王室ニュースで婚約肯定!?
「しないよ、皇女と結婚なんて!」
王子のはっきりした否定の言葉を聞いて少し不安は和らいだ。私に向けられたまっすぐな目は、嘘なんてついてないって分かる。でもじゃあこの記事は一体何?
私は森番のリビングで立ち尽くしてた。パソコンの画面と王子の顔を交互に見る。字の読めない私でも、王子とよく分かんない女の人がハート型で囲まれた画像からは不穏な匂いを感じる。
工房を出た後山小屋に来た私たちは、森番のもてなしを受けてた。美味しかった、森番の手製パンケーキのアイスのせのハチミツがけ。満足した私は手洗いに立って部屋に戻ろうとしたら、ドアの外まで王子と森番の声が聞こえたの。
『なにこれ!なにこのニュース記事』
王子は慌てた声で森番に尋ねてた。その後に森番の落ち着いた声が続いた。
『へえ王子、遂に久留米里亜の皇女と婚約ですか。それはおめでとうございます。外交の大きな一歩でもありますね。株価も上がり……』
それを遮って王子は疑問をまくし立てる。
『なんでなんでこんな記事が出てんの、これ王室庁長官のインタビューとかあるじゃん、なに肯定してんの長官!おれの知らないとこで何が進んでるの』
『いや、私も初めて知りました。いつも森にいてネットも毎日は見ないので、何も……』
今度は私が遮ったよ。
なんの話?て問うように、音を立ててドアを開けた。
そうして、王子は否定した。
ほんと?
うん、本当に王子の知らない間に運ばれたことみたいだ。でもこんな記事出されちゃって、この後どうするの。
不意に王子が前屈みになりながら立ち上がる。
「腹いたっ」
そのまま扉の向こうに消えて行った。トイレかな。その姿を見送りながら、私は背中から力が抜けるのを感じた。そのままソファに座った。座ったっていうか、落ちたって感じ。森番が控えめに気遣う様子を見せた。
「どうぞ」
そして、元々用意してた所だったのか、さっとお茶を出してくれた。
なんか寂しい気分だな。王子の身内に対しても、身分がどうのっていうので一線を引かれる、それでいて臣下……森番にも、王子の連れってので距離を置かれる。
ああ耳鳴りがしてくる。根拠はないけど、海に潜れば治るって気がした。泳ぎたい。遠征したい。姉たちと。
「いい香りでしょう。熱いうちに」
我に返った私は、森番の勧めるお茶をすすった。ホントだいい匂い。なんかのハーブ?おいしいよ。少しほぐれた心で私は森番にお辞儀をした。いろいろなお礼を込めて。
王子が静かにドアを開けて部屋に入ってきた。少し休みますか、と森番に尋ねられて、首を振る。
「ありがと。でも平気だよ。おれ腹弱いくせに肉とかアイスとか好きだから、いつものこと」
私はクスっと笑ってしまった。ホントだよね、て思って。
笑ってる場合じゃない?そうだよね。
王子は、宮殿に帰ろう、て言った。一刻も早く誤解を説かなくちゃ、て。
「善は急げだよ」
外に出ると日はけっこう傾いてきてた。帰り道には昼間よりオレンジっぽくなった木漏れ日が差してて、景色は日差しと影で縞々になってた。
王子の顔も、縞々だよ。
私はすごく、たまらなく、そんなどうでもいい事を王子に伝えたくなった。
突然、私の方を見た王子が張り詰めてた顔を崩した。
「イレミ、縞々。あ、おれもか?」
やっぱり王子最高ね。ふふ。
ん?なんか私さっきニェミって呼ばれたような。山小屋で、青ざめてた時に。
『ニェミさんお茶どうぞ』
って。
え、なんで森番、私のホントの名前知ってるの。