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withマーメイド  作者: asanj
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14歳の恋と罵声とガラス細工

人魚と出会うずっと前の、中2の王子は……

「選択肢なんてなしよ。王になる前提で、どんくらい政治に関わりたいかってこと!」

 そう言うと母は上半身を起こし、メイドが運んできたカップを受け取った。この香り、こないだ久留米里亜国首相が手土産に持ってきた茶だな。


 政治に関わりたいかどうか……その点で言うと母は、思い切り関わっている。かつては議会荒らしの異名をとったほど。今もしょっちゅう重臣を執務室に呼んでは昼食も忘れてああだこうだ話し込んでいる。

 しかし亡き父は対照的に、政治に無頓着で、いつも趣味のガラス細工造りに没頭していた。


「おれは、おやじ方式がいい」

「新旧どっちの?」

「新!」


 ふん、と母は鼻を鳴らした。諦めのような安堵のようなそれは、そのまま鼻歌にかわっていった。



 喉乾いたな……

 ここは日のさんさんと差す船の上。回想から返ったおれはテーブルの上のフルーツ盛に手を伸ばす。そしてスイカを摘んで口に放った。スイカってちょっと目の荒い感じが喉越し良くて好き。


「おやじ式ねえ……」

 おれは二年前の自分のセリフにツッコミを入れる。

「って言っても、ガラス工芸するわけでもないけど」

 おれはなんも作んない、作れない。見る係。そして愛でる係。おやじが作ったガラス細工たちを。


 おれは目の前にある色とりどりのフルーツの盛られた器を見る。細かいキラキラしたキューブを磁石で吸い上げたような、表面のツブツブ感。フルーツに敷いてあるクラッシュアイスとの境目が分かんないのが不思議。空中の光の中にフルーツが浮いてるみたいだ。

 

 これを作ったのはおやじ。

 いつも宮殿にいなかったおやじ。趣味という言葉がまだ理解できない小さい頃は、大人たちから「仕事場にいる」と聞かされてた。

 6、7歳の頃から、工房に遊びに行くようになった。おやじはいつもハチマキして大汗かいて硝子を膨らませてた。

 焼いてる時おやじは眼前のガラスしか見てない。冷凍庫のかき氷を幾つ食べても怒られないからおれはそこにいるのが好きだった。しかもおやじのすぐ横でそれを食べるのがよかった。溶ける前に氷をかき込む必死感が、熱気との競争みたいで楽しかった。


 そのうち、おれも作りたくなった。やりたいやりたいって騒ぐと、おやじは嬉しそうに教えてくれた。でもすぐ挫折した。時を同じくしてかき氷への熱もなくなってきて、おれは工房にあまり行かなくなった。


 14の時かな、異国の伝統菓子で“水飴”ってのがあるのを知った。その写真を見た時、おやじの工房で見たアレだ!て思った。急にまたあれを見たい、て思って工房に走った。何年振りかで制作過程を見た。出来たのも見た。虜になった。

 どんなものを、どんな風に盛れば、この器が生きるかな、そんなことばかり考えるようになった。


 そんな時、好きな子が出来た。この子には青いガラスがぴったり!て興奮した。おやじに青いガラスのイヤリングを作ってくれ、て頼んだ。自分でやれ、て言われた。試みた。また諦めた。その恋も諦めた。というかそっちが先?


 一週間の恋だったからどっちが先もないか。

 週交代の花壇の水やり当番でペアだった彼女。最後の共同作業の金曜日、おれは打ち明けた。彼女のために修行中だということを。おやじの作品の画像を見せて、こんなのどう?イヤリングが嫌ならネックレスでもティアラでもなんでも作るよ、なんて職人面してー、ああ恥ずかし。

 わーかわいい、いいねー、なんて言ってたから、すっかりその気だった。技の習得はずっと先になるかもだけど、その前に付き合っちゃってもいいかな!とか。

 なんだけどねー。土曜日、補習に行ったおれは、聞いちゃったんだよ。

 渡り廊下で彼女の声。すぐ反応した。でも友達の声もする、ためらう、けど挨拶くらい……

「気持ち悪いよね、手作りかよ!」

「付き合ってもないのに先走り!」

 柱の陰になっておれのことが死角になってたんだろうね。背中にやな汗を感じるおれ。

「王子のくせにガラスアクセって何?びんぼうくさ!宝石よこせよって!」

 王子って、この辺で、てか国でおれしかいないよね。

「お金使わなくちゃ、王子の意味ないじゃんね」 

 柱だけじゃ心もとなくて、しゃがんで垣根の陰に入った。なんで逃げてんだ。何も悪いことしてないけど、恥ずかしい。とっても。

「だいたい王子のくせに補習ってなんだよ!」

「くにのしょうらいまっくら!」

 今思うと、親がいつも言ってるセリフを真似てたんだろうかって気もするけど、その時はなんかすごいヘビーな悪口言われた気がして、どんよりしたもんだ。


 その夜、おやじが死んだ。悪口だの失恋だのみんなどっかへふっ飛んだ。

 死因は熱中症。前の週からおやじは、工房の冷房調子悪いんだよな、てぼやいてた。日中、高い室温の中、集中して飲み物もろくに採らないでいたんだろう、という侍医の見立てだった。工房から帰りシャワーを浴びた後夕食も取らずに寝室に入ったおやじの最後のセリフは『なんかだるい』だったという。


 そのあとは、葬儀や喪関係の儀式でしばらく学校を休んだってこと以外は、よく覚えてない。母親がとにかく忙しそうだったこと、重臣としばしばけんかしてたことだけが記憶に残ってる。


 明日から学校復帰っていう日の夜、おれの中にふとあの渡り廊下の件が蘇った。あの場の衝撃からは考えられないくらい冷静に思い返してる自分にびっくりした。それどころか彼女らの言葉の最後の“補習”の部分には『まあ、そうだよなあ』ってへんに納得までしてた。そしておれは、家庭教師の回数ふやしてくれって親に頼んで、その後はがんばってノー補習で通したよ。


 “補習”の部分以外は……あん時は女なんてもう信じない!て思ったけど、確かにおれ突っ走って気持ち悪いとこあるしね。合わない人とは合わない!それはしょうがない!


 でも合うヒトとは合う!おれはプールで魚みたいに泳ぎ続けるイレミを熱く見た。

 ああ早く上がってこっち来て。

 でも、ゆったりした優美なフォームをもっと見てたい気もする!

 

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