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食卓

「ご飯が出来たの。おじいさんも一緒にどうぞ」


 椿(つばき)にそう言われ、老人は嬉しくなった。

 そう言えばいつからだったか忘れるぐらい何も食べていない。


「立てるかい?」

 白鳥(はくちょう)が手を貸してくれたが、必要なかった。

 身体の元気さに自信はなかったが、立ち上がろうとすると何処にも掴まる必要もなく、軽々と立ち上がることが出来た。

 まるで30歳ぐらい若返った気分だった。



 老人は70歳になっても好きな食べ物は鶏の唐揚げ、ハンバーグ、焼き肉だった。

 しかし目の前に並べられた椿の料理は馴染みのないものばかりだ。

 すまし汁の具にはつくしのようなものが可愛く浮いている。

 あとは茶色い小さな松ぼっくりを煮たようなものと、緑色の何かの茎、そして菜っ葉の漬物と麦飯だ。


『に……、肉がない……』

 老人はあからさまに不満を表情に出した。

『鶏も、豚も、牛もいない……』


「遠慮なく食べてくれよ」

 白鳥が言った。


「粗末なものですけど」

 椿は手を合わせると、一足先に箸を動かしはじめた。


 白とピンクの浴衣の(まく)った(そで)を揺らして楽しそうに食べる椿につられ、老人は目の前の塗り箸を取った。

「いただきます……」


 汁椀を持ち上げる。


『ど、どう見てもこれ……つくしだよな?』

 春になると空き地に顔を覗かせる、あのつくしんぼだった。

 小さいのがあのまんまの姿ですまし汁の中に浮いている。

 老人は虫の浮いた汁を飲むぐらいの勇気を出してそれを啜った。


「う……まっ!」

 声が出た。


 箸でつくしを挟み、口の中へ入れる。

 苦味がまずやって来た。嫌じゃない苦味だ。

 それはむしろ奥にある甘味を引き立てる。

 食感も筋っぽさを適度に残しながらぷにぷにと柔らかく、汁の塩分が適度に染みて春の爽やかな風が口の中に吹いたようだった。


「これは?」


 老人が松ぼっくりのような(かたまり)を指して聞くと、椿が嬉しそうに答えた。


「ふきのとうを甘辛く煮込んだやつです」


 それはさらに苦味が強かった。まるで強烈な味を含んだブロッコリーだ。それを中和するように甘辛い味付けが施してある。

 これが麦飯によく合った。

 老人は夢中で口の中に掻き込むと、共に食卓を囲む兄妹に笑顔を見せた。


「お口に合ったのね。よかった!」

 椿が正座をしたまま、嬉しそうに少し跳ねた。



「ごちそうさまでした」

 老人は手を合わせてそう言い、箸を置くと深呼吸するように目を閉じた。

「美味しかった。……こんなにご飯を美味しいと感じたのは何十年振りだろう」


 椿がまだ食べている手を止め、心から幸せそうな笑顔で老人を見る。


「いい食べっぷりだな、爺さん」

 白鳥が冷やかす。

「死にかけてたとは思えねー」


「あ。本当に……」

 (くつろ)ぎすぎていた老人は思わず恐縮する。

「助けていただいて……食事までご馳走になって、何とお礼を言っていいか……」


「いらねーよ」

 白鳥が顔の前で手を振る。


「何かお礼がしたい。……何をしたらいいかな?」


「爺さん働かそうとか思わねーよ」

 白鳥は茶の入った湯呑みを手に取りながら、笑った。

「まぁ、俺ら基本的に暇だから、話相手になってくれりゃ嬉しいけどな」


「話……か」

 老人は自信なさげに考え込んだ。

「俺、話題に相当偏りあるからなぁ……」


「どんなことに詳しいの?」

 椿が興味津々に、ご飯でほっぺたを膨らませた顔で聞いて来た。


「その……。ゲームとか……」


 通じるだろうか。

 ちょっと見渡しただけで、ここにTVゲームやマンガ、アニメのDVDなんて物がないのはすぐにわかった。

 パソコンはおろか、TVもない。

 しかし椿はすぐに言った。


「あ! 私もスト2とか好きだよ」


「本当に!?」


 信じられなかった。自然と共に暮らしているようにしか見えない彼女の口からゲームソフトの名前が、しかも50年以上も前に発売されたゲームの名前が出るとは。


「ここにはゲーム機も何もないけど、町に行けばあるよ。今度また一緒に対戦しよう」


 椿がそう言うと、続いて白鳥が声を優しくして言った。


「ずっとここにいていいぜ、爺さん。ずっと、な」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 夢の中な感じがとてもリアル。 変な表現ですが。
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