JO-BUTU さよなら!
「今から魔女っ子さんの所に行こう、ニェミ」
「どういうこと?」
それってもしかして、
「頼んだんだよ、ニェミも人魚になってもいい?って」
なんてこと。そんな可能性があるの?私は胸が躍動し出すのを抑えながら、続く王子の言葉を聞く。
「そしたら、本人の意志を聞かないとだからニェミを連れて来いって。そうだよね、おれまた先走ってたよ」
そんなの、
「なりたいに決まってる!行こう、魔女っ子の所に」
王子が人魚になっちゃったら、私人間でいる意味ないじゃない。
少し険しかった王子の顔が安堵したように緩む。そして彼は何処に隠し持っていたのかあの家宝の貝殻型の皿を取り出した。それこそ魔法のように。それ、嵐で何処かへ行ってしまわなかったの?と聞くと、
「そうだけど、魔女っ子が呼び出したら海中彼方からやってきたんだ」
と王子は答えた。魔女っ子って、やっぱすごいんだ。魔法に情熱賭けてるだけあるね。
とにかく、いざ海中へ。
例の黒い珊瑚に分け入っていく二人。
「まったく、王子の交渉上手には参ったよ」
魔女っ子は、笑みを含む寸前のギリギリの真顔で私と王子を迎え入れた。横には森番……の姿を借りている父親がいた。
「ニェミ、戻るか、人魚に」
父親に聞かれ、私は『うん』とはっきり答え、頷いた。それから魔女っ子を見た。
「人魚にして、魔女っ子」
魔女っ子は、いいよ、と言ってから王子の方を見て、こうなったあらましを語る。
「人魚に変身させる人間を、研究材料として私がすごく欲しがってることを見抜かれてたのかね」
王子は得意と照れの混じった顔をしてる。魔女っ子は続ける。
「王子が、ついでにニェミも人魚になれる?て聞いてきた時、初めはダメ!て言ったんだよ。でも、それならおれも人魚にならない、なんて言い出すから、焦ってしまったよ、この私が」
そして彼女は愉快そうに笑った。
「そう言えば、そっちもデータ欲しいね、て気付かされちゃった。人魚から人間に、そして人魚にUターンの事例がね。それが可能なら人間になってみることのハードル下がって需要増えるだろ」
魔女っ子は経営者だね。みんなが笑った。こんな平和な空気久しぶり。そこで父が魔女っ子に体を向けた。
「ニェミのことが片付いてほっとしたあ。でさ、魔女っ子、おれもやってくれよ、人魚に戻してくれ」
「そうだお父さんも戻れば?そうすれば体と魂の寿命一致して、浮遊しなくてよくなるもんね」
そうだそうだ、と一団は纏ま……らなかった。魔女っ子の声が場を切り裂いた。
「ダメ」
みんなが止まった。
「魔法をあんまり甘く見られちゃ困る。理由がないでしょう。ニェミは検体として意味がある。でも二人目の必要性は別にない」
理由と目的あってのことだったの、これ?
「ニェミと王子も分かってるの?あなた達はモニターなんだからね?安全の保障はされてないんだよ?そんな魔法をむやみに使えないの!こういうのは情とかついででやるものじゃないの」
そんな、この状況でそんな理屈って……
「頭固いよ魔女っ子!」
私の反発なんて聞こえないフリの魔女っ子。取りつく島もない。無情。
父が肩を落とした。そうだよね。魂の浮遊の辛さ。まだあと百年以上続く。身動き取れない、気流に翻弄され酔ってもなすがまま、誰とも交われない孤独……
「魔女っ子、私やっぱいいよ、人魚に戻らなくて。人間やり通す。声も出るようになったし、やっていけるよ。それに私は魂浮遊ないから、普通の人として人生をまっとうすればいいんだもん」
私はそう訴えた。そうだ、普通の人間と同じに、平凡なそこそこ幸せな人生歩めるだろう。王子のことさえ忘れれば。
「ニェミ……」
王子が私を見てる。そう、王子だって人懐こくてどこででも生きていける人じゃないの。これからお互い、陸の上で、海の中で、新しい出会いが……
なんて思えない!ぜんぜん!そう今は。だけど。もし私が魂浮遊なんてのになったらって思うと、それこそ気がどうにかなりそう。そんな事態がこの世の何処かで起こってるって考えてたら、人魚に戻ったってオチオチ楽しく暮らしたりできないよ。だからそう、これは自分の心の平和のためなの。別に恩に切ったりしないでね、父!
「わかった。こうしよう」
魔女っ子がピシャッと言った。
「父さんの魂浮遊は早期終了できるようになんとか処理しとく。だけど、人魚に戻すのはできない」
父はそれを聞いて息を飲んだ。それからゆっくり言った。
「それで全然いいよ。ありがとう」
それってさ、結局どうなるの?私は魔女っ子の父へ向けた通告に耳を傾ける。
「じゃあニェミの父さん、また海中歩行コース辿って元いた地点……海上の船に戻ってちょうだい。あなたの寿命は、体も魂もその森番?とやらの体が終了する時に統一する」
そうか、王子と父の二人は、嵐の夜沈没しかけた船の看板からここへ来たんだ。王子も今それに気付いたよう。
「あ、森番……ていうかニェミのお父さん?て、おれとここに来た時からずっといたの」
「まあ、そうだ」
私の行く先を見届けようと?
でも、ちょっと。私は父を止めた。
「待って。戻るって、あの嵐の夜の船にでしょ?だめだよ、死んじゃうよ」
「おいおい。元々死んでんだおれ、ほら、熱中症で。それは自然現象で仕方のないこと、本当の天命って思ってる」
そう言うと父は珊瑚を掻き分けて出ていった。
「ちゃんと成仏するから!」
と言い残して。
残された面々は黙ってた。父を追いもしなかった。自然現象、天命。やっとやっと、成仏……と言っていいのか分からないけど安らげるであろう父は、できうる限りで一番の幸せを手に入れたんだろう。
「熱中症で……って、おれのおやじと一緒だな」
王子がふとつぶやいた。ほんとだね、と私は答えた。これを話すのは、今日じゃなくてもいいでしょ。




