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ナズナ  作者: 雲空
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2話

「ねえ、本当に風紀委員会に入るの?」


私の机の前にしゃがみこみ、上目遣いをして聞いてくる楓。いつもとは違う甘い声を出していてとても可愛い。私には無い、可愛さ。


「本当に本当?」

「えっと…、なんで?」


楓は顔を伏せた。少しすると顔を上げて、私の目の奥を見つめる。私の体を乗っ取るかのようだった。瞬きひとつしない楓につられ、私も視線を外さなかった。外すことを許されない気がした。楓は真剣な話をするときはいつもこの顔をする。だから、私も毎回それに応えてきた。


「由梨には凄く、申し訳ないんだけどさ」

「うん」

「でも、本当に勘違いしないで欲しいんだけど、私は由梨のことが心配で」

「うん、分かってるよ。楓ちゃんは、いつも、私のことを思ってくれてるから。だから、私は楓ちゃんのことが、大好きなの」

「……」


机の上に乗っている楓の拳の上に手を重ねた。握りしめられた拳は、ゆっくりと解れていく。


「宮原先輩、ね、いい噂がないの」

「…え?」

「風紀委員会、三年生がいないじゃない?なんでかなって思って聞いてみたら、宮原先輩が入って少ししたら、一気に辞めちゃったんだって」

「………」

「表ではいい顔して裏ではいじめとかしてるんじゃないかって噂もあるの。…ねえ、本当に入るの?いじめられちゃうかもしれないんだよ?」


楓は顔を伏せた。私の手を下から握り、両手で包み込む。少し汗ばんでいた。


「ごめん、私、凄い嫌な奴だね。陰で人の悪口なんか言って、由梨を宮原先輩から遠ざけようとしてる」

「違う、違うよ楓ちゃん。楓ちゃんは、私のことを、心配してくれてる」


鼻をすする音が、周りの音に掻き消される。しかし私の耳には鮮明に届き、私はそれを消してはいけないと思った。


「楓ちゃんだけだよ、こんなに、私のことを心配してくれるの。だから、大好きなの」


楓の柔らかな髪を撫でる。ふわふわして、子供のよう。ゆっくり顔を上に向けさせると、涙や鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった。


「ふふ…、んふ、ふっ…」

「なっ、やだっ、もー見ないでっ!」

「あっ、ごめんね、悪気はなくてねっ」

「そんなの分かってるよ、だから余計にタチが悪いんじゃない!もー、馬鹿馬鹿!」

「きゃっ!くすぐったっ、か、楓ちゃ、やっ…ふふ、あはっ」

「くらえっ、このこの!」

「やっ、やめ、ふぃぃ…!」


机を乗り越え脇をくすぐる楓。クラスのみんなが私達の方を見ている気がした。どう見ているのだろう。アイツら仲いいな、とか思っているのだろうか。


良くないよ。


仲なんて、良くないよ。


楓ちゃんが、優しいだけなの。


楓はくすぐるのをやめ、私の顔を見つめた。そして、勢いよく抱きしめた。強く、きつく、抱きしめた。


「何かあったら、直ぐに言いなさいよね…」


私の耳元で、呟く。苦しそうな声だった。

なのに私は、ああ、絞り出した声ってこんな声なんだな、なんて、どうでもいいことを思って。


楓ちゃん、ごめんなさい。


いつもこうだった。優しさにつけこんで、わがままを言って困らせていた。"楓"という逃げ道があるのをいいことに、茨の道ばかり歩んでしまった。


今回も、きっとそう。


「分かってるよ」


ごめんね。


私、今、凄くワクワクしてる。

こんなに楓ちゃんが心配してくれたのに、泣いてくれたのに、こんなにドキドキが止まらないの。


ああ、私、悪い子だ。


「ありがとう」


楓の背中に手を回し、抱きしめた。



放課後。私は一人、廊下を歩いていた。今日から委員会部活動見学が出来るのだ。楓は一緒に回ろうと言ってくれたのだが、私が断った。目的の場所が違うと言うのもあるのだが、何より、一人で行きたかった。堪能したかった。あの人の世界を。


「ここだ…」


――――コンコン。

虚しく鳴るノック音。扉の窓に映る景色は黒一色だ。


誰も、いないのかな。


扉に耳を近づける。目を瞑り耳を澄ました。


「えっ!」


耳を離す。ドクンッ、ドクンッ、胸が高鳴る。頭が痺れる。五月蝿い。熱い。


苦しい。


私は、無意識に扉を開けていた。


「……あら」


透き通る声。

風に靡く細い黒髪。

長いまつ毛。

微かに微笑む厚い唇。


そこに居たのは、紛れもなく、あの時私が見た人物。

私の視線を奪った人物。


「ごめんなさい、イヤフォンをしてて」


白いイヤフォンを耳から外す。


「そのリボンの色、新入生ね」


遅く、しかし確実に歩み寄る足音。


「委員会に入りたい子かしら」


息が、荒くなる。


「暗くしてて紛らわしかったわね」


彼女は髪をかきあげ、視線をあげた。

獣のような目。

動けなかった。


「こんにちは」



彼女は立ち止まり、細長い手を差し出す。



「風紀委員長の宮原さくらよ」



選択肢など私には無かった。


風が吹き込む。


彼女の手は酷く冷たかった。

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