第百四十一幕 ~アストラ砦に向かって 其の壱~
キール要塞に対する攻撃が開始されてから二週間が経過した頃。
ブラッド大将が率いる第二軍とオリビア少将率いる第八軍はアストラ砦攻略に向けて城郭都市エムリードを発した。
ウィンザム城を経由しながら北西に進軍する総勢五万からなる軍勢は、帝国と国境を接するサンルマル口からの侵入を果たした。
「──しかし随分とまた美味そうに食うな」
「ブラッド大将も食べる?」
「いいのか?」
「うん、沢山あるから全然いいよ」
黒馬にくくり付けているカバンをゴソゴソと漁り始めたオリビアは、数枚のクッキーをブラッドに手渡した。
ブラッドはすぐに一枚を口の中へ放り込む。
「ほう……もっと甘いものを想像していたが良い意味で想像を裏切られたな」
「それはつまり美味しいってことでいいのかな?」
「ああ、中々美味いな。だがこうなると俄然酒が欲しくなるなぁ。嬢ちゃんのカバンの中に酒は入っていないのか?」
「お酒? わたしお酒は飲まないから入っていないよ」
「それは残念だな」
およそ大戦の前とは思えぬ二人の会話を後ろから聞いていたクラウディアが、内心で大きな溜息を吐いていると、隣で馬を並べるリーゼ中佐が苦笑した。
「なにが可笑しい?」
「そんなに大きな溜息をついて、相変わらずクラウディアは苦労性だなと思っただけ」
「今の会話を聞いていれば溜息もつきたくなる。閣下はいつものことだから諦めるにしても、ブラッド大将までもがあれではな……」
「本当に困りものよね」
「……そういう割には、困っているようには見えないのだが?」
「まぁ、ああ見えてもブラッド閣下はそれなりに考えているから」
そういうリーゼの顔は、どこか誇らしげであった。
「──信頼しているんだな」
「でなければ副官なんて務まらないでしょう? クラウディアはオリビア少将のことを信頼していないの?」
「無論、信頼はしている。ただなぁ……」
クラウディアは後ろを振り返り、カラカラとのんびりした音を立てる一台の馬車に目をやった。馬車の中身はオリビアのおやつがギッシリと、それはもう隙間なく積まれていた。
オリビア曰く、自分が元気に戦うためには絶対に必要不可欠なものらしい。そう言われるとクラウディアとしても駄目だと言いづらく、結局は渋々ながらも承諾した経緯があった。
リーゼも後ろの馬車に視線を流し、
「ああ、あれね。こう言っては失礼に当たるけどなんだか可愛らしくていいじゃない」
「他人事だな」
「だって他人事だもん」
カラカラと笑うリーゼに溜息を吐きながら、クラウディアは神国メキアに滞在していた日のことを思い出す。ソフィティーアから夕食に招かれたオリビアが、歩いて屋敷に帰ってきたことを。
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