人と豹の4
けものノおんがえし 人と豹の4
昇降口に入り、靴をスリッパに履き替える。「……暗いな」
日が落ちかけた時間ともなって、校舎に射し込む光は無く、目の前には暗い静かな廊下が続いていた。
「職員室、職員室はっと――」
暗い廊下をいくら見つめても、どこに何があるのかわからない。
「しょうがない〜探すか」
壁を手探りで、廊下照明のスイッチを探す。
暗がりを奥へ奥へ慎重に歩き、スイッチを探しながら進んでいると、足に何かが当たった。いや、当たったというよりは『何か』が足に絡みついている。
「ん…… なんだ?」
暗くて足元もよく見えない。
丁度良く、スイッチらしきモノに手が当たった。
とりあえず灯りだけでも点けようと、スイッチを入れると――
「………?」
自分の足に、なにやら人形みたいなモノがくっついてた。
「おいおい、誰だ〜こんなところに人形置いたのは…… ん? んん??」
足の人形がくっついてる部分から、なんともムズかゆい感覚が伝わってきた。それは段々とかゆさから『痛み』へと変わっていった――
『ガリっ』
足元から鈍い音がした。
「ガリ?」
じんわりとした痛みが足に奔った。
『プチっ あむあむ』
「プチっ? あ”!!!」
ひと際大きな痛みを感じた―― それは、噛み付かれたような痛みだった。
とっさに足を振ったが、その痛みの原因らしき人形は、足から外すことができなかった。
こん身の力を込めて、足を大きく振ると、人形らしきモノが前方の廊下の奥へと飛んでいった。
「ぜぇぜぇ…… いったい何だったんだ? ――痛っ」
足の痛む部分をさすり、ゆっくりとズボンをめくると、そこには歯型がくっきりとついていた。血こそギリギリ出ていなかったが、真っ赤に色づいていた。
「もうすぐで、大怪我するとこだったぞ、これは…… いったい何だったん……」
人形を蹴り飛ばした、真っ暗な廊下の先に、2つの黄色い光が浮かんでいた。
とりあえず、ゆっくりと横に移動する。
すると、それに合わせて2つの光も、同じように横へ移動してきた。
「え」
今度は後ろに下がってみる。
しかし、その歩幅に合わせるかのように、2つ光との距離が縮まることはなかった。
「え……」
立ち止まると、2つの光もその場で止まる。
(何なんだ……)
俺と2つの光の間に、微妙な静寂の時間が流れたあと――
突然2つの光が、低く唸りだした。
「グルゥゥ――… ガォォーーーー!!!!!」
唸った後に大きな咆哮をあげると、2つの光が物凄い速さで迫ってきた。
「な…… う、うぉ?!!!」
俺はその場でスリッパを脱ぎ捨てて、全力で走った。
(ほ、本当に何なんだよ!?)
俺は走りながら叫んだ。
あまり、奥へ進んでいなかったこともあって、幸いにも追いつかれずに、昇降口まで引き返すことができた。
「た、助かった……」
(外にさえ出ればば、そう外にさえ―― あ!)
自分のことしか考えてなくて忘れていたが、外には学校まで案内してくれた『あの子』がいる――
(そ、外はダメだ!)
昇降口へ真っ直ぐと走ってた進路を、右へと急速旋回する。
「うおおおぉぉぉ!!!」
振り返って、まだ自分が追いかけられてるかを、確認する余裕もなく、真っ暗な廊下を走りぬける。
(なんで俺は、こんな必死に走ってるんだろうか……)
答えの無い疑問を心に浮かべ走っていると、前方に大きな光が見えた。
それは外へ通じてるようだった。
(こ、今度こそ助かった!)
最後の力を振り絞り走りぬけた先は――
そこは川でした。
バッシャ〜ン――
俺は勢い余って止まることもできずに、川へと飛び込んでしまった。
「いたたっ……」
今日は災難続きだ。
長い山道を歩き
変な子に会い
何かに噛み付かれ
あげくに―― いま俺は川に落ちている。
(ほんと災難ばかりの日)
濡れた服を見てため息をつき、走ってきた校舎や周囲を見渡す。川は校舎に対して水平に延びていて、校舎とは一段下くらいを流れていた。
(校舎の裏手がすぐ川とは……)
こんなところに建てなくていいのにと、誰とも知れない相手に怒りをおぼえる。
(でも、夏には涼しくていいかもな)
そうこう考えていると、校舎の出口から何かが走ってくる音が聞こえてきた。
「わ、忘れてた!」
自分に迫る危機的脅威をド忘れしていて、つい大声を出してしまった。
何者かの足音が、段々と容赦なくこちらへと近づいてくる。
そして黒い影が、俺へと飛び掛ってきた――
「ひいぃぃぃ!!!」
祈る気持ちで目をつぶり、両手を前にだした。
もふ――
(……ん?)
何か両手で受け止めたらしい。手からは、何か温かいモノの感触が伝わってきた。
恐る恐る、目を開けると――
(え…… ええ〜?!)
俺が両手にもっていたのは、さっき蹴り飛ばした人形だった。
その人形は、低く唸りながら手足をバタつかせ、目は一点に集中し鼻息は荒かった。
「な、なんだこれ…… し、喋ってる!」
「喋るにきまってんだろ!」
すごく不満そうに、小さい子が言った。
「はぁ…… すいません」
思わず頭を下げてしまう。
小さい子は手足を動かすのを止めて、俺を睨んできた。
「とりあえず、手を離せよ」
「はい」
俺は素直に従った。>
すると小さい子は、川に落ちた。
その瞬間―― 手足をバタつかせ、溺れた。
苦しそうなので、取り急ぎ抱き上げてあげた。
「こ、コロス気か?! 豹は水が苦手なのは知ってるだろが?!」
「あぁ〜ごめん…… って、豹?」
「そうだ! 俺様は豹なんだぞ!」
小さい子が豹だと言い出した。
これは、なんとも不思議で興味深い。
「あの〜言っている意味がわからないのですが?」
「お前…… ヴァカだろ?」
この一言に、俺は少しムカッとした。
「し、失礼だな君は! これでも、大学を現役で合……」
指を差して抗議すると、小さい子は大きな口を開けて、俺の手を指ごとくわえ込んだ。
「あむあむ」
「って君! 人が話してるそばで、人の手に噛み付くのはやめなさい!」
「いいじゃんかよケチ! 以外とお前、美味いぞ〜あむあむ」
そう言って、また小さい子は手をくわえて噛み出した。
「ケチとか、そういう問題じゃ…… って痛いわ!」
手を強く振って、小さい子を振り落とした。
するとまた、小さい子は川へと落ちて、手足をバタつかせ溺れた。
苦しそうなので、しょうがないから抱き上げてあげた。
「やっぱりコロス気だろ!? この手際の良さと悪びれないその態度は、俺様がおもうに、親父と俺様の次くらいはやるとおもうぞ!」
「そうか、ごめん」
「まったく…… 落ち着いて飯も食えやしない!」
「本当にすまな…… 飯? いま君、飯って言ったなかったか?」
聞き逃すことができない、すごく危険なことを小さい子が言い放った。
「ああ、お前、今日、俺様の、飯―― あむあむ」
ドサクサに紛れて、また俺の手を噛み出した。
「だ、だめか?」
小さい子は、手を噛みながら、上目遣いで甘えるように俺の顔を見上げた。
「え……い、いや……その…… って駄目に決まっているだろうが!!!」
一瞬、何かに迷いそうになったが、ギリギリのところで踏み止まり返ってこれた。
「やっぱ…… お前ケチだな」
小さい子は、すごく不満そうな顔でふくれた。
「だからケチとか、そういう問題じゃ…… とりあえず、川から上がりませんか?」
冷静になってみれば、俺達は川の中だった。
「あ! そうだな。 ここじゃあ〜ゆっくり食事もできないしな!」
小さい子も理由はともかく、これには賛成らしい。
「はいはい……」
俺は小さい子を胸に抱き寄せ持ち上げた。
「お、下ろせ! 恥ずかしいだろ!」
小さい子は顔を真っ赤にさせ暴れて抗議してきた。
「でも君は、水が苦手なんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ大人しくしてなさい。 すぐ岸に着くからね」
そう俺が微笑むと小さい子は「うん」と小さくうなづいた。
「はい、着いたぞ。 さあ、こういう時は何て言うのだっけ?」
「あり…… ありがとう」
言いなれてないのか一瞬躊躇しながら、小さい子が頭を軽く下げた。
「どういたしまして」
「じゃあ、俺は挨拶にいか…… って痛いわ!」
校舎の方を見た一瞬の隙をつき、小さい子が再び手に噛み付いてきた。
「ん? すぐ済むから我慢我慢!」
「済まれたら、確実に俺はこの世にいないですよ!」
「ちっ…… 今日はこのくらいで勘弁してやるか〜岸までおぶってもらったしな」
そう小さい子は言うと、噛むのを止めてくれた。
「それはそれは、ありがとうございます」
「おう! 豹は誇り高い種族だからな、恩はちゃんと返す!」
小さい胸を張って、得意気に言った。
「そうですか…… そうそう、俺は紅月セナ、今度ここの先生をしにやってきたんだ」
「ああ、ジジイの代わりに誰か来るって言ってたな〜それがお前か!」
「そうだとおもいますよ。 で、君は誰なのかな?」
「俺様はルシエル! この学校にも通ってるんだぜ!」
「え? 君もここの生徒なのか?」
「ああ! でも、あんまり来てなかったなかったが…… お前が先生なら、毎日来るぞ!」
「え…… それって……」
「うん! お前は俺の餌だからな!」
「ですよねー」
「おう!」
ルシエルは満面の笑みを浮かべた。
これがルシエルとの、なんとも印象深き初めての出会いだった。