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暗天魔

 アキトは目を覚ました。焚き火は燃えていた。

 昨日倒した黒牛の巨体は横たわっていた。そこに何か逞しいハエのようなものがひっついている。真っ黒なので黒牛と同化していてよくわからないが、もっさりとしたものがへばりつき、もぞもぞと体を動かしているのを見つけて、アキトは愕然とした。


「つ、椿ちゃん!」

 傍らで眠る椿の肩を揺する。

「なんか……いる!」


 最後に焚き火番をしてから約一時間半、眠りの深いところにいた椿はよだれを啜ると、ひっついていた目を開けてアキトを見た。

「何? もう食べらんない」

 寝ぼけていた。


「あそこあそこ!」

 アキトは小声で一大事を叫ぶように告げる。

「牛肉に……なんかいる!」


 椿は意識をしっかりさせると身を起こし、そちらのほうを見た。黒い牛の巨体にひっついて、黒いもっさりとしたものが蠢いている。

 目を凝らしてそれが何であるかをはっきりさせたようで、椿は声を投げた。

「あなた……。暗天魔(あんてんま)?」


 真っ黒の中から顔が振り向いた。サングラスをかけた面長の男の顔だった。


「起きたか」

 そう言うと男は黒牛から離れる。黒いツナギを着ているので同化して見えていたが、そこから離れると男の全貌が露になった。

 逞しい長身にもっさりとした長髪の、戦士といった風貌の男だった。


「誰?」アキトが聞く。

「兄さまが言ってたでしょ」椿が答える。「カンパニーの殺し屋よ」

「こ、殺し屋!?」

「うん。私、あの人に拐われて、あの人と一緒にホテルにいたの」

「ホ、ホテル!?」


「牛肉、少しもらったぜ」

 男はそう言うと、左手に持った岩ほどの大きさの肉片を見せた。

 右手にはナイフが握られていた。熊でも殺せそうな大きなナイフだ。

「その焚き火も借りる」


「じゃあ私にもそのナイフを貸して」

 椿がそう言って手を差し出すと、殺し屋は露骨に嫌そうな顔をした。

「おいおい。俺の仕事道具だぜ? しかも何人もの生き血を吸って来た相棒だ」

「へえ~。何人の人を殺したの?」

「し、知るかよ。覚えちゃいねぇ」

「いいから貸しなさい」

 そう言うと椿はナイフを奪い取った。

 殺し屋は「あっ」と情けない声を出すと、恥ずかしそうに項垂れてしまった。



 焚き火を囲んで3人で朝食に巨大黒牛の焼肉を食べた。

「やっぱり塩があると違うね」椿が満足そうに笑いながら、ナイフで切り取った大きな肉片に噛みついた。

「ここに置いとくからよ。好きなだけ使いな」そう言うと殺し屋は椿の傍らに食塩のたっぷり入った皮袋をどすんと置いた。

「でも暗天魔、なんで消えてないの?」

「知らねーよ。飯買いに行ってたら急にスーパーが消え、お前の様子見に帰ったらホテルが消えてて、会社帰ったら建物ごと消えてた」


 アキトは肉をちびちびと食べながら、2人のやりとりを無言で眺めていた。

『敵の殺し屋……なんだよな?』

 しかし椿は警戒している様子など微塵もなく、それどころかそいつと肩を列べるぐらいの近くに座り、リラックスして食事をとっている。

 精悍な熊と可愛い小鹿が仲良く並んで牛肉を食べているようなその光景は、あまりにも不思議なものに見えた。


「ところでこのジジイは何だ?」

 殺し屋に鋭い目で見られ、アキトは緊張で身体を固くした。


「アキトだよ。私のお友達」

 椿はにっこり笑うと、自慢げに紹介した。


「白鳥は?」

 殺し屋はアキトには興味をすぐに失い、椿に聞いた。

「ヤツは消えずに、あのウサギ小屋にいるのか?」


「わからない」

 椿は真顔になり、心配そうに言った。

「それを早く確かめたくて私……。でも、あなたが消えてないということは……兄さまも、いてくださるかもしれない」


「消えてやがったら承知しねぇぞ、あの野郎」

 殺し屋は憎々しげに肉を噛みちぎった。

「まだ俺との勝負はついてねぇ」


「戦績は?」

 椿が言った。

「兄さまの何勝だったっけ?」


「19戦でヤツの19勝0敗だ。俺が勝つまで勝負はついてねぇ」


「あの……」

 アキトが初めて口を開いた。

「2人は……。仲良いの?」


「いいわけないでしょ!」椿がそっぽを向いた。

「会社が消えちまったからお前らに同行してるだけだ。俺は白鳥の敵……ライバルだ」

「ライバル?」その言葉を反芻して椿が噴き出した。

「笑うな、糞ガキが。お前なんて白鳥にくっついてるだけのただの雑魚だろうが、雑魚」

「雑魚じゃないでしょ。私はあなたのマザー」

「誰がマザーだ」

「もしかしてあり得ないとは思うけど、忘れたの暗天魔?」椿は殺し屋の顔をじっと見た。「あなたも私の夢なのよ」


 なっくんがようやく起き出して、穴の中から出て来た。

 椿が黒牛の生肉を差し出すと首をぷるると横に振り、フェレットフードをねだった。



 黒牛の向こう側にあるものを見て、アキトと椿は喜びの声を上げた。

 巨体の陰になっていて見えなかったが、そこにはハーレーダビッドソンのバイクが置いてあったのだ。


「3人乗りしてくかい?」

 暗天魔が意外なほど優しい声で言う。


「助かる。さすが私の兄さまのライバル」


「現金だな。さっきは笑いやがったくせに」


 アキトは喜んでから首をひねった。

「でもこんなのに乗って来たのなら、排気音で目が覚めた筈だけど……気づかなかったな」


 暗天魔がハンドルを握り、椿が一番後ろに乗った。アキトはごつごつとした男の背中と少女の柔らかい足に挟まれた。

「おじいちゃん、落ちると危ないからしっかり掴まっててね」

 椿は背もたれのほうを掴み、太腿でアキトの腰を支えると、言った。

「じゃ、行こう。急いで」


 暗天魔がセルモーターを回す。静かだった春の丘にエンジンの爆音が響き渡った。




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