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活躍

 バスに揺られながら、おにぎりを食いちぎるように食べながら、老人は憤怒の表情を浮かべていた。

 あんないい子を誘拐するとは不届き千万な野郎共だ、と考えると自然に目がかっ開き、口が強い息を吹きながらコロスコロスと動いた。

 椿は可愛いし、小鹿のように美味しそうだから、今頃ヤツラにオモチャのようにされているんではなかろうか。そう考えると今度は哀しさに居ても立ってもいられない表情に変わる。

 妄想の中で、椿が今朝着ていた黄色地に赤い花柄の入った着物を脱がされ、素肌を(あらわ)にした。すると老人の表情は怖い顔をして考え込んだように変わる。

 そのうち今朝からの流れを思い返す段になると、後悔するように目を潤ませた。


『俺のせいじゃないのか……』


 冬虫夏草の輪切りを脇下に担ぎ、ノロノロとしか歩けなかった自分の姿が思い浮かぶ。


『俺がもっと速く歩けていたら……椿が拐われる暇なんてなかったんじゃないのか』


 胸が締めつけられた。


『俺の責任だ!』


 しかもその間に魔物が赤い道を通り、町に出現している恐れもある。

 やがて見えて来る町が燃えたりしていないことを老人は祈った。



 バスは昨日と同じバス停に止まった。

 町は何も変わらず、賑やかだった。

 魔物は来なかったのだな、と老人は安心する。

 ずっと握り締めていた剣を下ろすように肩の力を抜いた。

 吃りながら運転手に「白鳥さまの使いです」と告げると、「わかっていますよ」と笑顔で返され、お金を払わずにバスを降りた。


 バス停からすぐ見えるところに交番があった。

 白鳥から預かったメモを握りしめ、入って行く。



 老人は警察が苦手だった。

 何も悪いこともしていないのに、警察の制服を着た人間を見ると挙動不審になってしまう。

 中にいた警官は穏和な顔に目つきだけが厳しかった。入って来た老人を見て笑顔を浮かべたが、目だけが笑っていない。まるで老人が隠しているものを見つけようとするように足の先から頭のてっぺんまで眺められた。


「どうしました?」


 灰色のデスクに手を組みながら聞かれ、老人はメモを見せる。


「この住所の場所へ行きたいんですが……」



 警官から聞いた場所はそう遠くなかった。

 6階建てのビルを見上げて立つと、老人は生唾を飲み込んだ。


『下見だ。下見……。どういう場所か見て、椿の安心を確認してから警察に通報しても遅くはない』

 老人は自分を納得させる。

『いや、むしろそれから通報したほうが、いい。本当にこの中にいるヤツラが悪者かどうか、まだわからん。もしそうでないなら、警官に迷惑をかけてしまう』


 暫くそこに立ったりウロウロしたりしていたが、意を決してようやくビルの玄関の扉を開けた。


『何よりまずは椿が心配だ! 警察はなんだかんだとモタモタするからな。早く行かねば。……俺が、行かねば!』


 マンガの主人公かゲームのプレイヤーキャラのごとく、拳を握り締めると天に掲げる。


 一瞬、頭を白鳥の言葉が(よぎ)った。


 ── 言っとくけど、自分で何とかしようとか思うなよ?


 その後続けて何か言ったような気がするが、忘れた。

 まぁ、いい。こんな老人相手に変なこともするまい。そう考えながら、階段を4階まで登った。



 ドアには『中村カンパニー』と看板が上がっていた。

 なんだか金貸し事務所みたいな雰囲気だ。

 老人はドアノブに手をかけて、暫く回さなかった。

 心の中でカウントダウンを始め、ゼロと同時に手に力を込めると、勢いよく向こうからドアが開いた。


 中から出て来た男は背広を着て、どこか営業に出掛けるところらしかった。自分が突き飛ばし、踊り場の壁際でひっくり返っているアキトを見ると、優しい声を出す。


「おお、すまん爺さん! どついてくれたらよかったのに……」


 パンチパーマにレスラーみたいな体型の男だった。綺麗に剃った眉が傷だらけの一重まぶたの上に乗っている。


 はひっ、はひっ、とアキトが悶えていると、男は肩を掴み、抱き起こし、背中を払い、顔を近づけて来た。


「ウチに用? カネ借りに来たんか? それとも払いに来たんか?」


「こっ……ここに女の子がいるだろう!」

 アキトは勢いに乗せて言った。


 男の顔つきが変わる。ぽかんと口が開いた。そして人懐っこい笑顔を浮かべると、背中をぽんぽんと叩いた。


「なーんや! 本人が直接来ずに、代理人寄越しよったんかいな!」


「い……いや」


「まぁ、中にお入り。社長がお話させて貰いまっさ!」


「おっ……俺は……!」


 アキトは背中を押され、事務所に入った。



 事務所に入ると怖い人達が5人、たむろすようにそこにいて、一斉にこちらを見た。


「社長! 白鳥が使い寄越しよった。話したって!」


 先程の男が奥のデスクに声を投げると、そこにいた社長らしき細身のヤクザなメガネのおじさんがそれをキャッチし、すぐに30歳代ぐらいの頭の薄い社員に投げ渡した。


「担当はお前や。行ったらんかい」


 社長の言葉を受けると社員は立ち上がり、(うやうや)しい態度でアキトに近づいて来る。


 アキトは部屋を見回した。

 どう見ても暴力団の事務所という感じで、職員は全員ヤクザポーズで仕事もせずに座っている。

 社長の後ろに観葉植物と並べてガラスの衝立が置いてあり、その向こうに部屋があるようだった。


『椿は……あそこか!?』

 アキトはガクガクと震える足を抑えながら思った。


「これはこれは。どうも」

 頭の薄い社員は近づいて来ると、傍らの応接セットを手で示し、

「あちらへどうぞ。お話、伺いましょう」


「その前に。椿はどこだ!」

 アキトは100%を超える勇気を振り絞り、言った。

「話は彼女の無事を見届けてからだ!」


 話をしに来たのではなかったし、アキトに話を進める権限などなかったが、今はそう言うしかなかった。

 すると社員はメガネをくいっと上げ、目は老人の股関あたりを見ながら、言った。


「彼女をお返しするのは契約が成立してからです」


「信用できるか!」

 アキトはドラマにありがちな台詞を言った。

「本当に生きているんだろうな? せめて声を聞かせてくれ!」


「いや、そんな。人殺しじゃないんですから。あまりにも白鳥さんの聞き分けが悪いので、お話をさせて貰うために仕方なくお連れしたまでですよ?」


「誘拐だ! どう考えても犯罪だろう!」


 社員が3人、いきなり立ち上がった。今にも殴りかかって来そうな雰囲気にアキトは頭をガードしながらビビる。


「人聞きの悪いことを言ってくれますねぇ」

 頭の薄い社員はメガネに手を当てたまま、黒い殺気のようなものを漂わせながら穏やかな口調で言った。

「椿さんはここにはいません。ちゃんとホテルをお取りして、そちらで寛いでいただいてますよ」


「なっ……なんだと!?」


 アキトはうろたえた。これでは警察に通報していたとしても、コイツらが「知らない」とすっとぼければ、証拠がないではないか。よかった。警察を連れて来ていたら面倒臭そうに舌打ちをされ、傷ついていたことだろう。俺はナイーヴなのだ。そんなことにならなくて本当によかった。

 そう思いながら、しかしこの場をどうしようかと焦った。こんな場面に出会(でく)わしたことは70年の人生でも初めてだ。いや、マンガやゲームの中ならあった。そのうちのひとつを思い出す。


 主人公の少年がヒロインを拐われ、敵のアジトに乗り込む。

 柄の悪い連中がそこにはたむろしており、いきなり襲いかかろうとした下っ端をボスが制止する。

 相手は少年の持っている神器を欲しがっていた。それを使えば世界を手中に収めることも夢ではないのだ。

 ヒロインの少女が連れて来られ、神器と交換を要求される。

 少年が神器を床に置き、後ろに下がると少女が駆け寄る。

 少年は世界よりも彼女のほうが大事だった。「じゃあ、連れて帰るぞ」と言うと、しかしボスは卑劣な高笑いを上げる。

「テメェを生きて帰すと思ったのかよォ~!」

 ボスがそう言うと十数人のチンピラ達が襲いかかって来る。

 しかし彼らはなぜか一斉には襲いかかって来なかった。律儀に1人ずつ相手になり、少年の後ろのヤツは順番待ちをするようにただ見ている。

 おまけに少年は拳法の達人だ。

 全員片付け、びっくりしているボスに詰め寄ると、ボスが謝りはじめる。

 背を向け帰ろうとすると隠し持っていた刀を振り上げ、ボスが後ろから襲いかかった。

「キヒヒー! 隙ありだー!」

 その攻撃を華麗に避け、少年の裏拳一発でボスは後ろ向きに吹っ飛び、木箱を壊して沈む。

 下っ端達がひぃ~と悲鳴を上げて逃げ出す。

「大丈夫だったか?」少年はヒロインの名を呼び、二人はいい感じに……。



 アキトは大人しく応接セットの椅子に座り、お茶を出された。


 当然だろう。自分は拳法など嗜んだことすらない。それどころか70年の人生で人を殴ったことさえ一度もないのだ。


「それではですね」

 社員はテーブルに書類を置くと、言った。

「こちらに印鑑を頂けますか」


「な、何の書類だ?」


「勿論土地の権利の譲渡及び立ち退きの承諾を頂くための書類ですよ。これさえあればウチのほうで土地の名義変更手続きをさせて頂くことが出来ます」


「そんな……! あの土地は……!」


「売買契約としたいのはやまやまなのですが、何しろ白鳥さんはお金を受け取らないでしょう?」


「タダで奪う気か!」


「また人聞きの悪いことを」

 社員のメガネの奥の目が脅すように睨む。

「仕方がないでしょう。そっちが素直に立ち退かないのが悪いんだ」


「な、なぜあの場所を欲しがるんだ! 遊園地なんか他に人が住んでない場所を見つけて作ればいいじゃないか!」


 社員は大きく舌打ちをした。


「いいから印鑑押せや。白鳥から預かって来てんだろ?」


「そそそそんなものはないっ!」


「ハァ? んじゃ何しに来たんだジジイ!」


「だだだ大体! 魔物はどうするんだ!? あそこを白鳥が守っているからこそ町の安全が保たれているんだろう!?」


「社長ォー!」

 社員が大声を上げた。

「このジジイ、話になりやせんぜ。無理やり指紋取って、サインさせて……。それでいいですかい?」


 社長は傍にあった日本刀を手に取ると、立ち上がった。

「権利があんのは白鳥だ。そんなジジイのサインなんかに効力はねぇ。ふざけやがって! そのジジイ痛めつけて吊し上げて白鳥に写真を突きつけろ!」


「ぃよーし、爺さん」

 チンピラのごとき社員達が次々と立ち上がる。

「死なん程度に痛い目に遭って貰おか~」

「老人の指折んのは気が進まんの~」


 アキトは逃げ出そうとした。しかし入口のドアはチンピラで塞がれた。


『こっ……! ここはVR空間の筈だ!』

 アキトはその可能性にすがった。

『俺の思い通りになる……俺の夢を利用したVR空間なんだ!』


 椿に言われた言葉が脳裏に甦る。


 ── 昇天拳が本当に使えたら、私よりアキトのほうが強いと思う


 アキトはそのコマンドを思い出しながら、一歩前に踏み出し、屈み込み、腕を斜め下から構えながら、叫んだ。


「昇天拳!」


 目の前の光景がかき消されるように歪んだ。




 頭の薄い社員は大きく溜め息を()くと、呟いた。

「やっぱりこうなるのかよ……」


 目の前には銀色の棺桶のような、夢を利用したVRマシン『ドリームクエスト』。その扉が開き、中の老人は死んだように眠っている。

 モニター開始から7時間はとうに過ぎていた。意識は戻って来ない。揺すっても、耳元で大きな音を鳴らしても、無反応だった。


「この爺さんの注文が(うるさ)すぎるから悪かったんだ」

 社員は上司に何と報告しようか考えるようにウロウロと歩き回りながら、呟いた。

「一回目の実験で成功だったんだよ。夢が思い通りになりすぎるならいいことじゃないか。商品化はやはり無意識の深いところはブロックして、他愛のない夢を見られるレベルにとどめよう」


 老人の顔を窺う。悪夢を見ているのか、その表情は苦しそうだ。


「この表情……。普遍無意識まで潜るとやっぱり思い通りにならなくて、怖い夢を見ているんだな」


 すると老人が突然、咳をするような声で言った。

「昇天拳!」


 社員がびくりと身を縮める。

 しかしそれきり老人はまた黙り、深い無意識の中から戻って来る様子はなかった。



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