番外編〈企画参加〉:窓辺
このお話は、綺想編纂館(朧)様が主催の「Novelber」よりお題を頂いて書いたものです。
※本編より少し時間が経過した頃のお話です。
「……宮原先輩って、いつも窓の外見てるよね」
自分の席に座り、教室から廊下を眺めて呟く楓ちゃん。視線の先には、立ったままぼーっと外を眺める宮原先輩がいた。容姿端麗なためその姿だけでも様になる。
「なんかさ、こう、この世の者とは思えない何かがあるよね、そう思わない?」
「宮原先輩、に?」
「イエスイエース!そうよ、その通り。」
首を傾げて考える。
綺麗だなあとは思うけれど……。
改めて廊下の様子を見てみると、確かに皆どこか宮原先輩を遠巻きにしている気がする。雰囲気に圧倒されるのだろうか。
そんなことを思っていると、楓ちゃんはバンッ!!と机を大袈裟に叩き勢いよく立ち上がった。そして天を仰ぎゆっくりと回りながら、まるでミュージカルをしているかのように話し出す。
「そう、彼女は空から舞い降りたエンジェル!雲の上を散歩している途中で悪魔に襲われ、地上に落ちてしまったのだぁ!」
「……か、楓ちゃん……?」
「落ちた衝撃で翼が折れ、天使の輪を失った彼女……。天界にいる病弱な弟が心配で早く帰りたい!……そんな想いとは反対に、彼女は人間界で暮らすこととなった」
ああっ……!およよよよ……!わざとらしく崩れ落ち、首を横に振りながら泣く(フリをする)楓ちゃん。シンデレラが義姉達に虐められて泣いているみたいだ。とりあえず恥ずかしいからやめて欲しい。
「ああ、私は一体全体いつ帰れるの……!?そんな溢れる想いを隠し、彼女は今日も空を見上げるのであったーーーー。お父さん、お母さん、私の可愛い弟……。私、今日も元気に生きています。皆は、元気にやっていますか……?」
窓枠に手をかけ、宮原先輩と同じポーズで外を見つめる楓ちゃん。丁度爽やかな風が吹き、ふわっと髪の毛が揺れた。
私はそれを眺めていると、楓ちゃんがちょいちょい、と指を自分の方へ曲げた。あっ、と私は思い出し、直ぐに勿体ないほどの拍手を送る。すると楓ちゃんは満足気な顔でルンルンと効果音がつきそうな様子で戻ってきた。
「ーーーーと、まあ、そんな訳よ」
「絶対違うと思う」
「絶対とまでは言わなくて良くない!?もしかしたら〜があるかもでしょう?由梨は分かってないなあ〜」
チッチッチッ、と楓ちゃんは人差し指を振りウインクをする。
そんな事言われてもなあ……。
他愛ないやり取りをしていると、昼休み終了のチャイムがなった。楓ちゃんがじゃあまた、といい軽く手を振りながら自分の席へと戻っていく。彼女を見送った後もう一度廊下を見ると、宮原先輩はいなくなっていた。
教室に戻っちゃったのかな、そんなことを思った、ところまではよかった。
ここからがある意味大変だった。
「ねえ由梨、あそこ」
「え?」
外での体育のときだった。肌寒さを我慢して楓ちゃんと準備体操をしている時、突然楓ちゃんが話しかけてきた。
「あそこ、宮原先輩。また外見てる」
「あ、本当だ……」
楓ちゃんが指を差した先には窓側の席なのだろう、宮原先輩がいた。授業中にも関わらず外を見てふけている。
仮にも風紀委員長なのに……。
「あ、見て。多分先生から当てられたよ」
外を眺めるのをやめ、正面を向き立ち上がる宮原先輩。
「怒られるのかな。宮原先輩の説教される姿とか超レアじゃない!?Sが5個くらいつきそう……!いや、もっとかな。30個くらいいっちゃう!?」
悪代官のような表情を浮かべクククと笑う楓ちゃん。わっるいなあとは思いつつも、そうなる気持ちも分からなくはない。何に対しても完璧な宮原先輩の失敗する姿、ちょっと見てみたい。
「……あっ」
しかし私たちの思いとは裏腹に、宮原先輩は直ぐに座ってしまった。きっと質問にサラッと答えたのだろう。再び外を眺める宮原先輩の表情に余裕を感じられた。
「ひゃーっ、流石優等生!やっぱりそう簡単に失敗する姿は見られないかあ〜!」
そうだね、楓ちゃんに返そうとした瞬間……。
ーーーーバチッ
宮原先輩目が合った。
「あれ?宮原先輩、こっちみてない?」
「あ、え、いや、違うかもーーーー」
な、に、し、て、る、の
「ーーーーッッ!!」
確実に見ている。こっちを、私を見ている。そして、どういう訳だろう、宮原先輩の表情すらもはっきりと見えないのに、何してるのとまるで耳元で囁かれたかのように聞こえた。
思わず耳を抑える。
「ねえ絶対これこっち見てるよ。手振ってみようよ!おーい!せんぱーーい!!」
ピョンピョン飛び跳ねながら腕いっぱいに振る楓ちゃんを見て、ヒラヒラと小さく振り返す宮原先輩。
「今の見た!?振り返してくれたよ!由梨も振ろうよ、おーい!」
「ね、ねえもう戻ろ、先生戻ってきちゃうよ、見つかっちゃうよ?」
「あっ……、確かに……。私たちの方が怒られちゃう」
口に手を当て青ざめる楓ちゃん。準備体操終わり!と叫び私の手を引く。私は引かれる手に逆らうことなく駆けていった。
教室からの視線を浴びながら。
それから、どうしたことか、どこに居てもどこを見ても宮原先輩を見つける。大抵宮原先輩は外を眺めているので見つかる前に逃げるのだが、見つかった時は大変。また私の事見てたの?とか、慌ててる姿可愛いとか言ってきて、もう……もう……。
「心臓が持たない……」
机に突っ伏す。姿勢正しく座る体力さえない。
「大丈夫?死んじゃう?」
「死んじゃうかも……」
「マジかっ」
おぉ〜、よしよし、嘆きながら私の頭を撫でる楓ちゃん。しかし私の頭はぐちゃぐちゃになるばかりで、全然気持ちが入っていないため逆効果である。
「……もしかして、由梨のことを探してたりしてね」
黙り込む私に一言、楓ちゃんは言った。
「…………えっ、な、そんなわけないよっ!」
「そんなのわかんないでしょ〜?由梨は確実に、絶対無いって言い切れる?0,1パーセントも無いの?」
「うぐっ、それは……ちょっと……言い切れないけど……」
「でっしょお〜〜〜!聞いてみなよ!今日委員会ある日でしょ?」
「あ、あるけど……」
「じゃあ決定だね!明日、報告楽しみにしてるから」
やけに報告の部分を強調して言うと、楓ちゃんは瞬く間に準備をして帰ってしまった。残ったのはボサボサの頭に塞がらない口。
台風みたいだ……。
呆然としたままゆっくりと鞄に教科書を詰める。ふつふつと怒りが湧いてきた。
なんか上手く乗せられてない……?
今更気づく自分に落胆し、腑に落ちないまま私は委員会に向かった。
教室につくと、そこには花の香り。
宮原先輩だ……。
締まる胸を押さえ、ごくり、唾を飲んだ。
「み、宮原先輩……?」
ふわり揺れるカーテンの奥に、見覚えのある黒髪が覗く。私は足音を立てないよう慎重に近づいた。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッーーーー
ああ、もう、うるさいなあ……!
荒れる呼吸を落ち着かせ、私はカーテンを捲った。
「…………先輩……」
そこには、規則正しい寝息を奏でる宮原先輩。日光が髪の毛、頬、制服に降り注ぎ、天使のように輝いていた。
「どうやったら、そんなところで寝れるんですか……」
宮原先輩の頬を包む。ほんのりと温かい。
「ね、ねえ……、先輩……」
顔を近づける。お互いの吐息が混ざった。瞳を閉じる。
「先輩がいつも外を見てるのは、私のことを探してるから……?」
お互いの額を行き来する熱をしばらく感じ、ゆっくりと瞳を開けた。
「…………えっ」
そこには、長い睫毛に、切れ長な瞳に、…………え?
「寝ているところを襲うなんて、由梨は悪い子ね」
バッと勢いよく手をあげ宮原先輩から離れる。
「わ、わたっ、わあわあしっ、お、おおお襲ってなんか……!!」
「そうなの?キスされるのかと思ってドキドキしたんだけど、違うんだ」
「キ!?」
思考回路停止。顔から湯気が出てるくらいに熱い。
い、いつから起きてたの……!?
地べたに座り、頬に手を当て素早く冷やす。
ぐるぐるぐるぐる、色んなことを考えすぎて目眩がする。
「ねえ」
いつの間に移動したのだろう。宮原先輩は私の前にしゃがみ、耳に髪をかけながらこちらを見ている。
「さっきの言葉のことなんだけど」
「あ、ああああれは忘れてください!」
「どうして?」
首を傾げる。
「あながち、間違いじゃないかもよ?」
「…………え」
それだけ言うと、宮原先輩は立ち上がり、扉の方へ歩いていく。私は急いで問いかけた。
「じゃあ、いつも目が合うのってーーーー」
「さあ?」
振り返り、口角を上げる宮原先輩。
「どうだろうね?」
その姿はまるで、悪戯っ子のようだった。