トンビと鷹の八
けものノおんがえし トンビと鷹の八
私の住んでいる里は、深い谷と大きな森に囲まれた山奥にある。
そんな里にある学校に、私は凛兄と通っているのである。
今日は、学校から帰ってすぐに、凛兄といつもの木から、こうして里と人間の森との境を見張っている。それが里守のお仕事の一つであり、凛兄が父上から任されている、唯一のお仕事である。
私には、まだ未熟と、父上からお仕事を与えてもらっていないが、凛兄の少しでもお役に立ちたいと、勝手について来ている。初めこそ「帰れ」と怒られたが、今では何も言われない。
空には丸いお月さんが上がりかけた頃、頬に当たる夜風に紛れて、微かに人間の臭いがしてきた。夜目の利かない私では、近づく人影が、ぼんやりとしか見えなかったが、この匂いで誰かすぐにわかった。
私の座っている木の枝に、幹に背を預け立つ凛兄は、既にだいぶ前から、近づく人影の正体が、わかっていたらしく、いつものピリピリした警戒を解いていた。
凛兄を見上げると、厳しい表情はしていたが、さっきまでの本当に刺すよう、何とも言えない威圧感は、いまは少し和らいで見えた。
これはいつものことなのだが、今日はことのほか酷かった。
理由は、昼間にこの里へ余所者……しかも、人間の余所者の侵入を許してしまったからだ。
普段の凛兄では、けしてありえない失態だが、私にはそれは仕方ないことに思えた。なぜなら、常に里のけものの臭気が、人間と一緒にあったからだ。
どうして余所者が、里のけものと一緒にいたのかは、今もわからないが、そのせいで発見が遅れてしまい、気づいた時には、既に余所者は、里守の警戒区域外に出てしまっていた。
里守は、警戒区域外での、力の履行と行使は認められていないため、私達はそれを、見ていることしかできなかった。
後で父上に報告して、わかったことなのだが、その人間の余所者の侵入は、予め決められ、予定されていたモノであった。
しかし、なんにせよ凛兄のプライドは、その失態を許さないのであろう。それは、いつも一緒いる私には、よくわかっていた。
(明日、学校で荒れるだろうな……)
凛兄と学校のみんなと、仲良く遊べたら、きっと楽しいはずなのだ。だが、なかなか素直になれない凛兄は、いまだに学校の輪に入れずにいる。
凛兄は私以外に、友達と呼べる子はいないが、私には里の学校にいっぱい友達がいた。でも私は、凛兄から、できるだけ離れないようにしている。
理由は――それは凛兄が私は好きだからだ。
でも、凛兄に隠れずに、学校の子達とも遊びたい。
できることならば、凛兄も混じって、みんなで遊べたらいい。
できたらいいが、できないでいる――
それが私の密か目標となっていた。
「雅……雅――」
「え? あ、はい……」
ボーっとしていて、立っていた凛兄の呼びかけに、すぐに反応できなかった。
「大丈夫か?」
「はい、問題ありません。なんでしょうか凛兄様?」
「下に来たぞ」
凛兄が下の方を指差した。その指の先には、初老の人間がゆっくりと歩いていた。
「ええ、確認しました、凛兄様」
私は凛兄にうなづき答えた。
「こんな夜分に……本当に不粋だな、人間は」
「そんなこと言うものではないですよ〜私達の担任様ですよ?」
「……フッ」
その言葉が気に入らなかったのか、少しスネたような顔を凛兄はした。そんな凛兄が少し可愛く見えた。
「私、挨拶してきます」
「……待て」
飛び降りようとした私を、凛兄が言葉で制した。
「ですが、凛兄様……」
抗議するように、私は凛兄を見つめた。
「俺も……俺も一緒にいく」
凛兄はそういうと、鼻をかきながら視線を逸らし、手を私に差し伸べた。
「はい! 凛兄様……」
私は微笑んで、その手を取った。
凛兄と私は、木の上から下へと飛び降りた。