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ナズナ  作者: 雲空
8/9

6話

「今週中には提出するように。じゃあ、解散」

「きりーつ、れーい」


机の上にある紙から目を離さないまま立ち上がる。


「さよーならー」


そのまま私は立ち尽くした。


「由梨どした?」

「楓ちゃん……」


バッグを持ち、私の席へと近づいてくる。


「ごめんね、すぐ帰る準備するね」

「いや、別に焦らなくて大丈夫なんだけど……。それよりも!何にぼーっとしてたのさ」

「あ、いや……、えっと……」


サッと紙をノートの下に隠す。しかし、楓ちゃんは目を光らせ私の手を素早く掴み、ヒョイと、いとも簡単に紙を奪ってしまった。


「ああなんだ、これかあ〜。こんなの簡単よ、風紀委員会って書けばいいのよ」


ふふん、と得意げに話す。


「で、でも、私……」

「むーー、由梨は私と絶交したいんだ?」


ヒラヒラ紙を靡かせて、楓ちゃんは席から離れていく。


「ち、違うよ!」

「何も違くないわよ。だって入りたくないんでしょ」


拗ねた口ぶり。足音は止まらないままだ。


「……楓ちゃんは、さ、なんでそんなに」


なんでそんなに。



「私を風紀委員会に入れようとするの?」



すると楓ちゃんは足を止めて振り返った。瞳が少し鋭い。思わず身震いをする。


「ひ、と、ぎ、き、が、悪いですなあ〜〜!!」


大股でずんずんと近づき、私の顔の目の前に人差し指を突きつける。


「由梨が"私は風紀委員会に入るー!"って高らかに宣言したんじゃないかあ!」

「で、でも、それとこれとは状況が……!」

「事実を知っても、宮原先輩に対する想いは変わらないんでしょう?なら答えはひとつじゃない」

「…………」

「んんもぉーーー。由梨のなーんでもかんでもふっかーーく考えちゃうところ、いいところでもあるけど、悪いところでもあるよ。今は後者ね、わかってる?」

「………………」


黙り込む。


黙り込むのは好きだった。黙り込むとみんなが諦めてくれるから。簡単で、楽で、だから好きで、小さい頃からよくやっていた。


誰も責めなかった。


"ああ、貴方はそういう子なのね"


そういう視線を投げつけて、もう二度と私の元へは来なくなった。


「はあ……」


彼女のため息に首を締められる。

酸素が薄くて、薄くて、苦しかった。


「全く……、由梨は手がかかるなあ〜〜」


私の筆入れから鉛筆を取り、紙に文字を書いていく。



楓ちゃんは最初からこうだったなあ。



子供を見るような温かい眼差しに酷く安心する。


待ってくれるのも、怒ってくれるのも、手助けしてくれるのも、私の意見を尊重してくれるのも、たったひとり……、楓ちゃんだけだった。


「はい、これ!」


私の目の前に出された紙の第一希望の欄には、鉛筆で"風紀委員会"と書かれていた。


「これは私のありがたーーーい後押しね!ペンで清書するのは由梨、貴方がするのよ。……いい?」

「…………」


楓ちゃんから紙を受け取る。たった一枚の紙なのに、凄く重かった。


「嫌だったら消せばいいから」

「…………ない」

「………………え?」

「絶対、消さない」

「……!」


楓ちゃんは私の頬を両手でがっしり掴み、親指で強く私の目を擦った。


「なら早く笑顔の練習しな!そんな顔だと門前払いだぞ!」


私は急いで瞳に溜まった涙を拭うと、楓ちゃんが教科書を入れ終わった私のバッグを渡してきた。


「ゴー!!」


楓ちゃんの掛け声と共に走り出す。無我夢中だった。


なんでこんなに、私、必死なんだろう。

答えはわからない。だけど一一一一。



『私がレズビアンだと言ったら、どうする?』


『…………なにも、しないです』


『…………そう……』



あの時の、先輩の顔が頭から離れなくて。


「せんぱっ……!!」

「……えっ」


扉を開けると、風紀委員長の席に座って外を見ていた宮原先輩がいた。


「……新入生が入った活動は来週からよ」

「し、知ってます」

「じゃあ忘れ物かしら。生憎、そういうものは見当たらないけれど」

「違います。……先輩、こ、これ……、見てください」

「……え、貴方、これって……」


急いで筆箱からペンを取りだし、紙に書いていく。


風、紀ーーーー。


一画一画、丁寧に、楓ちゃんの文字の上に書いていく。少し小さい自分の字で。


「…………っ、はあっ」


書き終わると同時に息を吐いた。

目の前には、いつもより少し大きく書いた風紀委員会の文字。達成感があった。


楓ちゃん……。


「先輩!」

「!!」


宮原先輩の前へと駆け、両手で紙を持ち頭を下げ、宮原先輩へ差し出した。

床へと滴る液体が、汗なのか涙なのかもう分からなかった。


「私、私ーーーー」


それくらいこの出来事は私にとって重大事件で。



「私、風紀委員会に入りたいです」



私は人生で初めて、私のしたいことを、私自身で、最後までやり通したんだ。

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