不満
ホルスタイン牛に2人で乗って、静かな池の畔を歩いていた時、老人は見た。
湖面に映る自分の姿は美しい若者だった。後ろに乗せた春子と釣り合いがとれている。
平和な、平和な1日だった。
老人は湖畔に寝転び、隣に春子も寝転んだ。
何も言わずに見つめ合った。
春子の考えていることがわかった。
自分と同じことを考えていた。
春子はコンピュータープログラムでも他人が操作しているアバターでもなく、老人自身だった。
そのうち何も話すことも、することもなくなった。
「お帰りなさい」
職員が『棺桶』の蓋を開けながら、言った。
「どうですか? すぐに動けますか? 何か飲み物か食べ物をとられます?」
「コーヒーを……貰えますか」
「何か気づかれたことはありました?」
職員の質問に、老人は頷いた。
「うん……」
「何でも遠慮なさらずに仰ってください」
「あのね……」
老人は照れ臭そうに、言った。
「理想の女性と会って来たんだけどね……」
「はい」
職員は特に何の反応もせずにノートを取った。
「彼女は理想通りだったでしょう?」
「いや……。理想通りすぎてつまらなかったというか……。あれは理想の女性というより、自分だった。鏡の中に可愛く女装している自分を見ているようだった」
「なるほどなるほど」
職員は頷いた。
「実は無意識領域から不気味なものが出て来ないよう、ブロックをかけてあったんです。あなたが見たのはほんの表層意識だけの夢です。それだけに味気なかったのかもしれませんね」
「いや。味気ないということはなかったよ」
老人はまだ夢を見ているように、言った。
「これは素晴らしい機械だ。ただ、あまりにも思い通りになりすぎるところが多少つまらない。することがなくなって、7時間ももたないんだ」
「わかりました」
職員はそう言うと立ち上がり、老人に一礼した。
「無意識の領域を混ぜるための調整は可能です。明日はもう少しだけ、わけのわからないものも混ぜてみましょう」
老人は1人暮らしの部屋に帰ると、酒を飲んで寝た。
昼間に夢を見たので眠れないかと思いきや、普通に眠たくなった。
昼間に久しぶりに楽しい夢を見て、少し興奮していたが、すぐに眠りは意識をさらって行った。
夢の中で、早く明日にならないかなと考えていた。