兎の6
けものノおんがえし 兎の6
ボクの住んでいる里は、綺麗な野山に囲まれた、とても居心地がいい場所にある。
いっぱいの友達や、ボクの大好きな人がいる、里の学校に通っているだよ。
今日も家に帰っても、誰もいない…… だから、一回帰っても、また学校にくるんだ。
家で一人でいるより、きっと寂しくはないから。 でも、やっぱり誰もいない学校は、少し怖い。
ボクは一人が、すごくすごく苦手だよ。だから、いつも誰かと一緒じゃないと、寂しくて、苦しいの……でも、我慢しないと、いけないんだよね?
みんなは、そう言うけど、ボクと同じで、本当は一人が寂しいんだよね?
でも、みんな我慢してるは、何故だろう?
ボクはみんなみたいに、我慢できないんだ。
この暗い廊下を抜ければいるんだ
ボクといつも一緒にいてくれる人――
この扉を開けば、そこにいるんだ
ボクの一番好きな人――
目の前にある、職員室の扉を、ボクはそっと開けた。
「橋野先生、いる、いる? ……あう?!」
ボクは急いで扉を閉めた。
(……あれ? あれれ?)
いつも、橋野先生が座っている、古くて大きな椅子に、ボクの知らない人が座っていた。
もう一回、扉を開ける。
「……は〜う?」
扉をそっと閉めた。
(あれ?)
今度は、誰もいなかった。
(なんだろ……かくれんぼかな?)
もう一度、ゆっくりと扉を開けて、そっと中を覗いた。
「あう〜!」
扉を急いで閉めた。
(だれ、誰?)
今度はいたけど、やっぱり橋野先生じゃなく、ボクの知らない男の人だった。
ボクの知っている、この里の大人の人は、橋野先生だけだ。だから、中で座っていたのは、知らない大人の人で――
(はうはう?)
ボクは、わからなくなってきた。
とりあえず、もう一度扉を開ける。
(いた!)
閉める。
開ける。
(いた! いた!)
閉める。
開ける。
(まだいた!)
閉める。
「え〜い! もう〜やめんかい!」
(あれ何かしゃべったよ?)
もう一度開けると、そこには、さっきまで座っていた、大人の人が立っていた。
「あうう!」
ボクはびっくりして、走り出した。
(だって、とてもとても怖かったんだよ?)
ぴょんぴょん跳ねながら、ボクは廊下を、右へ左へ走って逃げた。
(逃げないと、逃げないと! ……あれ? ボクなんで逃げてるんだろ?)
ボクはただ、橋野先生に会いに来ただけなのに――何か悪いことしたのかな?
ボクは、わからなくなった。
ボクは走るのを止めて、その場で立ち止まり、そっと後ろを振り向いた。
「ま、待て〜! はあはあ……き、君、そこで待ってなさい!」
さっきの大人の人が、こちらに走ってきた。
(こ、こわいよ……あ、でも、これって鬼ごっこかな? じゃあ……捕まったら……食べられちゃうんだよね?)
「はう〜!」
ボクは、慌てて駆け出そうとしたが、身体がピクリとも動かなかった。
(あれれ?)
何度やっても、身体は動かない。
(はうう〜……)
そうこうしていると、大人の人が、ボクの所まで追いついてきた。
そして、ボクの腕を掴んだ。
「捕まえた」
「うう〜……」
(ボクはこのまま、食べられちゃうんだよね?)
ボクはゆっくりと、大人の人の顔を見上げた。
大人の人は、荒い息づかないで、ボクをじっと見下ろしていた。
(こ、こわいよ〜!)
ボクは顔を背けて、強く目蓋を閉じた。
すると大人の人は、ボクを掴んだ手を離した。
(あれれ?)
ボクは目を開けて、大人の人の方を見た。
大人の人は、今度はしゃがみ込んで、ボクの足を強く掴んできた。
(痛い痛い……痛いよ)
でも、止めてくれなかった。
(やっぱり、ボクは食べられちゃうの?)
「よし取れた、もう〜動いても、大丈夫だぞ!」
そう言って大人の人は、ボクの頭を、そっとやさしく撫でてくれた。
(あう〜あう〜)
その大きな手は、すごく気持ちがよかった。
「痛くは無いか?」
(あれれ? 動ける、動ける!)
さっきまで、動かなかった身体が、嘘のように動く。
ボクは、大人の人の顔を見て、何度もうなづいた。
「それはよかった」
そう言って、微笑んだ大人の人は、橋野先生みたいな――
いや、もっとやさしい顔していた。
そのやさしい顔の人は、もう一度、ボクの頭をゆっくりと撫でてくれた。