豹のIII
けものノおんがえし 豹のIII
俺様の住んでいる里は、深い森に囲まれたド田舎にある。
ジジイと子供しかいない、つまんない里の学校に、親父に言われて通っている。
今日も学校をサボって、『餌』を探しに森の中――
だが――
なかなか見つからない。
学校へ行けば、『餌』は豊富にいるが、食べちゃいけないと、親父に言いつけられている。
「弱いから食われちまうんだ」 なんでそんな『単純なルール』を親父は禁じるかが、俺様には理解できなかった。
『気高く誇りをもって、生きよ―― いいな?』
親父の口癖が頭に浮かんだ。
「んなもんは、獅子のとこの坊ちゃんにでも、任せとけよ」
悪態をつきながら、獲物を求めて森の奥へ奥へと進んでいった――
「ん?」
周囲の森の『質』が変わった。
「ちっ…… 進み過ぎたか……」
周囲の森からは、不可思議な空気は消え失せ、ゾクゾクするようなギスギス感の無い、腑抜けな『森』へと変わっていた。
どうやら道を間違えて『人間の森』に来てしまったらしい。
「俺様、いま、スゲー気分わりぃ…… くぅ!!!」
とりあえず、目の前の木に蹴りを入れる。
「うぉ?!」
しかし、意外と華奢で可愛いらしい俺様は、その反動で後ろの草むらへと跳ね返ってしまった。
「イタタ…… お前、意外とやるな! 俺様がおもうに、親父と俺様の次くらいはやるとおもうぞ!」
蹴った木に対して指を差し、俺様は称えてやった。
起き上がって、服についた草を払っていると、何かの気配が近づいてるのを感じた。
「なんだ? ……知らない ……ニオイ ……人間?!」
そこまで『人間』の生活圏に入っていたとはうかつだった。
「みつかると面倒だな…… やり過ごすか〜」
近くの茂みから、気配のする方向をジッと見据えて待った。
しばらくすると、若い男の人間が歩いてきた。
(やっぱり人間か…… 何しにこの道を歩いてるんだ?)
この道には見覚えがあった。この道は唯一、里と人間の『町』を結ぶ道。 方向からいって、その『町』から里へ、この人間は進んでいる。
(郵便の配達か?)
しかし格好が違う。それに、里へ手紙を運んでくる郵便配達員は、もうヨボヨボの爺さんのはずだ。
(それにしても、随分と痩せてるな…… でもウマソウダ)
同じく痩せた里にいる人間のジジイより、確実に美味しいそうだ。口から絶え間なく出てくるヨダレを拭うのが大変だ。
「誰か、そこにいるのですか?」
人間はその場に止まり、こちらを見て叫んだ。
(ヤベ……)
目の前の獲物に目がくらみ、気配を消すのを忘れていた。
(早く行け…… 早く行け…… 背中を見せたその時は…… ふふ……)
そう心でつぶやき息を潜めた。
しばらくすると、人間は再び里への道を歩き始めた。
(チャ〜ンス!!!)
今だとばかりに俺様は、背中を向けた人間に向かって走り出した。
あと数歩で背中に手がかかりそうな距離まで近づいた時――
俺様は足が震えた。
(うお…… デケ〜よ!)
近くでこの人間を見ると、背丈が俺様の倍の倍はあった。
(あわわ……)
急いで近くの茂みに隠れた。
(や、やるじゃねーかよ…… お、俺様がおもうに、親父と俺様の次くらいはやるとおもうぞ!)
俺様は震える足を抑えながら、人間に指を差して称えてやった。
ドンドンと進んでいく人間を後を、ゆっくりと追った。
(まだ…… チャンスはいくらでもあるか)
里に入ってしまえば、なおさら好都合だった。
なぜなら、親父には、子供やジジイに関しての里での『狩り』は禁じられていたが、 この人間に関しては、まだ何も『ルール』は無い―― と、いうわけで――
想像するだけで口元が自然とほころび、ヨダレが出るのが止まらない。
山道を抜けると、真っ直ぐと延びたあぜ道に出た。
(ちっ…… ここは隠れる場所が無い!)
森の出口でもたもたしてると、人間がドンドンと進んでいった。このままでは、せっかく見つけた獲物を見失ってしまう。
もしかしたら見失うだけでなはく、他のヤツに取られてしまうかもしれない――
(それだけはさせねぇ!!!)
と、心で叫んでいると、道の先にある桜の木の下で、人間が止まった。
どうやら、誰かと話しているようだ。
(って、言ってるそばから!!!)
と、再び心で叫びながら、目を凝らすと―― 相手は狐の『アイツ』だった。
(アイツめ〜大人しそうな顔しながら、人の獲物を横取りとは! くぅ〜……)
思わず拳に力が入った。
(ん? なんだ?)
なにやら、狐のアイツが人間の周りを、飛び跳ねながら回りだした。
(あ、あれは…… 例の妖術か!!!)
外来種にあたる、俺様の一族は、単純だが身体能力に長けていた。
しかし、在来種には、身体能力が低い代わりに、特有の力があるらしい。その不思議なパワーは侮れないモノがあると、親父が言っていた。
(いきなり人間をトドメにかかるとは…… 神社の子狐め〜やるな! 俺様がおもうに、親父と俺様の次くらいはやるとおもうぞ!)
遠くで飛び跳ねている狐に、指を差して称えてやった。
いま出るのは得策ではないと、しばらく成り行きを見守っていると、狐は『ある方向』を指差して、人間を手招きしている。
(ん? 次は、なんだなんだ?!)
狐の指差した方角は、たしか学校しか無かったはずだ。
(学校…… 学校か…… そうか! 学校で食べる気だな!)
たしかに、この時間であれば誰もいない。いたとしても、人間のジジイだけ――
(なるほど…… 里の誰にもバレない…… いい場所だな〜)
俺様はニヤリと微笑むと、走り出した―― それは、学校へ先回りするためだ。
「く〜遅せぇよ!」
学校へと先回りして校舎へと入り、俺様は人間と狐を待っていた。
学校について、かなりの時間がたっている。どうやら、思いのほか早く先回りできたようだ。
「まさか途中で……」
嫌な予感が胸中をよぎった。こんなことなら、無理やりにでも襲っておけば――
フッと人間の背中に立った時の記憶が蘇ってきた。
「いや…… ほら、豹って忍び寄って襲うのが、なんて言うか美学? っていうか…… うん、そう! そうだ!」
誰もいないのに、一人で言い訳を繰り返していると、校門に二つの人影が見えた。
「お!」
人影は二つから、一つへと別れ、段々とこちらへと近づいてくる。
「一人になったか…… ふふチャ〜ンス!!!」
つにきた、この瞬間――
俺様は下駄箱の影に身を潜めて、人影が校舎へ来るのを待った。
しばらくして、人間はゆっくりと校舎へ入ってきた。