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500年先からきた男  作者: 柊   萠山
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未来を見通す

500年先の世界からタイムスリップしてきたというユウさんは、朝には見えなくなっていた。そこに、駿大野球部の顧問で、未来学専攻の久米教授が来て、解説を始める。

 8.未来学の久米教授  9.タイムトラベル 10.これから起きる・・・(入稿中) 2017.10.15/


     8.未来学の久米教授


 道まで出て、彼らを見送っていると、後ろから、

「や、どうもどうも。久米です」と声がした。

 振り返ると、野球部の顧問をしている久米教授が、酒瓶をぶら下げて立っていた。

「やあ、先生。1年ぶりだねえ」

「スギさんちの桜吹雪を見ないと、春リーグが始まらないからね。珍しいのを手に入れたから、いっぱいやろうと思ってね」

 この先生も酒が好きで、合宿中に、時々訪ねてくるのだ。

「まだ、朝飯前だよ。これから飯を作るんだ」

「そうだろうと思って、合宿所でおにぎりを作ってもらった」

「手回しが良いなあ、先生」

「いつも、子どもたちが世話になるから、罪滅ぼしだ・・・」

 この先生と話すのも面白い。

 選手がトレーニングしている最中に、二人きりで飲んでいるときもある。

「今日は、これを持ってきた。浦島ワイナリーの『時之蔵』。どうや、意味深だろ」

「ほお、ところで先生の専門は何だったっけ」

「庶民未来学。俺のほかにやっている奴はいない。げえもねえ、つまらん学問だよ」

「これから俺たちの世の中がどうなるのか、研究してるんだったな」

「ああ、そうだが・・・。それが・・・」

 もう久米教授の声が聞こえない。

 ユウさんの話も、この人なら理解してくれるかも知れないと思った。

 俺の中で、何かがうずうずし始めた。


 「先生。家の中で飲むか。それとも桜の下がいいかな」

 俺も仕事は放り出してしまう気になった。

 それで、誘っている。久米さんも乗ってくるはずだ。

「桜の下も良いが、子どもたちがすぐに帰ってくる。中でやろうよ」

(ほら、ね)

 この道を帰ってくるから、見えない方が良い。

 それで、家の方に向かいながら、

「やもめのじいさんのお屋敷には、つまみがないんだがねえ。干鱈でいいかい、先生」

「いいよ。おにぎりのおかずに、ウインナと塩鮭がある」

「それはまた、ありがとう」

「たぶん7スギさんのことだから、こうなると思ってね」

「それが、庶民未来学なのかねえ」

「おやおや、スギさんにあっては、かなわないねえ。はははは・・・」

 散らかったままの部屋に、碩学を招き入れて、俺はヤカンで湯を輪kし始めた。

 久米教授が焼酎をお湯割りで飲むことは分かっている。

 夏でも冬でも、梅干し何か入れないで、半々に。変なところで、ウマが合う。

「スギさん、お客さんがあったようだね」

「まあ、おいおいに話はするけれど、そこでビールを飲んでいた。

 俺はひび割れさんに酔わされて寝てしまったが、夕べ、確かに、そこにすわっていた。コップの底にビールが残っているだろう」

「ああ」

 久米さんが、ちらりと目を走らせた。

「その人は、ユウ・サラマンダー何とかと名乗った」

「外人さんかい」

「それがよく分からないんだ・・・」

 湯が沸けば、ホイッスルが教えてくれるので、俺は、特製グラスと皿を持っていきテーブルに座り、かいつまんで昨日のことを話した。

 案の定、先生は猛烈な興味を示した。

「スギさん、その話、面白いねえ。嘘みたいなかんじがしないね」

「先生。自慢じゃあないが、俺は嘘と坊主の髪はゆったことがない」

「もち! よく分かっている。僕の研究に参考になりそうだから、ちょっと録音させてもらうけどいいかな」

「いいよ」

「最近は、こんなもので何時間も録音ができるんだ。昔は重いデンスケを担いできたものだが・・・。スイッチを入れるだけで良いんだ」

「ほお・・・」

 久米教授はポケットから太い万年筆のようなものを取り出した。俺は、それには関心がなかった。

 ヤカンが呼んだので、腰を上げた。


「先生、始めるかな」

「ああ」

 久米さんは、瓶の封緘を捕って、グラスに半分ほど注いで、俺のグラスにも注いだ。

 俺はポットから湯を注ぐ。

「では、再会を祝して・・・」

「どうです。旨いでしょう」

「うん、臭みもないね」

「この間、東京のキャンパスの近くの酒屋で見つけたんだ。

 このラベルを見て、浦島太郎の話を思い出したよ。浦島太郎も時間旅行をしていたようだ・・・。

 僕のテーマは、時間と関わりが深い。それで『時之蔵』というのが気に入ってね」

「ふうん、『時之蔵』ねえ。時代物かねえ」

 先生は、銘柄の詮索には興味がなさそうで、

「ところで、さっきの続きを聞かせてくれないか」と言った。

「どこまで話したんだ、俺」

「ユウさんと出会ったところからでいいよ」

「そんなに細かいことは覚えちゃあいないよ」

「お、ハンフリー・ボガードみたいに言うねえ。ざっくりでいいよ。紀楽に喋ってくれればいいよ」

「そうかい。それじゃあ・・・。

 ユウさんは、桜の木の下にいた。昔のSF映画で誰かが着ていたガウンのようなものを着ていた。俺は、雨に濡れるからと、家の中に入れたんだが、ユウさんはちっとも濡れていないんだ。

 それに、ときどき透明になり、身体の向こうが見えたりする。おかしいとは思ったが、ちゃんと応答はするので、そのまま二人で、酒を飲みながら話をした」

「ふーん、透けて見えた。会話はできた・・・。それで、どこから来たと言ってたんだっけ・・」

「それがね、タイムスリバーをカヌーで下ってきて、途中のサーティイヤーズ・フォールとかいう滝壺に落ちたと言っていた。

 なあ、先生。タイムスリバーというのは、そこの時ノ川のことじゃあないかな」

「うん、そうかもな。川の名前は固有名詞だ。外国人だったとしても、わざわざ翻訳して言うのも変だな。 それに、あの川に滝なんかないだろう?」

「ないよ、若い頃、源流までさか上ったことがあるんだ。明日岳の北側から流れ出しているぽたぽた滴まで行ったんだが、滝なんかないよ」

「スギさん、ユウさんがカレンダーを見て、何か言ってたらしいね。何だったっけ」

「うん、カレンダーも知らない。2012年も知らない。西暦も知らない。エポカの何年とか言ってたよ」

「エポカ? はて・・・何だろう。そんな年号を使っている国があるという情報は、僕の袋には入っていないなあ」

「西暦という、そういう呼び方があったらしいとは言っていた」

「過去形で言ったのか」

「うん、そうだよ」

「西暦も、キリストの誕生からカウントが始まった。エポカというのは、、メーロン教という宗教の始祖だったね」

「うん」

「それで、何年と言っていたんだっけ?」

「忘れたよ。300何年と言ったかな」

「なるほどなあ。スギさん、ユウさんの周りでは、紙に印刷されたり、手書きで残されている記録が、どうもなさそうだねえ。

 ユウさんは普通の人らしいから、たとえ何かの形で伝承されているとしても、そういうことは分からないだろうね」

「うん、話は聞いたけれど、さっぱり分からないことばかりだったよ。500年くらい先から、ドロップしてきたんじゃあないかとも言ってたよ」

「タイムトラベラーだったのかい、ユウさんは?」

「それをきいてみたよ、俺も。

 ユウさんは、滝壺に落ちて、気がついたら、桜の木の下にいた、ただの落ちこぼれだとさ。洒落を言ったのかねえ」

「ふん」

 久米さんが、鼻で笑った。


 9.タイムトラベル


 ───俺は、酒をつくりなおした。

 先生のもつくって、昨日のことを思い出しながら、

「あの明日岳のことだと思うんだが、トモロウマウンテンが噴火したことがあり、その時に何とか言う湖と、滝ができたとも言っていた。

 その滝は年くらいすると、崩れて後退していくという。それで、サーティイヤーズ・フォールと言うらしい。英語だよねえ。どう見ても・・・」

「明日岳は休火山だ。それが湖をつほどの大噴火をすると言う予測はされていないね。今のところ・・・。後退する滝の話は、外国で例がある。ふーん、やっぱり、そのユウさんは未来から来たのかも知れない・・・。信じられないけれど、ね」

「なあ、先生。時間を飛び越したりするなんて、そんなことができるのかい。

 ユウさんの話を聞いて、不思議に思ったんだが、電気もない、火を燃やして、明かりにしたり、廃墟になった都会にいって、使えそうな物を探さなくてはならないような、学校もない・・・そんな社会らしいが、科学や工業もなさそうな時代に、時間を飛び越すようなことができるのかねえ」

 久米さんは、お湯割りをグビリと飲んで、

「僕も、時間を移動することは無理だと思っている。

 たとえば、今から30分前、そこに二人がタイムスリップしたとする。

 スギさんが家に入れてくれたから、いま一杯やっているが、30分前の、そこにいるのもスギさんと僕だが、ここにいるのもスギさんと僕だ。同時に存在しなければならないわけだ。

 30分前の僕らは、今までしてきたようなことをする。

 しかし、時間は両方とも進むんだ。もし、タイムスリップできたとしても、スギさんの気が変わっていて、仕事を選択し、一杯やろうという僕を拒否するかもしれない。ありえないけれど・・・。

 そしたら、僕はここにいながら、合宿所にトボトボ帰っていくだろう。

 二つの時間が同時に進行するだろうか。僕らは両方に存在しなければならない。

 どちらが本物かなんて考えると、もう僕はパンクしてしまう。

 そんでもって、『タイムトラベルはできない』と持論を持っているんだ。

 しかし、科学だけでは解明できないこともあるからね・・・」

(俺にはそんな高等な理屈は理解できないよ、先生)と言おうとしたが、それは止めた。

 自分の低さをかんじるだけだから。

 それで、別のことを思い出して言った。


「そう言えば、せんせい。ユウさんが、、三つ星を知っているかと訊いたんだ」

「ん? オリオン座のか」

「たぶん、そうだと思うけれど・・・。星座ということばはしらないらしく、出てこなかったよ。そのあたりで太陽ができたという話を聞いたらしいんだ。それで、世の中が混乱したとか・・・。

 俺は超新星爆発があったンじゃあないかと思ったけれど・・・」

「それはあるかもな。オリオン座のペテルギウスが超新星爆発を起こすのではないかという話は、今もある。いつ爆発するか、正確なことはよそくされていないがね・・・。

 600光年とかいう近くにある星だから、戦々恐々としている連中もいる。もしかすると、恐竜が滅んだ時のように、この世の終わりがくるかもしれないと、騒いでいるよ」

「それ、大丈夫なんかね。あまり一般人には聞こえてこないけれど・・・」

「僕のも不案内な世界だが、超新星爆発では、危険な放射線が噴出すると言われている。その吹き出し口の軸線が地球からずれているとかで、安心していていいという予測もあるみたいだ。

 それで楽屋だけの騒ぎにとどまっているのかもしれないよ」

「へえ、そうなのか。もっとも地球がペケになるという話をオープンにされても、逃げ出すところはないけれど・・・」

「確か、超新星爆発はパターンがあるらしい。太陽よりも何十倍もデカい星の寿命が来ると、急速に縮んでいく。最後はドカーンとなる。

 今、ペテルギウスは縮んでいるらしいが、これから100年か200年先なら、その爆発はあり得るかもしれないよ。

 それを伝承で聞いているというユウさんが500年先からきたというのも肯けるなあ・・・」

「でも、先生。ユウさんの暮らしぶりを聞いてると、まるで未開人なんだ。ネアンデルタール人みたいだけれど、どうしてなんだ。

 500年も先なら、もっと文明が発展しているんじゃあないのかね。

 核戦争があったらしいけれど、生き延びた人間がいたのかねえ・・・」

「核戦争だって? う~ん、ほとんどの人間は死んでしまったんだろう。核ミサイルの攻撃目標は、軍事基地だけではない。発電所や工場も狙われる。政府機関の建物も標的にされている。はじめから座標としてセットされているだろう。

 エネルギーも社会機構も一遍にぶっ壊される。

 だから文明も失われてしまうんだ。

 運良く生き残れたとしても、その生き残った僅かな人間で、エネルギーもないところで、社会を構築していかなければなるまい・・・。

 だから、初歩的な社会になる。科学とか文明どころではないわけだ・・・。

 なるほどな・・・。

 未来はどんどんトレンドで先に進む。発展するばかりだろうという前提は、甘いな・・・」

「・・・」

 俺は唖然としながら、久米さんが独り言を言っているのを聞いている。

 気がつくと、グラスの酒がなくなっているので、二人分つくりなおして、目の前に置いたけれど、それには目もくれないで、

「昔、松井は、過去20年の動きをトレンドして、何もしないと20年で文明社会が崩壊すると言っていた。

 あんなものは予測じゃあない。とんでもないファクターが入りこんでくるんだ。選挙民の直接的な利害だけを取り上げて、できもしないマニフェストを掲げて、庶民を愚弄して出来上がっているのが、今の政治だし・・・

 馬鹿な為政者の、程度の低いアクシデントを、どこかの正義の意志が守ってくれる・・・。

 やはり、甘い、あまい・・・」と言って、考え込んだ。


 ───いつもは朝から豪快に飲むのだが、今日はあまり手がでないようだ。

 俺は、しばらくして、

「また、ユウさんはこんな話もしてたよ。

 男は要らない世界だ。選別され、ほとんどは捨てられるとも言ってたな・・・」

「ん・・・」

 先生が目を覚ましたような顔で応えた。

「女系の世界になるというのか。種さえあればいいというわけか。

 スギさん。生きているのが、今で良かったよ。僕なんか、へその緒つきで、山に捨てられるだろうな・・。

 おお、そうだ。思い出したぞ」

 久米さんが目を剥いた。

「え? 何を」

「あのな、昔、北陸で聞いた話だ。

 老舗の大きな旅館だった。仲居さんが、こっそりと話してくれたんだ。

 噂かどうかも忘れたが、その旅館では男の子がいらないという話だ。

 旅館は女将が仕切っているだろう。娘に跡を継がせる。使用人のなかから、仕事のできるいい男を婿に選ぶ。

 男の子が生まれると、その子は養子に出してしまう。女の子が生まれて、丈夫に育つことが分かると、婿殿は離縁してしまうというのだ。

 これと似たような話だなあ。ああ、恐ろし・・・」

「そこの娘に見そめられなくて、良かったねえ。先生」

「まったく・・・」

 そこで笑って、冷めてしまった焼酎を、同じようにグビッと飲んだ。

 

「宗教のようなものが幅をきかせているようだよ」

「スギさん、はじめ社会では、腕力のある者とか、先を見通す力がある者とかがリーダーになる。

 『神』という絶対的なものをつくりあげてカリスマにする。様式化した、たいそうな儀式をやる。儀式を仕切る者は、神の意向を知る特別な能力があり、自分たちを良き方向に導いてくれる存在だと思い込ませる。

 はじめ社会では、宗教的な縛りは支配の方法としては効果的なんだ」

「でもなあ、先生。その仕切りをしている坊さんたちは、好き勝手なことをやってるようだ、みんなに見えないように・・・」

「そんなもんだよ。人間はいつまで経っても完成しないダメな生き物なんだ・・・。

 だから、地球や太陽が滅んでしまう56億年先まで、弥勒菩薩も現れない・・・」

「放り出されても、したたかに生きていたユウさんが、そんないい加減な坊さんを見て、逃げ出した気持ちもわかるなあ」

「ああ、そうだねえ。僕も、そんな所で生きていたくはないな」

 久米さんは、寂しそうな目をして、笑った。


 10.これから起きること・・・・


 

「スギさんは松井孝典を読んでるね」

「うん、字を数えているだけだがね」

「人間も恐竜みたいに滅び行く、という話も読んだか」

「そういえば、あったな。

 でも、先生。恐竜は、小惑星が地球に衝突し、それで気候が変わり、植物が育たなくなり、だんだんと食い物がなくなって、死に絶えたんじゃないの?」

「うん、そんなところだな。

 僕も、未来永劫に人間が生き延びていくことはないと思うよ。

 どんなに科学が進歩し、ありとあらゆる可能性を追求してみたところで、人間の持っている生命力には限界がある。無限じゃあないはずだ。

 恐竜は、太陽系が銀河を一周する2億何千万年もの間、繁栄した。あのばかでかい身体を支えるだけの食糧があったんだ。もっとも身体がデカいからたくさん食うとは限らないが・・・。

 人間なんか、僅か数百万年に過ぎないが、生き急いでいるからねえ。

 身体の進化もないが、あまりにもエネルギーを使いすぎた。

 恐竜は、知恵を使って、世代交代を図ったんだよ。

 でも、人間にはそれができない。もう枯渇寸前だからねえ」

「そんな難しいことは、俺には分からんよ、先生」

「僕の戯れ言を聞いてくれるだけで良いよ。テストはしないから・・・」

「それじゃあ、酒の肴にするか・・・」

「それでいいよ」

「もう一度、つくるかい。これ」

 俺がグラスを持つと、

「ああ」と、少し気の抜けたような返事をした。

「今日は、あまりすすまないようだね」

「うん、いろいろと複雑な思いがするんだ。

 僕の研究は、一般的な庶民の未来の生活がどうなっていくかを模索することだ。

 科学は予測ができる。でも、それが市民生活にどう関わってくるのかという眼で見ようすると、よく見えないんだよ。

 政治家の世界も、いつもごたごたばかりだし、どこを目指しているのか、さっぱりじゃあないか。

 発展のために一時的に力をためることも必要だが、そんなレベルではないしねえ。今のことしか考えられていない。

 突如として未曾有の事件が起きたときの政治家が信頼できない。

 あの世界ほど計算できない世界はないな。僕の」研究の芯に関わるというのに・・・」

「俺も偉そうなことは言えないが、なあ、先生。世界の人口はどんどん増えているそうだね。地球から溢れてしまうほどに」

「そうなんだよ。その食い物をめぐって、またトラブルが起きる。

 そのトラブルを解決するのは、政治力じゃあなさそうだ。穏やかな話し合いで解決しようとするが、衣の下に鎧を着てないと、自分に有利な結果が引き出せないというテーゼは、これからも生き続けていく・・・」

「それで、どこかの国みたいに、核兵器を持とうとするのか・・・」

「そうなのかもしれないね。

庶民は食うのにも困り、餓死する者が絶えなくても、そういう事実を全部隠し、人民に圧力をかけ、反対勢力を押さえつけ、ミサイルをつくる。

 それが何をもたらしてくれるといんだ・・・」

「なあ、先生。人間が滅びるのは環境問題と食糧だと言われているようだが・・・」

「スギさん、僕の研究は人間が滅亡する可能性は含まれていないんだ。

 膨れあがる人口、足りない食糧、止まない環境汚染、混迷する政治の有り様が、庶民の生活にどのような影響をもたらすのか、悪い方に悪い方に落ち込ませないで、どういう風に方向転換をすべきか、そういうサジェスチョンを与えることなんだ」

「うん、それは分かったけれど、のんびり酒飲みながら言えることじゃあないけれど、どっかの馬鹿が、ミサイルの発射ボタンを押したくてウズウズしてるような悪い夢をみたことがあるんだ、いつだったか・・・」

「へえ、そうかい」

「それで世界中が攻撃を受けたのに、俺だけが生き残った・・・」

「シェルターの中にでも入っていたのかい」

「いいや、そこのひび割れさんのボトルの中にいた」

「なんだい、それじゃあマンガだな」

「そうだよ、目が覚めても酔っぱらっていたんだからね」

「昔、冷戦の真っ盛りの頃に書かれたんだと思うが、小松左京の『復活の日』というSFがあった。スギさんは読んだ?」

「読んだ、、読んだ。映画も観た。南極だけが生き残る。細菌戦争の話だった」

「あれに恐ろしい話が出てくる。知っているかい、自動報復システムがあったのを・・・。映画と原作ではストーリーが違うんだが・・・」

「主演は草刈正雄だったな」

「そうだ。彼は地震予知の専門家の役だった。地球は恐ろしい細菌で埋め尽くされていたが、南極の基地にいる人間は、気温の低さで防衛されていた。

 彼がアリューシャンかどこかで大きな地震が起きるという予測を立てた。人間が誰もいなくなったところで地震が起きても問題にはなるまいと、彼は思ったが、そうではなかった。

 彼の予測のメモを見た誰かが、自動報復システムが生きていると言いだしたのだ。核攻撃を受け、地上の戦闘員が死んでしまっても、地下の基地でボタンを押せば、敵に向かって報復の核ミサイルが飛び出していく。そのスイッチをオフにしないと、南極に核ミサイルが飛んでくる畏れがあるというのだ。

 大地震の震動を核攻撃と誤認して、スイッチが入ってしまうかもしれないから、スイッチをオフにするためにワシントンまで出かけていく。苦労して、地下基地のコントロールルームにたどり着いた時、地震が起きた・・・」

「先生、憶えているよ。スイッチをオフにしようとした途端、誰かの白骨化した指がポロリと落ちて、スイッチが入ってしまうんだ。だが、南極に向かうミサイルはなかった。アメリカと同じようにソ連にも同じシステムがあったが、双方とも南極はターゲットにしていなかった・・・」

「あれは、小松さんの愛情だよ。人間に対する、深い愛情があるんだ。

 実際にはどうなっているか分からないが、ああいうシステムは、冷戦が終わった今も、生きている可能性もあるな。

 今後そのようなシステムは廃止し、間違いで発射されたミサイルに対する報復などない、首脳同士の信頼関係を確認し、ミサイルを自爆させるよう話し合いで解決することになるだろうがねえ。それがホットラインだろう?」

「どこの国から核で攻められるかも分かんねえよ」

「うん。核兵器は結局使えない。攻撃を受けたら、こちらからも反撃するから使うなよ、というメッセージにしかならないはずだ。そんなものは捨てて、コロモも鎧も脱いで、話し合いで信頼関係を築けば良いんだよ。どこの国も攻撃しません。何かあったら、平和的・紳士的な話し合いで解決しましょうと、なぜならないンだろうね。

 核兵器をつくるために費やされる金・エネルギーを、もっと別なところで使えば、人間の寿命だって伸ばせると言うのになあ。やっぱり、人間の成長は止まってしまったんだよ、スギさん」

「ユウさんの話では、どっかの馬鹿が破れかぶれにドンと一発やらかしたらしいが、話し合いも何もなく、報復システムのスイッチが入ってしまったということになるのかねえ。そんなことがこれから起きるのかねえ、本当に・・・」

「ああ、たぶん、起きるんだろう。

 そんな全面核戦争が起きたら、隠れる場所がないだろう。人の住んでいなそうな砂漠とか、高山とか、そんな所を除いて、核弾頭の標的から外されている場所なんかなかろう。

 地下深くのシェルターもあるだろうが、地中まで突き刺さって爆発するような核兵器も開発されているかもしれない。結局、逃げるところはないんだ・・・」

「俺には、ここがある」と、テーブルに残してあるボトルを指さす。

「ふん、僕も入れてくれる?」

「いいとも!」

「ありがとう。な、スギさん」

「ん! 何ですか」

「僕の未来学。もっと錬らなきゃあならないねえ。これからどうなるかだけでなく、どういう世界にすべきかを真剣に考えなきゃならないね」

「先生、そんなの九の字だ」

「九の字? また面白いことを言うねえ。なんだい、それは?」

「九は十の前。当然だということさ」

「おやまあ、年季の入った爺ギャグだね」

 久米さんは、おれのギャグで一息ついている。

「でも、先生。誰がどうやって、100億近い人間に気づかせるんだい? できっこない話じゃないか」

「人類の共通のテーマにならないね。共通の危機意識をひきおこすような何かが起きなければダメなんだ。

 あ、それがペテルギウスの超新星爆発・・・。そして、メーロン教なのか・・・」

「でも、先生。メーロン教が言っているというが、宗教が一つにまとまることはないと思うな。

 それぞれの頭が、自分だけが正しいとして固めているから・・・。他は全部邪教として排除しようとしてるじゃあないか。アラブでは、それで同じ宗教でも内戦になっているじゃないか」

 久米さんは、俺の言ったことと違うことを考えているようだ。

「・・・ユウさんの話では、そのメーロン教ができた後で、核戦争があったということだったね。

 結局、ほとんどの人間が死んでしまうということは、避けられないことなのかもしれない・・・・」

「おいおい、先生。だからどうすべきかを研究しているんだろ?

 俺は棺おけに片足入れているみたいだから、どうでも良いが、これからの夜のために、何とかして欲しいね」

「僕なんか、神通力を失って雲から落ちた人の末裔だから、何も出来はしないよ。

 いま二人で話していることを、何かに発表しても、それで何かが始まることはなかろう。大量に流れている情報のひとかけらに過ぎないからねえ」

「何もしないでいるんかい。本ぐらいは書けるんじゃあないの

 その一冊が、世の中を動かすかも知れないよ」

 俺はすごいことを言ってしまった。

「う~ん、そうなるかねえ」

「ユウさんの話に出てきた生臭坊主は木に入らなかったけれど、なあ、先生」

「ん?」

「一足先にメーロン教をつくってしまいなよ。もっとも、久米先生だから、クメーロン教になるだろうけれど・・・」

「おいおい、スギさん。僕を教祖にしちまうつもりかね」

「人類の未来のために、一肌脱いでくださいよ。

 どうです。新しい『時之蔵』でも飲んで・・・」

「ああ、ありがとう。500年先からの警告ということで、ユウさんに活躍して貰おうかな」

「それがいいよ、先生」

 久米さんがその気になったようだ。(了)    2012以前原案


 


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