5話:楓視点
「え、宮原先輩がレんううん〜〜!!」
「楓ちゃん!!」
由梨が素早く私の口を塞ぐ。二人の声は中庭中に響き、視線を集める。一瞬の静寂。由梨が手を離すと同時に元に戻る。
由梨は怒っていた。
「・・・・・・誰にも秘密って言ったのになんで大きい声出すの」
「ご、ごめんっ!だって、あまりにも予想外だったからさ」
「だっ、だからってやっていい事と悪い事があるでしょ!」
「分かってる、分かってるよ。ごめんって・・・・・・。由梨、どうしたの?そんな感情的になるなんてさ、珍しいじゃんか」
すると由梨は座り直し、顔をふせた。地面の草のそのまた下、土よりも深い、深い奥底を見ているようで、少し怖かった。
「楓ちゃんってさ、誰にも言えない秘密って、ある?」
「え、誰にも言えない?うーん・・・・・・、言いたくないはあるけど、言えないは無い、かな〜。由梨はあ――――」「私はある、の」
どこを見ているのだろう。由梨の顔を見ても、由梨の感情はわからない。
「あるの・・・・・・。ごめん、ね・・・・・・」
「う、ううんっ!謝ることじゃあないよ。誰にだって、隠し事のひとつやふたつ!あるものでしょう?」
笑って言ってみる。しかし、由梨はこっちを見ない。時々由梨はこういう瞳をする。ハイライトが無い悲しい瞳。
"どうしたの?"
"なんでそんな顔をしているの?"
そう聞く勇気が私には無かった。
「わからないの」
「・・・・・・・・・・・・え?」
顔を上げる。涙ぐんだ由梨の瞳に、私が映っていた。
「私、わからないの。全然、何もわからない」
「どうしたの、何がわからないの?」
「どうしてそんなに、どうして、なんでみんな・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・なんで、そんなに・・・・・・」
「由梨・・・・・・」
開いた口はゆっくりと閉じた。意外にも私は、その口がもう一度開くことを望まなかった。
――――サァッ
草が揺れる。
「風、きもちいーね」
「・・・・・・うん」
「ティッシュは?」
「・・・・・・無い」
「ほら、これ使いぃ〜」
「・・・・・・ごめんなさ」
「ありがとう、でしょ」
「あ、ごめっ」
「ほらまた〜!こりゃ特訓が必要ですな」
「・・・・・・ありがとう」
ズビズビ、ブー!
この音を聞くのは何回目だろう。
泣き虫ゆーり
こっそり悪口を言ってみる。
「宮原先輩のこと、気持ち悪いって思う?」
「え」
「・・・・・・気持ち悪いよね」
「楓ちゃん・・・・・・?」
「だって、男性が恋愛対象じゃないってことでしょ?私たちが恋愛対象になるってことでしょ?変だよね、変だよ。意味わかんなくない?だって――――」
「楓ちゃん!!」
「・・・・・・・・・・・・やめて・・・・・・」
・・・・・・痛い。
「・・・・・・そんなこと、いわないで・・・・・・」
痛いよ、由梨。
掴まれた肩が熱い。
何よ、あんたそんな顔出来るの?
「嘘よ」
由梨の手を払う。
「ウソウソ。ぜーんぶ嘘!」
「え・・・・・・?」
「気持ち悪いなんて、思ってないわよ」
「よ、よかったぁ・・・・・・」
力が抜け、由梨は胸を撫で下ろした。
宮原、さくら先輩・・・・・・か。
「・・・・・・風紀委員、絶対入りなよ」
「楓ちゃん・・・・・・?」
「入らないと絶交だから」
立ち上がりスカートについた砂を払う。
紺色の生地がふわりと揺れた。
「楓ちゃん」
振り返らない。
スカートはまだ揺れている。
「ありがとう」
何よ、もう。
パンッ!!
わざと大きい音を出す。太ももに痛みがじんわりと広がる。
「特訓の必要、無かったか〜」
由梨は鼻を真っ赤にして笑っていた。
ティッシュ、また買っとかなきゃなあ。
そんなことを思った。