船上のたわむれ
名前当てっこゲーム開始!
デッキに立つ彼女。眩しそうに、煌めく海面を眺めてる。おれは横に並んで潮の匂いを吸い込んだ。
「やっぱ海の上さいこーだよね」
彼女にはおれの声が聞こえてはいるようだった。ただ声が出ないだけ。それでしゃべれない。
やっぱりいよいよ人魚説……?いやいや、多分それには触れちゃだめな気がする。バレたからにはもうここにはいられません、なんて結末に……って、それ違う物語?
でも、出自がなんだろうが声が出なかろうが、関係なかった。
意志の疎通は不思議と成り立ってたんだ、浜で初めて会った日から。彼女がなにか疑問を感じた時はなんとなく分かるし、それに対しおれが説明を加えるとすぐに納得した目で答えてくれる。たまに見当違いなことを言っちゃった時は、遠慮なく頭を振ってくれるし、ツッコミを入れればニカッと笑う、でも言い過ぎると腕や脇腹をつねってくれるし、嬉しい時は抱きついて来て……スムーズ・コミュニケーション。ベストカップル!?
で。
喋れないし、字も書けない彼女の名前は……
「イレミ!」
おれは彼女の手をとって、名を呼んだ。今度こそ確信を持って。閃いた、閃いたよ!
彼女はおれの気迫に眼を丸くした後、笑みをこぼして頷いた。
「リエミじゃなかったんだ。ごめん、ずっと違う名前で呼んでて」
彼女……イレミはおれの謝辞に対し穏やかに首を振った。
当てた。今度は正解だ。彼女の名はイレミだった。その唇の形を見ながら何度も名を読み取ろうとトライ&エラーを繰り返した。
毎回当てっこゲームを楽しんでいるようなイレミは、おれが名前を挙げていくと大抵いくつめかで頷くのだけど、後でやっぱり違ってたらしいということが判明する。ていうのを二回繰り返した。彼女は毎回おれのしつこさに辟易して適当なところで切り上げようと間違っている名前を受け入れてただけかも知れない。
でも今回は違う。縦に首を降る彼女の笑みにはすっきりした確信があった。
やった!
喜ぶおれをよそにイレミは二、三歩前に進みプールに飛び込んだ。しぶきが、ガラスに盛られたフルーツたちの上にかかった。
船の上にプールがある。公費の無駄遣いじゃないか、とおれは宰相に言ったものだ。でも、いいんだって。九留米利亜の国王一家をもてなすための必要経費だから。豊富な資源とクリーンエネルギーの高い技術を持つ久留米里亜。ぜひ友好を築きたい、と我が国の女王……つまりおれの母親は考えている。その国王一家を招いての船上パーティのために改装されたこの船。この出費は国の発展につながる、イコール結果として国民に還元される、だからよいことなのだ、と宰相は言った。
ふーん。おれだってそれくらいならなんか分かるかな。一応新聞も四誌、の側近がマークした部分、を読んでるし。
おれはイレミの立てる静かな波を見ながら回想する。
「あんたどうすんの」
二年前、おざなりに母親が尋ねてきた。二百年前からある仰々しいソファに寝そべって。おれがいぶかしがってると、じれったそうに彼女は続ける。
「あたしが王引退したら、だよ。まあ生きてる限りは現役だけどさ。もう歳だし、なんかあったら次あんたじゃん」
「なにそれ選択肢ありってこと?継がないのもあり?じゃあー、旅人にでもなるかな!」
おれはとても人工的なキラ星を目に貼り付けて気の抜けた声を出してみせた。