表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

目指せ平和!

作者: 雪那 由多

気分転換に書いてみた短編です。

 朝、宿屋の扉を開ける。

 オープンの看板を店先に出し、客室が空いている空室の目印の旗をなびかせる。

 使用人が店の前を箒で綺麗にし、窓を拭いて一日が始まろうとしている。

 快晴の青空は眩しく、そして今日も魔物の森へと新人冒険者達がこの後得るだろう報奨金とまだ見ぬ世界に希望を抱いて向かって行く。

 真新しい装備にまだ少年少女と言っても間違いのない冒険者。

 魔物の森の地図を片手に森へと向かう初々しい姿を太陽よりも眩しく眺めながら今日一日頑張ろう!と気合を入れ直す。


エミリオ・エランド


 こう見えてもまだ23歳だ。

 今、目の前を通り過ぎた少年少女達と同じ年頃だった時は大変だったなぁとこの穏やかな平和な世界の中で過去を振り返れば自然に笑みが浮ぶ。


 エミリオ・エランド、こう見えても魔王を屠った勇者でもあった。


 決して魔王を屠った勇者に見えなくても生まれのアドリントン国の信託の巫女に選ばれ、異世界の聖女ヨシノ・ソメイを筆頭にエルフの魔術師ルクレース、帝国騎士団筆頭聖騎士のバーナード・ノスワージー、格闘王で格闘家のエディ・オウレット。

 そしてうっかり王宮の庭に在る剣を引っこ抜いてしまった偽称剣士の俺、勇者だったりする。


 100年祭とかいうお祭りで王宮に入れる!記念に名前書いてこよー!ひゃっはー!

 王族な人達の生活見てー!俺達の税金役立ってるなー!ひゃっはー!

 伝説の剣引っこ抜き大会とかやってるー!ぜってー取れないお約束だね!ひゃっはー!

 参加無料だから記念にやっとこー!どうせ誰も取れないしね!ひゃっはー!

 おおっと?!剣がなんかぐらついてるんですけど!ひゃっはー!

 騎士さーん!なんか剣が倒れそうですよー……おおっと、キャッチ!……ひゃっは?

 ぱんぱかぱーん!おめでとう!あなたが勇者様です!!!

 聖剣の勇者様ぜひ魔王を打倒して私達をお救い下さい!

 速攻で断る!

 けど断れません!

 神は仰いました!あなたが勇者だと!

 何その罰ゲーム!!!


 信託の巫女とこの国の王女と言う二人のロリキョヌーのキョヌーにもにゅもにゅともてはやされた挙句、おっさ……いやいや、ずいぶん歳とってもお盛んなのなと言う白ひげが眩しい国王と、ぜひその手に持つ羽根扇子で頬をパチンと叩いて欲しい女王さ……げふんげふん、王妃も合わさって、帝国騎士団筆頭のイケメンに拉致られるように王宮の奥に連れ込まれてハウトゥー勇者の旅のレクチャーしながら出立の雪解けの春までどの国にもある魔物の森で修行に励んでくださいと聖剣一本と共に魔物の森に放り出されてしまった。

 紆余曲折の後、森のクマさんと戦いに来たこれまたりっぱなロリキョヌーの格闘王でもあるエディと知り合いこんなひどい話があったんだと涙ながらに訴えればさすが脳筋。

 是非共になりたいと格闘王は格闘場の王座を捨てて俺の旅について行く事を勝手に決めてしまったのだ。

 格闘場では露出系ロリキョヌーのポロリもあるよな試合で見た目は子供、体は大人の悶える姿が見れなくなって大混乱に陥ってると言うのはどうでもいい話。

 両親の借金の支払いの為に売られてデビューしたてのまだ弱かった頃はルール無用の闘技場。いきなり本番もあったと涙ながらに語る格闘王の話しを聞けば寧ろ終了して良かった話なはずだ。

 うん。本番ってガチの殴り合いの方だよね?

 未成年入れてくれない理由そこじゃないよね?

 関係ないけど王都周辺はやたらとロリキョヌーがいる所で、俺の故郷周辺は村人全員絶壁と言う格差がある遺伝子の神秘だある。

 妹も牛乳飲んでも揉んでも大きくならないと言うが、10歳の妹にそれが標準装備だと言ったら何故か妹と似たような体型の俺の2つ年上の姉にシバかれた。仕方ないじゃん。うちビンボーだからみんなひょろっひょろだし?と口答えすれば俺の4つ年上の姉にもシバかれた。

 解せぬ。

 やがて迎える約束の期日に俺とエディの姿を見たバーナードは眉間を寄せるだけだったが何も聞かずに俺達を王の前に連れて行ってくれたのだった。

 いや、ちょっとちゃんとつっこんでよ。さみしいじゃん。

 ちゃんと説明させてよと思うも王宮では魔王の住む魔界の闇を打ち払う事の出来る異世界より舞い降りた聖女と高火力魔導師のエルフ、そしてエディと俺と言うパーティーで出立する所だったところをバーナードが帝国騎士団筆頭の座を辞してついて来ると言い出したのだ。 

 王も王妃もその国の為に身を差し出すと言う崇高な志にぜひ連れてけと言うが、それよりも勇者らしい装備が欲しいと訴えずにはいられなかった。

 バーナードを使って金をせしめて王宮の騎士団の装備をちょろまかし、まだそこら辺の騎士の方が強い状態で魔王城のある魔界へと信託の巫女によって放り出された。

 おっぱいの谷間をバーンと見せつけられてお願いされたら仕方がないよね?

 おさわり禁止って言う縛りだもん。

 拝めるだけでもオーライだよね?


 そんなわけで俺達の冒険はやっと始まった。


 バーナードはせこい魔物を倒して経験値をちょこちょこ入れるよりも自分よりも格上の魔物を倒してがっぽり経験値を稼ぐ方が効率的だと言って嬉しそうな顔で一人魔物の集団へと突っ込んでいった。

 魔界に来てから知ったんだけど、この人物凄い戦闘狂だったんだ。

 密かに血まみれバーナードと呼ばれている事を今更知ったが俺達に剣を向けられなければどうでもいい話。

 パーティー登録なんて事をしてるからほぼこの人の討伐で換金する場所がないのにアイテムがガツガツ入ってきて気持ちいいスピードでレベルアップして、騎士スキルと剣士スキルは通じる所があるせいかスキルまで愉快なくらいに発生していた。

 俺はぱちって来た国宝の無限に入るアイテム袋にアイテムやら魔物の肉を収穫する役目。

 みんなも旅が終わったら故郷の手土産にとアイテム譲ってくれた。

 俺の為に……と涙を流せばこれぐらいいくらでも持って帰ってあげなさいと言われて心の底からみんな良い人だなーなんて褒め称えてしまう。

 剣をキャッチしてから色んな事あったけどここまで親切にされたのは初めてだったのでうっかり涙流してバーナードと肩を並べて酒を酌み交わしたりと仲良くして居たらある夜彼があっち系の人だと発覚した。

 あーっ!!!

 な事には辛うじて免れたが、助けを求めて向かった女の子テントでは百合百合な3P展開が繰り広げていて、見ない、聞かない、知らない、忘れるでこの夜を明かした。

 この日より俺の知らなかった事がいろいろと発覚する事になる

 処女と脳筋はちょろいですねと言った実年齢を聞いちゃいけない肉食系エロフが舌なめずりしていたが、まあ、討伐とか俺の視界の中では普通を保っていたので割愛しておこう。

 たとえ聖女が性女と化しても、格闘王の服がどんどんきわどくなって目のやり場が困ると言うかがん見していいですか?って真顔で聞いてしまうのは仕方ないよね。

 ほら、個性って大切だから。

 そのせいかこんなにも変態に囲まれた夜は怖くて嫌だと剣を抱いて寝てたらバーナードにそっち系の人か、仕方がないと言われた。

 何そっち系って?

 何仕方がないって?

 その夜、大人のおもちゃらしきものを持って現れた彼をぼこぼこに倒して勇者スキルを遂に発動させたと言う記念日になった。もうヤダ……

 その日以来聖剣にも自我が目覚めてしまい、毎夜抱いて寝ていた聖剣は俺に並々ならぬ好意を向けるようになり、剣に目なんてないのに常時視線を感じるようになった所で俺以外持つ事の出来ない聖剣を適当な所にぶっさして俺は剣を抱いて寝るのを卒業したのだった。

 ただし、その後聖剣は放置プレイに目覚めてしまい、魔物が現れて剣を握る度、魔物を斬る度、スキルで剣を酷使するたびに俺の脳内にハアハアと怪しい息遣いが木霊すると言う……立派な性剣と成り下がってしまった。

 ちなみに女の声なのでまだいろいろ救いがあったと俺は思うようにしている。

 プラス思考って大切だよ?なんて自分に言い聞かせるのが口癖になった。

 そんな剣とパーティーにいつまでも付き合ってられないのでさっさと魔王城へと行こう!

 討伐するなり全滅するなりどっちでもいいから早く行こう!

 むしろこんな国滅びてしまえ!

 それよりもさっさと滅ぼそう!

 俺の投げやりなやる気に一行も早く魔王を倒して平穏な暮らしに戻ろうと言う微妙にすれ違っているが取り合うのも嫌なのでスルーしていれば、なら参りましょ!と、年齢を聞いてはいけない人の決断に誰もがやる気を見せるのだった。

 そして辿り着いた魔王城の魔王の間。

 やっつけ仕事でここまでやってきたせいもあって魔王の前に俺だけが立ちふさがると言う状況だった。

 聖女も魔術師も魔力が切れてダウン。

 格闘家も体力切れでダウン。

 俺が盾として使った聖騎士もダウン。

 ちなみに魔王側の六将軍とかいう人達も全員ダウンしている。

 性剣が俺の脳内でハアハアしすぎてるのが煩いが事実上の一対一の勝負。


 絶体絶命と言う状況で魔王と俺はそれなりにズタボロで、お互いこの狂った状況に笑みさえ浮かべていた。

 あれだよ。

 きっとランナーズハイに似た状態になってるんだよ。

 俺は俺に言い聞かせている間に魔王は魔剣をひいて面白い話を俺にしてくれるのだった。


「勇者よ、知っているか?

 なぜ数百年おきに魔王は復活し、聖剣が発生して勇者が現れるのか。

 愉快な話だから聞かせてやろう。

 この世界のシステムと言う物は人の憎悪により魔物が生み出される。

 それを調教するために魔人が現れ、人間の憎悪を背負った魔人を纏める魔王、つまり私の下に終結する。

 生態系の頂点に立つ人間は寿命の短さと引き換えに繁殖力が異状に強く、瞬く間に世界を埋め尽くす存在となる。

 水を穢し、生き物を殺して、さらに同族にすら手に掛ける。

 そう言った連鎖を打ち砕く為に魔界に生きる物は人の生きる人界に放たれる。

 ただ、生命力的に魔界の生き物の方が強い為に瞬く間に人の世界は滅びる為に世界のシステムはその歯止めとして勇者と言うシステムを作り上げた。

 魔王を打ち滅ぼす可能性のある者を聖剣を使って探しだし、殺されても何度も復活する魔王の機能を停止するためにこの戦いは何度も繰り広げられるのだ」


 愕然として聞いて俺はついに心の底に在った本音を吐き出すのだった。


「そんな事で俺は勇者にさせられたのかよ!」


 勇者として選ばれた理由も聖剣に選ばれた理由もそんな世界の生態系を維持するためのバランスシステムだなんて、無表情で俺を見下ろす魔王の前についに膝をついてしまう。

心が折れた瞬間でもあった。


「俺が、農家の息子が勇者な理由なんて所詮そんな物だよな。

 たかが親父と野菜を売りに来たらちょうど祭りがあって、タイミングよく高値で売れたから少し遊んで来い何て珍しく小遣い貰ってさ。

 おのぼりさんよろしく祭りの名物を楽しんだ結果村に帰る事も許されず、父には国の為に立派にと2男6女の家庭の働き手の消失に金貨5枚で泣く泣く別れる事になり、知ってるか?俺そん時まだ13才だったんだぜ?弟はまだ1才なんだぜ?

 俺の帰る場所が無くなった瞬間なんだぜ?

 13歳のガキに国と世界背負わしてみんな国じゃ勇者が何とかしてくれるとか言って暖かいベットで母さんの料理食べてるんだぜ?

 俺なんてここ数年ベットでなんて寝たことないし、母さんの料理の味なんて忘れるくらいただ焼いただけの肉ばかり食い続けたんだぜ?

 ああ、そういや、魔物の森からやっと出れた時、あまりにひどい姿だからってバーナードに森からすぐ出た所に在る宿屋で久しぶりに入った暖かい風呂、美味しい食事、やわらかなベット。

 嬉しくて泣きながら寝たな。

 そうだ。

 俺、勇者辞めたら宿屋の主になりたかったんだ。

 帰って王様にご褒美貰えるとしたら魔物の森の近くでそんな冒険者を受け入れる宿屋をやりたいってお願いしようとおもったんだ。

 なのにこんなシステムの為に生贄になるなんて……」


 ぐずぐずと泣き出して愚痴る俺を魔王は無表情で俺を見下ろしたまま口を開く。


「言いたい事はそれだけか?」


 もうどうでもよくなって上手く返事が出来ずに頭を差し出すような姿勢のままうんと頷くだけの俺に


「私にも夢があった」

 

 は?

 魔王に夢?


「勇者システムが発生するたびに私は殺されて魔界が崩壊し世界はリセットされる」


 まだ止まらない涙を流したまま俺は魔王を見上げる。


「過去数百年、いや、数千年に渡る繰り返す作業に私も既に死ぬ事を作業としていた。

 魔王らしく人間を殺して悲鳴を聞いたり、女をさらっては魔獣どもに孕ませてはその苦しみを糧に魔人を作らしたり、それなりに立派に魔王業をしていたと思う」


「お前鬼畜系だな」


「魔王だからな。

 とはいえ、私には決して手に入れる事が出来ない物がある」


「そんなものあるのかよ」


 無限の命、そしてこの城に由来する立派な彫刻や絵画。

 芸術を集めた美術館さえ子供の寄せ集めにしか見えなくなる究極の美にも囲まれた生活に何が不満があるのかよと思えば


「その聖剣。

 私がこの手で触れてしまえば……」


きゃああああああっっっ!!!


 性剣の断末魔が脳内に響いた。

 いつもの絶頂系エクスタシーな叫び声ではなく命の絶たれるそんな悲鳴。

 慌てて性剣と呼びかけてももう二度と返事はなかった。

 それどころかどんどん闇に包まれるように禍々しい剣へと変貌していく。


「見ての通りわが手にかかれば聖剣とて魔剣に変ってしまう」


「お前は魔王だから当然だろ!」


 悲しそうな視線で元性剣を俺へと放り投げて魔王は背を向ける。

 ちょっとあれだけど、旅の始まりからの唯一の仲間の敵討ちに今なら一撃で殺れるほどの絶好のチャンス!

 だけど俺は何故か身動きとれずどこか悲しげな魔王の背中を見つめ続けていれば


「せっかくだから私のコレクションを見せてやろう」


 パチンと鳴らした指と共に現れたのは無数の魔剣。

 魔王は悲しみに暮れた顔のまま、でも魔剣を愛おしそうに指を滑らして撫でる。


「これは歴代の勇者が残して行った聖剣だった物だ。

 最後に私貫いて屠り、魔界の崩壊と共に聖剣を置いて逃げ出す勇者の残して行った聖剣だった物。

 一時は私も確かに死ぬのだが、魔界の崩壊完了と同時に私は再生する」


「結構速く再生すんだな」


「ああ、大体3分ぐらいでどの勇者も離脱し、魔界も崩壊する」


「何てインスタントな世界だよ!」


「そんなわけで刺しっぱなしと言うのも生活で不便なので剣を抜くのだが、それと同時に聖剣は魔剣へと生まれ変わる。

 先ほどのように」


 そう言って涙を一筋流した魔王は心の底から吐き捨てるのだった。


「私とて毎度毎度あの究極の美と言っても構わない美しい聖剣を手に取ってみたいと願って何が悪い!

 私には毎度毎度この魔剣しかあてがわないと言うのに、殺される運命にあるのだから少しは扱いを良くしてもらっても構わないと思うだろ!」


 中身は変態だぞとは言わずに


「だったら自分で作りゃいいだろ?

 長命なんだから自分専用の剣を作ればいいだけじゃん」


時間も金もあるんだしさと言えば、魔王はポンと手を打ち


「なんと素晴らしい提案だ!誉めてつかわす!」


「いや、別に褒められる事じゃないし、何で気が付かなかったんだよ。

 無駄に長生きしてんな」


 あきれ果てた一言に魔王はくるりと背を向けて聞かないふりをしたが、またくるりと反転して


「所で剣はどうやって作るのだ?」


 根本的な所がごそっとない魔王様だった。

 そりゃそうだよな。

 一言ですべてが献上される地位の人。

 下々の事なんか知らないし、魔王だから下々の事なんて考えた事もないだろう。

 とは言え下手な事も言えなくて、そうだあの人だ!

 思い浮かんだのは


「その元性剣だけど、ドワーフの鍛冶屋にメンテナンスいつもお願いしてたんですよ。

 あいつらの武器もそこで鍛えてもらって、そこのドワーフを紹介しますんで修行してみてください」


 そう言って紙がないので聖女のくせにいつ洗ったかわからないヨシノのハンカチを失敬してそこにがりがりと格闘王の飛び散らかした血を借りて住所と名前、そして紹介状を書く。

 ちょっと気になる人かもしれないけどそこんとこは無視して、純粋に剣作りをしたいらしいから弟子として引き取ってくれ、いつも世話になってるエミリオより。

 

 血がにじむ前に魔法で乾かし魔王に水に浸けて消さない様にと渡す。

 まるで至上のハンカチのように魔王は両手で受け取り、次の勇者戦までの生き甲斐が出来たと喜んでいた。

 いや、あんた魔人作りはどうするのさ……

 どうやら俺達の世界はこんな変わり種の魔王に怯えてたらしい。

 もうこんな世界どうなってもいいや、どうせ次の魔王戦の時には俺死んでるし。

 短命の人間でよかったと心から喜んでいたのもつかの間


「所で相談だ」


 何やら魔王様が物騒な事を言い出した。

 冷や汗を流して振り向けば既に未来に希望を見出した魔王様が


「次の勇者戦までには時間がある。

 その間修行を終えた私は鍛冶屋と言う物をやってみたいのだが私のような初心者でも腕を振るえる場所を知ってはないだろうか?」


 この魔王ヤダ……

 無駄な生き甲斐見つけちゃったよ……

 ねえ、どこかに魔人生き残ってない?

 あ、全部血まみれさんが殺っちゃったか……

 だけど、もう俺は戦う気力が残ってないから適当な場所を紹介して縁を切ろう。


「そうだな。ベンゲレール国はどうだろう?

 貧困な国だから初心者の森に向かう冒険者も多いと聞く。

 そこなら安い初心者向けの剣をいっぱい作る事になるだろうからお奨めかも?」


「ベンゲレール国か。かつて800年ほど前に勇者をうみ出した国だったな。

 これも縁か。

 良し、私はそこに向かうとするが勇者、お前はどうするのだ?

 国に帰れば殺されるのだろう?」


 その言葉に「は?」と素で返してしまった。

 魔王も眉間を狭めて


「知らないのか?

 魔王を打ち破った勇者は勇者をうみ出した国が責任を持って世界を混乱に陥らせたと言う冤罪を着せられて殺される運命にある事を。

 そして勇者は命を引き替えに魔王を打倒したと美談に書き換えられて彫像を作って奉ると言う所までがこの聖戦のシナリオだ」


「き、聞いてませーん……」


 というか、何その話?

 確かに勇者と魔王の戦いの話しはみんなそんな落ちだったけどまさかそんな結末が最初から作られていたなんて……

 だからなんでもない村人の俺が勇者に?

 だからまともに学校すら行ってなくって本すらまともに読めない俺が勇者に?

 逃げない様に処女性女とかエロフとかポロリが決め手の格闘王とか侍らせて御膳立てされた旅立ちだったとか?


「あの国王コロス!」


「あんなつまらぬものを消したとしてすぐにつまらん王が現れるだけだ。

 その腕を穢すな」


 想いっきり魔王に同情されてしまった。

 もう滂沱の涙を流してまだどーてーなのにとか、女の子のおっぱいってほんとふわふわなのとか、どうでもいいことを口走っていれば


「ならそなたも私に着いて来い」


「?」


「私も魔界暮らしばかりで人間界の暮らしが判らん。

 確かお前は魔物の森の入り口で宿屋を営みたいと言っていたな?

 だったら私が資金を出してやろう。

 その代わりに私の工房を作らせよ。

 勇者の故郷とは全く関係ない国ならばアドリントン国も手出しは出来ないだろう。

 最も手出しできる距離でもないしな」


 うんうんと魔王の提案に俺は思わず魔王を見上げる。


「あんた、いい人だ。

 俺、魔王を殺したらベンゲレール国の魔物の森の入り口に土地を買って宿屋と工房を建てて魔王の修行を終えるの待ってるよ……」


「ふむ、話は大体決まりだな。

 私はお前の魔力を辿って会いに行こう。

 そしてこれが当面の資金と世話代だ。足りると良いのだが……」


 アイテム袋から溢れんばかりの宝石と金貨銀貨が詰まっていた。


「こんだけありゃ十分だよ」


「なら後は私を殺すだけだな」


そう言って魔剣に変えられてしまった性剣の先を魔王はここが魔王の心臓だと人とは逆位置の場所に突き当てる。


「時間がもったいない。はやく殺せ」


「ああ、ベンゲレール国で待ってる」


 胸に剣を突きつけた所で背後で何やらうめき声が聞こえだしてきた。

 少し長話ししすぎたらしい。

 俺と魔王は視線を合わせて同時に頷く。


「これが魔王の最後だあああっっっ!!!」


「私は死なんっ!次の世で待ってるぞ勇者っ!!!」


 ざくっと貫けば背後から俺の名前を呼ぶ仲間の声。

 断末魔の後に死んでいく魔王を見守ってから仲間の所に駆け寄るも魔王が死んだと同時に魔界が崩壊していく。

 俺は最後に残った力と言って仲間を国元へ帰す強制移動の魔法をかけて涙を流して遠ざかって行く仲間を見送り、それが見えなくなった所でベンゲレール国に向けて移動魔法を使う。

 うん。

 魔王と話をしている間に魔力大分回復したよ。

 さすが勇者仕様の体だね。


 一度も行った事のない国なので旅に旅を重ねて数か月を使ってようやくベンゲレール国に辿り着き、魔王からもらった金貨や宝石で宝石と工房を作った。

 他にも労働奴隷を購入し宿屋の運営から、魔物の森が近い為にまともに植物も育たない荒れ地を将来農家だった実家を継ぐはずだった俺の意地で耕かせて、勇者にも何故かある浄化スキルで魔物の森からやってくる魔物の穢れを綺麗にして宿で出す食事も自分の所で作れるようにした。

 気が付けば大農場になっていたけど、まあいいか。

 おかげで初心者の冒険者たちにありがたがられる宿屋となり、勇者時代に貯めに貯め込んだポーションを薄くのばして格安で傷薬として分け与えたり、怪我で引退した人達を農場で雇ったり、巷の噂に上る評判の店にしたりとそんな努力を続けて数年。


 いつものように突き抜けるような青空を眺めてからさあ今日も一日頑張るかと店に戻ろうとすれば


「主はいるか?」


 この低音ボイスと上から目線な人物に俺は振り向き笑みを浮かべる。

 漆黒の髪と漆黒の瞳。

 肌は不健康なまでに白い物の細マッチョな人物は長い髪を短くして人よりも人らしい姿に懐かしさがこみ上げる。


「やあ、マオー待っていたぞ」

「何だそのマオーと言うのは」


 切れ長の無表情の視線が俺を見下ろすが、もう俺にはそんな物に恐怖なんて感じない。


「とりあえず名前が必要だろうからマオ・アエラって適当に名前を作って俺と二人で商業ギルドに登録しておいた。

 だから通称マオー」


「なんと!そんな仇名まで!」


「ああ、ちなみに俺の新しい名はロロ・ブロス。

 んで、ここは宿屋ブロス。

 そしてお前さんの新しい城はあっち」


 言って連れて行けば感涙と涙を流しながら新しい城へと入城して


「素晴らしい!完璧だ!

 師匠の工房とほぼ同じ作りにしてくれたのか!」


「ああ、俺も他の工房なんて知らないし、その方がマオーもやりやすいだろうと思ってよ」


「なんと気の利く奴だ!

 そうだった。師匠から手紙を預かっている。確かに渡したぞ」

「ああ、確かに受け取った……」


 言いながら早速炉に火をくべて長年掃除しかしてこなかった工房にやっと命を吹き込む傍ら師匠さんからの文句から始まった手紙は一番弟子にさせてもらった。ありがとう。と言う謎の感謝と言う言葉で終わった手紙はそっと火にくべる。


「さあ、早速マオーの紹介を店の方でもさせてもらうからな。

 ちなみにこれがリサーチしたこの辺の平均的な料金表。

 金銭面的な事はうちの店の連中にさせるから、マオーは心行くまで剣を作ってくれ。

 後修業時代に拾い集めた素材もどんどん使ってくれ」


「なんと!今では手に入れる事の出来ない魔獣の骨や牙がこんなにも!

 ああ、私もお前の店の評判に負けぬ様に腕を振るうとしよう」


「お互い夢を叶えるために頑張ろう!」


 ガッツリと握手を交わし、やがてやってきた常連に紹介して早速剣を研ぐ仕事を貰うのであった。




 ベンゲレール国の魔物の森の入り口にはどんな初心者でもどんな金のない冒険者でも格安の料金で暖かな風呂と温かい食事、そして寝心地の良いベットを提供してくれる安宿と、どんな剣も魔剣に変えてしまう不思議な工房が冒険者を支援している。


 ここに厄介になった者はやがて世界中に通用する冒険者となるのだが、なぜここまで強くなれたかはみんな苦笑して誤魔化すのだった。


 やがてどの国よりも豊かに潤う事になったベンゲレール国は国ぐるみでマオーと言う名の鍛冶屋とアドリントン国に彼とよく似た彫刻のある宿屋の主の正体を一切公言するのを法で禁止したのを他国は知らない。





「ロロ!今回もいい剣が作れたぞ!」


「よし!ちょっと試し切りしてくる!」


 ブロスの宿で働く者はみんなそのやり取りを深く考えないようにして微笑ましく見守るのだった。

 



伝説の勇者と魔王に友情が芽生えたお話でした。

お付き合いありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ