蜜月
「船、楽しかったよね。おれ海の上好きだなあ」
今、二人で午餐中。崖の上に建つ宮殿のバルコニーで、海に向かって円卓に掛け、本日は山の幸を味わう。牛、豚、茸の網焼き。そして鹿刺し!
イレミは、おれんとこに来た頃は動物の肉というのを食べたことがなくて、心持警戒していたようだけど、今は舌鼓を打って食べている。福々と目を細めながらこちらを見て微笑んで、ハッと口元の脂に気が付いてサッとナプキンで拭う様は、ホントかわいいーん。
ん?
「うわ、すっぱー。わ、おれ間違えて酢のソース取っちゃったあ。オリーブオイルのつもりだったのに」
酢は苦手だ。ビールで流す。ますます変な味。
控えていた給仕係が寄ってきた。新しいものを持ってくる、と言う。
「いいよいいよ、焼いちゃえばわかんないし」
おれは給仕係をさえぎって炭焼き網の上の茸をよけて鹿肉を置いた。急遽焼鹿にメニュー変更ってわけだ。給仕は一礼して下がった。こういうこと、女王である母親のいる前でやると怒られるけど。
「あ、イレミも?」
イレミも真似をして自分の皿の鹿肉を網に乗せている。うんうん、やっぱ夏は海を見ながらバーベキューでしょ。
「イレミ、ご飯食べたら、裏の森に涼みに行こう」
今日は、おれ、午後公務OFF!だから。
昼のあと、シャワーを浴びて、ちょっと寝て、泳いできたイレミと合流して城を出た。暑い午後は、森で過ごそう。
二人で散歩しながら、野鳥の声に耳を傾けたり、蝶を追ったりした。イレミは、小鳥が好きなようで、見つける度に指差して微笑んでた。それから、蝉が飛ぶのに驚いたりもしていた。とても衝撃だったようだ。
「ほんとに、海の子なんだね」
それもそうか?とおれは心の中でこっそり頷いた。
「あっそうだ」
分かれ道に来ておれは思い出した。ここを左に行くとあそこだ。
「おれんちのおやじが使ってた工房見せるよ」
工房はおやじが生きてた頃のままにしてある。
森の中だけど、セキュリティもしっかりしてるし、山小屋に住み込みの森番が巡回や掃除含めたメンテナンスもしてる。
ちゃんと、イレミを招き入れられる清潔安全な場所になってるというわけ。
向かう道すがらおれは、ついでだからとウチの『フクザツな事情』をかいつまんで話した。
ガラス細工作ってた父親は母の二番目の夫で、自分の実の父ではないということ。実の父は普通に王だったけど、おれが生まれてすぐ死んだ。そしてその時、王制廃止派の政治家が摂政やるっていうのを阻止して母親が女王になったっていうこと。
で、その二番目の夫は?ていうと……王にはなってない。ま、初めは“つなぎ”のつもりで王になった母親がいつの間にか王業がっつりプロになってたっていうのもあるし、
「正式には結婚してないんだよ、新おやじと母親」
イレミは、特に反応も見せず、ふうん、という風に先を促す顔をする。気を使ってるのか、それとも人魚の世界では事実婚がメジャーだったりするのかは分からない。
「戸籍とかなかったんだよ、新おやじ。記憶喪失になってあてもなく浜辺を彷徨ってたところを、仕事に煮詰まって同じく浜を歩いてた母親と行きあって。でなんか意気投合して母親はおやじを城に呼んでご飯食べさせたりして。でなんかつきあっちゃったみたい」
話しながらおれは、おれとイレミを彷彿とさせるかも、なんて思ってくすっと笑っちゃった。イレミもそう感じたのか、笑みを浮かべる。
「周りも、王族の結婚相手として身分も分かんない相手なんてって反対したし、第一戸籍ないんじゃ結婚できないしね」
言ってからおれはハッとした。慌てて続ける。
「昔だったからね。今はほら、隣の国の王も、事実婚の彼女との間に生まれた息子が正式に王位継承者として認められたしさ、時代は変わったよね!」
言いながらおれはイレミの手を握った。分かってくれたかな、イレミ。おれのキモチ。
重い木の戸が開く音がした。いい所で、もう!目を上げると、前方の山小屋から男が出てきた。敬礼して、こちらに向かって来る。森番だ。
「今日もラボへ?」
おれより五つ年上の彼。でももう少し上に見える。良く言えば落ち着いてる、悪く言えばおっさんくさい。そんな彼をおれは中学くらいまでは、おっさんおっさんと弄ったりしてた。でも、年寄り臭く見えてた部分がだんだん思慮深さとか趣きみたいに思えてきて、いつの間にかからかわなくなったよ。
ホントならおれは普通に、大好きなイレミと信頼の置ける森番を互いに紹介したい。でも、王族が一森番に友人やらを引き合わせるなんてダメなんだって。『王になる者として、立場をわきまえなさい』それが母である女王の口癖だった。
まあ、そういう身分の壁ってやつに反発して悔しがる時期もあったけど。今は悔しいより『残念』寄りの感情が湧くようになって。それと共になんか反発するって行為が“ミクロ”にグループ分けされることって気がしてきて。やるなら“マクロ”じゃないと意味ない、て感じてきてね。
でもでも!イレミのことは、そのうち全国民に紹介したいって思ってる。ふふふー。
「あ、勝手に中入って見るから、森番は仕事しててよ」
森番はそう言えばいつも一礼して下がるのに、なあんか、イレミに視線注ぐこと一秒。
「失礼しました」
おれの視線に気付いたのか、森番はやっと我に返ったように頭を下げた。
「まったくもう、かわいいからって見とれるなよ」
おれはいつもみたいに森番に軽口を叩いた。