から声をかけた。

「椿ちゃん。入ってもいいかい?」


 中から返事はない。


「入るよ?」

 そう言って暫く待ってから、返事がないのでアキトは襖を開けた。


 赤い髪の後頭部が見えた。椿は布団を綺麗に被って向こうを向いている。

 なっくんが布団の中から顔を出し、威嚇するようにこっちを見て来た。


「椿ちゃん。起きてる?」


 声は出さず、椿は向こうを向いたまま頷いた。


「あのさ。何だか、わかったことがあるんだ」

 アキトは畳の上に正座すると、切り出した。

「俺……。今、実は……夢を見てるんだよね」


「夢?」

 椿が鼻声を出す。


「うん。新型のVR装置に入って」


 椿はそれには何も答えなかった。


「それで……たぶんだけど」

 アキトは言いにくそうに、言った。

「ここは椿ちゃんの夢の中だよね?」


 椿はゆっくりと、こちらに寝返りを打った。顔中がぐしょぐしょで、涙と洟で美少女が台無しだ。


「アキトはやっぱり本当にいる人なの?」

 助けを求めるように老人の顔を見つめる。

「私……アキトを作った覚えないもん」


「やっぱりそうか」

 アキトは自分を責める顔をした。

「椿ちゃんの夢に俺が侵入したんだ。普遍無意識まで潜るということは、他人の無意識と繋がることだって、ネットで見た」


「なんのこと?」

 椿は頭に?マークを載せた。


「俺が椿ちゃんの夢に入り込むことで、何か異変が起こったんだよ、きっと。現実の俺が戻って来なくなったから、あの職員がVR装置の電源を切ったんだ。たぶんだけどその途端、俺の夢を制御していた『ドリームクエスト』の力が消え、それが椿ちゃんの夢にも影響を及ぼした」


 椿は一生懸命アキトの言うことを理解しようとするように、目をきょろきょろと動かしている。


「だから……これは俺のせいなんだ! 町から人が消えたのも、白鳥が消えてしまったのも……。ごめん!」

 そう言ってアキトは畳に薄い白髪頭を擦りつけた。

「俺がスイッチを切られてしまったからなんだ! 俺のせいなんだ!」


「意味わかんない」

 椿はそう言いながら、むくりと起き上がった。

「アホにもわかるように説明してよ」


 なっくんが蒲団からアキトのほうへ数歩近づき、説明しろというように顎を上げてじっと見た。


「椿ちゃんもきっと新型のVRマシーン『ドリームクエスト』のモニターをやっているんだ。そうだろう?」


「だからなに、それ?」


「違うのか……。じゃあ、きっと深い深い、物凄く深い夢を見ているんだな。それで普遍無意識までマシーンの力で潜った俺の夢と繋がってしまった」


「SF?」

 椿が少し怒ったような顔をする。

「……まぁ、深い深いところにいるのは間違いないけど」


「椿ちゃんは本当は何歳なんだ?」


 アキトが聞くと、椿はあからさまに「失礼ね」というように口を開けた。


「14歳よ」


「これは失礼……!」

 アキトがあたふたする。

「女性に年齢を聞くなんて」


「なんで本当は14歳じゃないって思うのよ!」


「あの……その……」


「大体兄さまが消えたのがアキトのせいだって言うんなら、今すぐ返してよ!」


「あ……。それは……」


「返してよ! 私の兄さまを返してよ!」


「ごめん……」


 椿は前に倒れ、枕を抱いて号泣しはじめた。なっくんがその背中をさするように前脚で登る。



 夕焼けが丘を包みはじめた。

 アキトは台所の土間に向かって座り、白鳥と一緒に持って帰った冬虫夏草の黒い丸太をずっと見つめていた。見つめているようで心ここにあらずだった。


 頭の中でどうにも繋がらないところがあった。

 椿は『スト2』が『自分の生まれるより前のゲーム』だと言った。14歳なら当然だ。その通りだ。

 しかしその後だったと思う、アキトが野菜作りをして恩返しをすると発言した時、『そんな経験あるの?』と聞かれた。それに対してアキトが『ネットで調べる』と言うと、椿は首をひねったのだった。


「ねっと……って、何?」


 椿は本当にわからない様子でそう言った。


 辻褄が合わなかった。本当に14歳なのならインターネットを知らないわけがない。

 自分が最初に夢に潜った時に若返ったように、実は現実には結構トシがいってるのなら『スト2』が生まれる前のゲームである筈がない。


 今は2050年だ。『スト2』は1991年に登場したゲームだった筈だ。それなら椿はどれだけ歳をとっていても50歳代後半だ。

 インターネットの普及は1990年代半ばあるいは後半ぐらいからだったと思う。それからずっと、2050年もネット社会であることに変わりはない。

『スト2』より前の1980年に生まれた自分が慣れ親しんでいるインターネットを、『スト2』より後に生まれたという椿が知らない。そんなことはあり得なかった。


「アキト」

 背後から小さな足音と透き通った声がした。


 振り向くと、椿が赤く腫れ上がった目をして微笑んでいた。

 3日前ぐらいからずっと着っぱなしだった着物をようやく着替え、赤い金魚の柄の入った浴衣を着ている。


「ごめんね。お腹空いたよね。今、準備するから」


 そう言って夕飯の支度に取りかかろうとする椿をアキトは止めた。


「椿ちゃん。ちょっと話をしないか」


 椿は首を傾げながら、頷いた。

「え? うん」


「ここじゃなんだ。縁側へ行こう」


「お茶、淹れようか。お湯沸いてるから、すぐ入るよ。ついでにお団子作ってあるから、夕方だけどおやつにしよう」


「いいね」

 アキトは椿に話を聞きたくてうずうずしてはいたが、団子とお茶の魅力に思わず親指を立てた。



 椿の淹れてくれた煎茶は温度もちょうどよく、いい香りがした。

 つるりとした小さな団子を砂糖醤油につけて食べると、口の中に甘辛い幸せが広がった。


「こんな団子、いつの間に作ってたんだい?」


「お昼に天麩羅作る時、一緒に」


「美味しいよ。椿ちゃんは料理の天才だね」


「何かをこねこねしたくてしょうがない気分だったから、一心不乱に作ったんだよ」


「そうか……」

 アキトはそれにしては柔らかいなと思いながら、団子を食べた。

「ごめんね。俺が椿ちゃんの夢を壊してしまった」


「いいよ」

 椿は寂しそうに団子を食いちぎった。

「よくわかんないし」


「本当にごめん」


「いいって」


「ところで椿ちゃん。生年月日を教えてくれないか?」


 椿は90度頭を傾けて、すぐ隣のアキトを下のほうからじっと見た。

「まだ私のこと14歳だって信じてないの?」


「いや。何というか……」

 アキトは落ち着いてお茶を口から離しながら、椿の顔を見つめた。

「ちょっとね。腑に落ちないことがあって、確かめたいだけなんだ」


「何それ」


「教えられない理由があるなら別にいいが……」


「いいわよ。教えてあげる」

 椿はムキになるようにアキトの質問に答えた。

「1980年、4月10日生まれの14歳だよ」






 

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