人魚姉妹の生い立ち。キレイなものにはワケがある。
お父さんの話をする王子、活き活きしてる。この工房にも楽しい思い出がいっぱいなんだろうね。羨ましい……あ、やな波が来そう、あっち行け、心の中のへんな雲。
私は工房を案内する王子の声を聞きながら、おぼろげな記憶の中の薄暗い海底を思い出した。私と姉たちの四方を囲む狭い網。その隙間から覗く不気味なアンコウの顔。網の目をすり抜け出たり入ったりするウツボ。こわかった。
子供の頃のこと。
その前に母親の話。
妙齢の女人魚は毎月産卵する。で、たいていは無精卵だから、海底の地中とかに産んで埋めちゃったりしとくの。
でも、これって人が現れたら……子供作りたい相手を決めたら……受精させて孵化を待つ。その時は珊瑚に産卵する。
だけど私たちの母親は体が弱くて、年頃になっても全然産卵が起こらなかったんだって。それで子供できないかもって心配してたんだけど、私たちの父親と出会って何回目かのデートしてたら、いきなり起こったんだって、産卵が!その初めての、そして結果として一回こっきりになった……奇跡の産卵で生まれたのが私たち姉妹。
産卵の気配を感じた母親は慌てて父親と連れ立って珊瑚まで泳いで産んだ。でも、そのまま体調を崩して臥せっちゃったの。
珊瑚を守り抱くように寄り添って泳ぐカップルはよく見かける。外敵から子供を守りながら孵化を待ちわびてるんだね。でもうちの場合は母親が寝込んでるから、父親が一人せっせと珊瑚守りをしてたらしいよ。母は父から、孵化が近づくにつれどんどん綺麗な色になっていく、と聞かされてたらしい。生まれたばかりの人魚はみんな白いけど、孵化前の卵には成長後の色が現れるっていうから、母と父は、色とりどりな家族になるねって楽しみにしてたっていう。
でも、姉妹全員が孵化し終わった日、父親はいなくなった。この世から。沈没した船に乗ってた人間を助けようとして、エンジンの爆発に巻き込まれて。
人間に捕まったんだなんて噂する人もいたけど、私はそんなの信じない。見せ物にされただの、解剖されただの、食べられただの……そんな勝手なこと、面白おかしく言うな!て母親は怒ってた。
うちは父親がいなくて、母親は病気だから、自力での子育ては難しかった。だから母親は、人魚たちの相談受け係でもある魔女夫婦に私たちの面倒を頼んだ。その頃魔女は魔法の力と占いの的中率が評判になってきてて忙しかったけど、ちょうど同じ頃生まれた魔女っこ兄弟姉妹を育てるついでだからと、快く引き受けてくれたらしい。
でもそれが大間違いだった。魔女夫婦は、自分たちの子ばっかり世話して、私たちのことは海底の狭い網に放り込んで放置。で、うちの母親が来た時だけ解放して、ウミガメの背中に乗せて遊ばせたりしてさ、かわいがってますよっていうポーズ。ああ、もうほんと最悪な記憶。
私も、いつも網の中で「今度母親に会ったら言いつけてやる!」て思ってるのに、ウミガメに捕まっての海中遊泳ってのがもう面白くって、ついはしゃいじゃったりして。それがますます悔しいの!
それに母親が来て暗い深海から解放されるたびに、これでこれからは自由なんだ!て思ってたのに、毎回裏切られてまた海底の網に閉じ込められるの繰り返しもきついね。結局またすぐに魑魅魍魎みたい海底生物に怯えながら姉妹身を寄せ合って暮らす日々に戻る、と。
そうして、はっきり物心つく頃になると、私たち姉妹と魔女っこたちの間に、明らかな違いが出てきた。それは、鱗の色。私たちは、まあ、綺麗な色なの。コバルトブルーの長姉、赤や金の錦みたいな二番目、シルバーがかった純白の三番目、そして虹色だった私。対する魔女一家は、全員ブラック。
黒い鱗は魔族の証。魔力を弱めないために、一般の人魚と混血しないようにもしてる。魔族は同じ海域に一家族って決まってるから、代々よその海域から婿取り嫁取りして族同士で子孫作るようにする徹底ぶり。
だから黒い鱗ってのも人魚の中で特例なんだけど、私たちのもちょっと特別らしいの。
最近の研究で分かったんだけど、鱗が鮮明な発色するのは、日に当たらないで育つことが原因らしい。小さい時に海面で鰯やトビウオに混ざって遊んだり、岸辺まで行って探検したりとかしてると、少し濁った色になる。シックなのだとブリハマチ系、平均は青魚の背中や鯛みたい感じ……でも海面で光って結構キレイだね……で、海底でじっとしてる子は、鮮やかに育つらしいのよ。でも大抵赤魚レベル。たまーに、稀な遺伝子の組み合わせとかで私たちみたい熱帯魚レベルになるって話なの。
皮肉にも、派手な鱗は半分は海底で網に押し込まれてた産物なわけ。