おれは人間→人魚のモニターです!
『純人間を連れてきた』って……
え、おれのこと?
黒い鱗を持つ人魚がこっちをじっと見てる。真っ白な細面には表情が見えない。でもおれを値踏みしてるのは分かった。彼女と森番との会話から、人間を人魚にする実験でもしたがってるような気配は読み取れたけど……『純人間』とか『元人魚』って、なんのことだろう。
「王子、どう?人魚になる?」
唐突に森番に聞かれた。さっきの船上での話?おれはごくりとつばを飲んでから彼の目を見て答える。
「イレミを、助けられるなら」
「それは王子次第だけど。でも人魚なら嵐の海なんて難なく泳ぎこなせるよ、人を抱えてても」
森番の自信に満ちた言葉がおれの背中を押す。でもいざとなるとさすがに迷う。
「あなたは実際に嵐の海で人間を救助した経験者だって話だもんね」
魔女みたいな人魚は森番の言葉を受けてそう言った。さっきの話といい、森番が元は人魚だったということなんだろうか。人魚姫みたいに?というか人魚って男もいたのか。おれの疑問を見て取った森番は頷きながら答える。。
「そう、おれは元人魚。この森番は仮の姿、ホントは王子の親くらいの歳だし」
そうなのか?だから今日はなんかキャラ違うのか?フレンドリーかつ堂々としてて……ホントはおっさんだったのか?
「おれらはまだオッサンじゃないから!あと人魚男子けっこうイケてるから!」
森番のその言葉に、心が読まれたかとドキッとした。
「とにかく、あなた……王子、希望ならすぐになれるよ、人魚。やっちゃおうじゃないの」
魔女風人魚はうずうずしたように迫ってくる。そこでおれは、ひとつ確認したいと言った。
「なんか条件があるんじゃ?」
だって人魚姫の話ではそうだもんね?しかし魔女風は首を振った。
「本来はね。でもこれはモニターだからなにもいらないよ。あんたが一人目なのさ」
おれは息を飲んだ。逆に怖いじゃないか。
「でも大丈夫、逆は何例かあるから」
「うん、おれも完璧に人間になれたしな。その体はもう死んでるけど」
魔女と森番はそう言って勧めてくる。でもな。おれ一人目?さすがに逡巡。すると、もうひと押し、と思ったのか魔女は付け加えた。
「栄養合成機能は改良しとく。人魚は髪に日を浴びて栄養を合成するんだけど、あなたの髪じゃ短くて体を保てないだろうからね。そこは本当はオプションにする予定だけどサービスで付けとく」
なんだかとってもお得な気がしてくる。
いや。そんなことじゃなくて!
人間のままでは溺れ死ぬだけだよ、おれもイレミも。自分の中では本当はもう決まってる。
「なるよ人魚!お願いします」
おれは魔女風人魚に、90度くらい体を曲げてお辞儀をしていた。
「それで人魚になったの」
ことの成り行きを聞いたイレミ……改めニェミは、驚きと感慨の混ざった顔で二、三回頷く。
「そういえば魔女っ子そんなこと言ってたや。人間を人魚にする魔法をやってみたい、て」
魔女っ子って、あの黒い人魚のこと?
「あのヒトすごいな。この体ホントに魚みたいに泳げるよ。しかもこの腰のヒレ見て。いかつくない?もっとふんわり丸いイメージだったけど」
「王子がイメージしてたのは女の人魚じゃない?人魚も性別で骨格違うからね。人間と一緒だよ」
「トビウオみたいでかっこいいな。森番の言ってた通りかも」
ただ。
これだと、陸にいられない。
王宮から飛び出したかったのは確かだ。でも、女王から、そして王子という身分から離れただけじゃなくて、釣り好きな叔父や、従兄弟や同級生、仲の良い侍従や女官たちとも、会うことはできなくなった。安否の確認すら、できない。
もう戻れない。
目を伏せた王子。そうだね、人魚たちは人間の存在を知ってるから、私は人間になっても姉たちと会うことができた。でも、人間界では人魚は想像上の生き物、それどころか下手したら妖怪扱い。姿を表すのはなかなか……
私、どうしよう、人間にならなきゃよかった!人魚なら、王子と海で暮らせた。
でも、そうね。人間にならなかったら王子と会うこともなかったのか。私が一方的に見てるだけで何も起こらなかったはずだ。
でもそうしたら王子が人魚になることもなくて……
そう考えたら、心が地下10階くらいまで沈んだ。私が起こした行動のせいで、王子の孤独が生まれてしまった?
俯く私の横で王子の声がした。
「ニェミ。おれ、ニェミ以外誰もいなくなっちゃった。だから」
言ってる内容の割に弾んだ声だ。
「いろんな人魚と知り合いたい。これから人魚界のこといろいろ教えてよ」
前向きね。言葉を探す私を前に王子は『まだ座り方がイマイチなー』とか『あ、砂が付いた!』とか独りごちながら見をよじらせてた。それからハッとした顔で私を見る。
「それともニェミ、人間界のほうがよくなっちゃった?ニェミ肉好きだし……」
て、なんのこと?




