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夢の中へ

 親愛なるヤーヤにこの作品を捧げます。


 親愛的雅雅

 

 恭賀新婚!

 因為我沒有給你什麼祝賀的禮物,作為補償的話,那就把這部作品獻給你吧。


 岩の上に腰掛け、老人は月を見上げた。白い月の中に若かった頃の思い出が絵のように浮かぶ。


 ── 色々あったなぁ……。

 

 ── 不可抗力で、風呂場から出て来たバスタオル姿の綾波をベッドに押し倒してしまったっけなぁ……。

  あの時綾波は抵抗しなかったが、何を考えていたのだろうな……。


 ── 蛇の国の女王に見初められたこともあったな。美しい女だった……。

  俺は海賊王になることしか頭になくて……。


 ── 母さんが寄生生物に襲われた時、助けてやれなかった……。加奈の時も…。

  あれは本当に悔いが残る。俺もミギーもどうすることも出来なかった……。



 ── ああ、思えば俺の人生の思い出は……マンガばっかりじゃねぇか…!



 がっくりと岩に手をついて項垂れ、再び見上げると月が少しぼやけた。リアルにはろくな思い出がなく、思い返せば懐かしいと思えるものはマンガやアニメの記憶ばかりだった。


 最近、アルツハイマーの兆候があると健康診断で医者に言われた。その治療はまったくしていない。お金がないのだ。


 まんが本やグッズに限らず、インターネットで欲しいものを見つけるとすぐにポチってしまう癖はこの歳になっても抜けなかった。

 年金はほとんどなく、今でも派遣社員をやっている。手が遅く仕事の飲み込みも遅いのであまり仕事は回して貰えず、ありつけても現場で邪魔がられてばかりいた。

 何か事業でも起こしておけばよかったと思う。まんがとアニメとラノベとゲームに(うつつ)を抜かし、仕事などどうでもいいと思って生きて来た。


 ── いつの間に2050年になったのだ。

  いつの間にそんなに時間が経った……。


 老人はざぶりと湯の音を立て、危なっかしい足取りで露天風呂を出た。

 脱衣場へ向かう時に鏡を見る。自分ではまだ若者のつもりだったが、そこに映るのは醜くしぼんだ老人の姿だった。


 ── 70歳になるのか……。俺が!?



 老人は健康ランドを後にすると、歩道を歩いた。

 歩いていると、隣におかっぱ頭の少女が出現する。

 手を繋ぎ、家までの道を歩く。

「もう……車も運転できんようになってしもうた」

 自らを嘲るように老人はひとりごちる。

 隣の少女はすべてを受け容れる微笑みで彼を見つめた。

陽翔(アキト)のそんなところ、好きだよっ」

 キツネ目を優しく笑わせ、少女はそう言った。

「ありがとう、春子」

 老人は口をモゴモゴと動かした。


 少女と初めて出会ったのは確か54年前だ。

 春子──

 その古風な名前と現代っ子らしさのアンバランスを老人は愛していた。

 彼女はこれほどの年月が経ったというのに、女子学生のままだ。

 永遠の少女、永遠の恋人。


 繋いだ手は離すまでもく、アパートに着く頃、春子は消えていた。



 夜、アパートの部屋で一人で寝ていて老人は飛び起きた。

 夢の中に春子が出て来た。しかしその顔が、うまく描けなかったのだ。

 キツネ顔の女の子が好きなのは若い頃と変わらない。だから今でもキツネ顔な筈だ。

 しかし描こうとするその顔にジッターノイズがかかり、どうしても定着しない。今時のアイドルのようになったり、懐かしのAKB48メンバー風になったり、繰り返す。


 昔の春子の顔が思い出せない。

 彼女が俺の中に生まれた時、元々はどんな顔だった?

 それだけのことで老人は気が狂いそうになり、アパートを飛び出すと近所を駆け回った。


 ── 俺の人生は何もないまま終わるのか?

 ── 春子の顔も思い出せないまま?


 息を切らしながら部屋に戻ると、老人は逃げるようにインターネットを開いた。

 動画サイトで40年前の懐かしアニメを見て気を落ち着けようとする。この頃からもう40年も経ってしまったのかという思いが逆に鬱を加速させた。


 まんがとアニメとラノベとゲームさえあれば生きて行けると思っていた。しかしこの歳になってすべてのパターンに飽きてしまい、心からは楽しめなくなっていた。


 逃げ場がない。

 どこかに逃げ場はないか。

 自分の心に押し潰されそうだ。


 その時、メールが入っていることに気づいた。

 派遣会社からだ。



『1名募集 新型睡眠装置モニター


 高給、日払い、住み込み可


 空しい人生から逃避して夢の中で生きることを目的としたまったく新しい機械のモニターとなっていただく仕事です。

 生命及び精神に関わる危険性のあることを了承していただける方のみご応募願います』




 それはどう見ても棺桶(かんおけ)だった。

 色はウルトラマンのようなシルバーで、蓋は流線型にデザインされてはいる。しかしその蓋を開いて中へ入り、手を腹のところで組んだユーザーの姿を想像すると、棺桶としか言いようがなかった。


「これが当社で開発中の『ドリーム・クエスト』です」

 30歳代後半ぐらいの黒縁眼鏡をかけた頭髪の薄い社員が説明をする。

「派遣の方にはこのマシンを10日間モニターとして使用して頂き、お身体や脳波のデータを取らせて頂きます。また、何か気になる点があればご遠慮なく感想をお聞かせください」


『デザインをまず変えろ』と後で言おうと決める。


「カテゴリーとしてはVRマシンになりますが、既存のそれらとまったく違う点として、ソフトウェアにはコンピュータープログラムで作られたものではなく、ユーザーの睡眠時の『夢』を利用します」


「つまり」

 老人は言った。

「これに入って、夢を見れば、それがヴァーチャルリアリティーになるということですね?」


「簡単に言えばそうですが」

 社員は言った。

「普通に眠って普通に夢を見るなら、それはただの酔っ払いの意識のようなものです。自分の思い通りにはならないし、目が覚めれば忘れてしまう」


「それとは違うのですか」


「この『ドリーム・クエスト』の売りは、自分の見たい夢が見られることです。それでいながらユーザーが思いもしなかったような驚きも提供します。何といっても夢の中でも意識がしっかりしている点が最大の売りですね。夢の中の出来事は、現実での出来事と何ら変わらない。登場する物や人に触ればちゃんと感触もあります。苦痛を感じると強制的に目が覚める安全機能も搭載しています」


 それは夢のようなマシンだ、と老人は顔を輝かせる。それこそ自分の求めていた『逃げ場』だ。

 しかもお金を払ってそれを体験するのではなく、お金が貰えてしまうのだ、それも高額な。

「是非やらせて下さい!」と前へ進み出た。


「その前に同意書にサインをして頂きます」


 老人は差し出された同意書を見る。

 生命に危険がある可能性、精神に及ぼすかもしれない危険について30の項目について書かれていた。

 迷わずろくに読みもせずにすべての項目にチェックを入れて行く。

 どうせ嫁もいない。両親ももういない。兄弟はいるが、何年も会っていない。

 自分が死ぬことで迷惑のかかる人間などいないように思った。



 棺桶に似たベッドに身を横たえた老人を見下ろしながら、社員が言った。

「将来的には冷凍睡眠(コールドスリープ)との技術併用を考えていますが、現段階ではまだ技術的に不可能です。マシンの中であなたの身体には普通に時間は流れます。何か異常がありましたら右手脇のこのボタンを押してくださいね。蓋が開き、同時に私どもに連絡が届きますので。蓋を閉めるのもそのボタンで、ご自身で操作して下さい」


「わかりました」


「好きな夢を見られます。お好きな夢を見て下さい。どんな夢をあなたが見たのかを我々が知ることは出来ませんので」


「わかりました」


「タイマーを7時間にセットします。それでは行ってらっしゃい」


 老人が右手脇のボタンを押すと、ゆっくりと蓋が閉まり、機械の中に流れる何かの気体の効果か、あっという間に眠りに落ちた。



 意識はすぐに夢の中へと切り替わった。


 牧場がすぐ近くに見える。

 どうやらどこかの高原らしい。

 空は爽やかに晴れている。

 総天然色どころかもっと自然に景色はぼやけていて、綺麗な色もあれば汚い色もちゃんとあった。

 気持ちのいい風が吹き、老人の頬をくすぐった。


陽翔(アキト)、来たのね?」

 ふいに背後からそんな声がした。


 振り返るとそこに麦藁帽子が飛ばないように手で押さえながら、こちらを見て微笑みながら、白いワンピース姿の春子が立っている。


「春子!」

 陽翔(アキト)は声を上げたが、動けなかった。感動で足が地面に刺さってしまったかのように。


 春子はゆっくりと近づいて来た。牧場のほうを見ながら。自分にはそんなに興味はないというフリをしながら。

 まさに老人の理想通りの少女だった。


 夢の中に初めて産まれた頃の彼女とは違っているだろうが、今現在の老人の理想の彼女とまったく同じ容姿をしていた。


「ねぇ、牛に乗りたいな」

 春子が言った。


「乗ろうか」

 老人が呼ぶと、すぐに目の前に、背中に座席を付けたホルスタイン牛が現れた。


 老人が先に乗り、手を差し伸べると春子がその手を取った。

 柔らかく、ひんやりと冷たく、握り心地の夢のように良い手だった。


 二人はホルスタイン牛に乗り、牧場を歩いて回った。

 暑くもなく、寒くもなかった。

 春子が後ろから自分に手を回し、掴まっているというだけで老人は日常の苦しみを忘れた。


 いつまでもこの感触を味わっていたかった。




 

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